第22話:力の集まり
いつもなら月明かりである程度は見える夜道も、月のない今日は、闇が壁のように二人の視界を遮っていた。
ルナとサリエバはその闇の中を進んでいた。ルナの歩速が速く、サリエバが少し置いていかれている。
「おいルナ、また速くなってるぞ?焦るのはわかるが、俺らの身の安全も確保しねぇと」
サリエバの少し先を行っていたルナの足が一旦止まる。手に持つランプはその停止について行けず、振り子のように揺れている。ルナの影も右に左に振れる。
「わかってますの……」
ルナはそれだけ言って、歩速を意識してみる。「ふーん」と気のない返事をし、サリエバもそれに追い付く。このやりとりはこれで7度目だ。サリエバも諦め始めていた。
そのまま祠へ向かっていると、ランプが照らす先に、大きな草むらがぬっと現れる。二人は草むらの方へランプを持った手を伸ばし、出来るだけ距離を保ったまま迂回する。
音のしない草原に、二人の足音が吸い込まれていく。ルナが見ているのは、自身のランプに照らされた足元の草だけ。不安定に揺らめく火に照らされてできた草の影も、ゆらゆらと
時に草むらが現れるくらいで、二人が歩く道に、ほとんど変化は起こらない。そのせいで、どれ程の時間が過ぎているのか、どこまできているのかもわからない。ルナに焦りが募る。
––––ユーリさん。本当にこんな時間までどうしたんでしょうか……。本当に。……まさか、まさか。
ルナは、自身の考えるまさか、に急かされ、また早歩きになる。
サリエバはもう諦めた。今のルナは言っても聞けない、と。
その代わりに、自分の感覚を研ぎ澄まし、いつでも危険に対処できるようにする。
しばらくそのまま歩き続けたが、運動不足だったルナは、早歩きを続けたことで、足が重くなってくる。
「ルナ、大丈夫か?」
ルナの歩速が落ちたので、サリエバが休憩するか?という意味の言葉をかける。
「大丈夫ですの」
「そっか。もう少しのはずだから頑張ろうぜ」
––––もう少し、もう少しですの。神の祠で何が行われているのかわかりませんが、あの二人に会ったら、とっちめてやりますの。だから、どうかご無事で……。
♠︎
赤く光る、四つの目が俺を遠巻きに眺めている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺の身体を青い光が包み込み、傷を癒す。さっきので回目の挑戦だったかな。もう数えるのはよそう。数字だけが増えていく、終わりの見えない突撃はダメだ。手前のゴーレムは抜けるようになったんだ。あと一体も、もう少し、もう少しで。
光が止む。
だけど辺りは少しだけ青く染まったままだった。それに気づいて上を見上げると、空が青くなり始めていた。
「くそっ、もうそんなに時間が経ったのか!」
息を整えて、赤く光る四つの目を睨む。
そのまま前傾姿勢を取り、地に足を押し付ける。
「行くぞ!」
今度は動きで翻弄してやる!
地を蹴り、ゴーレムの赤い目が左に線を引くのを確認する。足が着けば、逆方向に向かって地を蹴り、右に視線を動かせる。
右に左に、右に左にと動き、じわじわと距離を詰めていく。もう少しで奴らの射程距離。
入った!
それと同時に、手前のゴーレムが俺を叩きつけようと右腕を振るう。左に回避し、ゴーレムの足元につく。すると、光る目が線を引きながらこちらに動く。同時に左腕も。
ここだ!こいつらは腕しか使わない!
俺は敢えて腕が向かってくる右へと突撃する。目の前には巨大な黒い塊。ぞわぞわと皮膚が泡立っていくのを感じながら地面すれすれまで身体を倒して躱す。髪の毛がプチプチと何本か持って行かれた。
その後、背後でズンと地響きがする。
俺はゴーレムが腕を振り切った後の大股に開いた足の間を通り抜け、2体目のゴーレムと対峙する。
よし!あと一体!
対峙した2体目のゴーレムは俺を横薙ぎにしようと右腕を振るう。地面との間に逃れる隙はない。
何度もこれで飛ばされてきたんだ、さすがに学習するよ。
左後ろに飛び、学習した相手の射程距離から少しだけ外れる。相手の肩がこちらを向いている。
行ける!ここしかない!
重い腕を大きく振るい、隙だらけになったゴーレムの脇を走り抜けて入り口を目指す。
あと、二歩!
渾身の力を込め、地を蹴りつける。そしてその反動で、身体が速度を上げる。
これがゾーンに入るってことかな、周りが止まって見える。
振り向くと、股抜きをされたゴーレムがこちらへ必死に手を伸ばす姿が。腕を豪快に振るったゴーレムが先程の反動から抜け出せないまま、こちらを睨む姿が。
また一歩踏み出し、飛ぶ。
俺は「俺の勝ちだな」と口を動かし、再び前を向いた。
その時、視界の端に映った、口の無いはずのゴーレムが、俺を嘲笑った気がした。
直後、俺の世界は止まった。
目の前にある祠の入り口との距離は変わらず、宙にいた身体が落ちる。
そのまま、アゴを草原に打ち付けた。
どうして、止まったんだ?
