第24話:初めまして
パチリと目を覚ますと、窓が無く、薄暗い部屋に私は寝ていました。最近の記憶が少し曖昧です……。
えっと、ルナさんと一緒に寝た後、夢の中でルナさんと遊んで、それでルナさんが帰った後に……。
あ、そうです。思い出しました。白いモヤに襲われたんでした。そしてそれに呑み込まれないように長い間抵抗していると、急に虹色の光が私を助けてくれて、その後、ユーリさんの声が聞こえた気がしたんです。
ユーリさんの声が聞こえた気がした後は、温もりを持つ天使の羽毛でできた揺籠の中に寝かされたような、とても心地良い感覚を味わいました。その心地良さと言ったらもう、ユーリさんの腕の中に匹敵するレベルですよ。
白いモヤと必死に戦っていて、とても疲れていた私は、その幸せな感覚の中でぐっすりと眠ってしまいました。
それで今その眠りから覚めたとこなんですが、
「さて、これはどういうことでしょうか」
妙に目線が高かったので、ペタペタと自分の身体を確かめてみると、私は人間の姿になっていたのです。
あ、頭に耳がついてます。あとお尻に尻尾も。……どうやら、猫から猫耳娘に進化したみたいですね。
元の身体の抜け殻がないかと毛布をバサバサしたりして探しましたが、出てきたのは綺麗な雫型のオパールだけで、私の抜け殻なんて出てきませんでした。抜け毛くらいはあると思ったんですけどね。
とりあえず、綺麗なオパールをわかりやすいように机の上に置いた後、首を曲げて、もう一度自分の姿を確認してみます。
私は見たことのある服を着ていました。上下ともに薄い青紫色のネグリジェです。これはルナさんが着ているのを見たことがあります。
どうして私が着ているのかわかりませんが、取り敢えずこの家の人たちに私が愛美だと説明しないといけませんね……。今頃猫の私を探しまわっているかもしれませんし。
裸足でペタペタと階段を降りて行き、一階に下ります。猫だった時にはあまり感じなかった床の冷たさが足から伝わってきて、少し新鮮な気持ちになります。一階に下りた後は、誰かいるかな、と入り口のあたりからリビング兼ダイニングを覗きます。黄色に近いような色で照らされた部屋を一通り見回すと、
「あ、ルナさん!」
ルナさん発見です。
私はびっくりした様子のルナさんにペタペタと駆け寄り、挨拶をします。
「初めまして、愛美です」
ルナさんは初めは驚いていましたが、すぐに優しい笑顔になり、「初めましてではないですの。お帰りなさい、愛美さん」と言いました。
私は、ポカーンですよ。
「え?この姿でルナさんに会うのは初めてですよ?それにお帰りなさいって?」
「私たちは前に夢の中で会いましたの。だから初めてではありませんよ」
「夢の中で、ですか?あれって私の夢じゃ––––」
「なかったんですの。私だけではなく、ユーリさんもあなたのことを知っていますから」
「そうだったんですか……。あ、ということは、猫の私と今の私が同じだってことを二人は知ってるんですね?」
二人ともに名乗っていますからね。ユーリさんには夢の中で、ルナさんには猫の時に。
「はい。ユーリさんの説明に初めはとても驚きましたが、なんとか理解が追いつきましたの」
頬の辺りを指で掻いて苦笑いをした後、ルナさんはそう言いました。そんなに難しいことですかね?まぁ、わかってもらえたのならいいですね。
「よかったです。二人が猫の私を探しまわってるかもしれないって思ってたんですよ」
そう言うと、苦笑いをしていたルナさんが眉をハの字に下げてさらに困ったような顔をしました。
「ルナさん?どうしました?」
「あ、いえ、なんでもないですの。それより、愛美さんに報告がありますの」
眉の位置を戻し、ルナさんは真っ直ぐとこちらを見つめてきます。その恭しい雰囲気に、私の顔も引き締まります。
「なんでしょうか?」
「私」
そう言ってルナさんは目を伏せる。
私がゴクリ、と生唾を飲んだ後、ルナさんは急に二パッと笑い、
「ユーリさんに振られましたの」
と言いました。
「え?どうしてですか!?」
私は思わず、ガシッとルナさんの肩を掴んでしまいました。
「あうあうあう!やめてください頭が揺れますの〜!」
驚きのあまり掴んで揺さぶってしまったルナさんの肩を解放して、もう一度もう一度聞きます。
「どうしてなんですか?」
「単純な理由ですの。ユーリさんには、他に好きな人がいるそうですの」
「そう、だったんですか……。すみません、ほんと、囃し立てた結果がこれなんて……」
「そんな、落ち込まないでください。私が自分て判断した結果なんですから。それに、振られて良かったと思っているんですよ?今のユーリさんはちょっと子どもっぽくてですね……」
ルナさんは苦笑いをしてから、「私のタイプとは遠くなってしまいましたの」と無理をして見せました。そんなの、無理して言ってるって私でもわかりますよ。
私はそっとルナさんを抱きしめます。
「え、愛美さん?」
「無理しなくてもいいんです。ほら、私の胸を貸しますよ?」
「愛美さん、本当にいいんですよ?」
そう言いつつも、ルナさんは私を抱き返してきます。お互いの体温が混ざり合い、悲しみも溶け合うように––––
「前にも言いませんでしたか?ユーリさんの貴族みたいにスマートなところが好きだって。なのに、あのユーリさんはニセモノだってわかりましたの。実際に見ましたし」
「え」
……確かに、そんなことを聞いたことがありますね。
「本当、ですか?」
「はい、本当ですの。ユーリさんは貴族みたいにスマートどころか、助けがいないとダメな、どこか抜けている人みたいですから。そんなことより愛美さん」
「んっ、なんですか?」
最後の一言を耳元で囁かれ、耳にルナさんの吐息がかかります。なんだか変な感覚がしました。
「前の姿のときも抱き心地は良かったんですが、今もなんとも言えない抱き心地ですの」
「やっ、ルナさんくすぐったいですよ」
「ここですの?ここですの?」
「ちょっ、ちょっとやめてください、ふ、ふふふっ、あっ、もうやめっ、ふふふっ」
「こちょこちょこちょ〜ですの」
「あははははっ!やめてください〜!」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
笑い過ぎて涙が出だした