何が起こったのかわからずに、俺は首を後ろに向けた。
「なんだよ、それ」
地面から突き出た黒い腕が、俺の足を掴んでいる。
「お前ら二体だけじゃ無かったのかよ」
土を盛り上げて赤く光る目が出て来る。六つの赤い目が俺を嘲笑う。
「俺に力が無いからなのか?」
答えずに、新たに地中から現れたゴーレムは立ち上がる。
「おい、答えろよ」
俺の無様な姿に嫌気が刺したのか、ゴーレムはそのまま俺を投げ捨てた。
あぁ、これ、今日、何度目の空かな。
急激に冷えていく頭で、俺は白みがかっていく空を眺めた。
「ユーリさん!!」
「にぃちゃん!!」
放物線の頂点に達した辺りで、聞き覚えのある声で、名前が呼ばれ、ハッとする。
なんとか背中を庇い、着地する。
同時に二人が駆け寄ってきた。
「ユーリさん!何してるんですか!」
「そうだぜ!なんで祠の
「この祠に入らないと、愛美が死ぬんですよ。だから、どうしても」
そうだ、三体になっても。今度は足元にも気を付ければいい。そう思ってゴーレムを見据える。
その時、ビタン!という音とともに、頬が炙られたような痛みが。
「おいルナ、今のはいてぇぞ」
サリエバさんが目を覆っている。その隣を見ると、先程のゴーレムのように、肩をこちらに向けたルナが。
「ル、ナ?」
「私が言ってるのは『どうして
ルナの目に浮かんだ大粒の涙が、丁度登ってきた朝日に照らされてキラリと光る。
「どうしてって、僕がやらないと––––」
「そうじゃないでしょう!!」
キラキラと涙を散らしながら、ルナがそう叫び、俺のもう片方の頬を叩く。
「痛いです」
「私だって痛かったんですよ!!だって、好きな人が危険な目にあってるかもしれないんですから!!」
「えっ?」
「こんなに好きなのに、私には本当の、本物のユーリさんで接してくれないですし」
ぐずっとルナが鼻をすする。
「ごめん、なさい……」
目の前で告白され、号泣され、どうしていいのかわからなくなった俺は、素直に謝る。
「ごめんなさいじゃ済みませんの!!」
そう言ってルナはまた手を振り上げる。
「おいルナ」
俺はぐっと目を閉じて、それを受け入れようとした。
けど、ルナは俺の胸にトンっと握った手を置いただけだった。
「……私たちにも言ってくれてよかったんじゃないですか?」
「……それは、危険だと思ったんだ。そして実際に、危険だったよ。俺の『力』じゃ、どうにもならならないくらいに」
つい、頭の中にあった『諦め』が表面に出てしまう。
「それはそうですの。ここを通る為には、あなたにはない『力』がいりますから」
「……そうか」
ハッキリと言われてしまい、力が抜けた俺は、その場にドサッと座り込む。
「ユーリさん。こちらを向いてください」
今の、情けない目を見られたくなくて、背ける。視界が歪む。ぼやける。
「……あなたにない『力』貸しますよ?『協力』しましょう?」
「協力?」
力が四つ集まってできた文字、『協力』。前世でも、何度も何度も聞いてきた聞いてきた言葉だった。
その、力溢れる言葉が胸に刺さり、ルナの方を見てしまう。
ルナの手が、そっと伸びてきてさらりと目頭を撫でていく。
「はい、協力しましょう?」
ルナはそのまま伸ばした手を俺の手の前まで持っていく。
「ほら、手を取ってください」
それはまるで、闇の底へ差し出された、慈悲の手のようだった。
無意識のうちにその手を取って立ち上がる。
ルナはそれを見て、三日月のように微笑んだ。
「ありがとう、ルナ。助かったよ」
そのすべてに救われた気持ちに、いや、確実に救われた。
「どういたしまして、ですの」
「さて、もう済んだな?じゃあ祠にはいんぞ?」
そうだった。俺が救われても、愛美のピンチには変わりない。
「どうやって入るんですか?」
年上には、さすがに敬語のままで話しかける。
「まぁ見てなって、にぃちゃん」
そう言ってサリエバさんは青い眼を宝石のように光らせ、祠の方へと歩いて行った。
そして、ゴーレムの射程距離ギリギリに立ち、
「祠を守る守護者たちよ、我らは神に仕える碧眼の種族なり。盟約に従い、その守りを解き放ち給え!!」
と叫んだ。
サリエバさんの青い眼が一層の輝きを増し、ゴーレムの赤い目と反応する。
次の瞬間、ゴーレムたちは溶けた蝋のように、地面へと沈んでいった。
「そんな、簡単に……」
それはもう簡単に……俺の今までの努力が水の泡になった瞬間だった。
「わかりましたか?ユーリさん。協力しないとダメですの」
どうだ、と言わんばかりに胸を張るルナ。
「お前は何にもしてねぇだろうに」
祠の入り口の前で、サリエバさんが苦笑いをする。
そう言えば、ルナたちは漢字を知らないんだったな。もちろん『協力』という漢字に、四つの『力』が含まれていることも知らない。でも、確かに俺にたくさんの『力』をくれた。
「本当に、ありがとうな、ルナ」
心からのお礼を、側で胸を張るルナに言う。
「え、えっ?そんな真剣にお礼を言われると、て、照れますの」
急に胸を張るのを止め、逆に小さくなり、もじもじし出したルナ。顔もじわーっと赤らんできて、すぐに耳まで真っ赤になった。そのルナの顔を、ようやく登ってきた太陽が照らす。
そうか、ルナはこんな俺のことを好いていてくれたのか。
そんなルナを真面目な顔で見つめ、俺は、祠に入るん前に、どうしてもここで返事をしないといけないな、とそう思った。
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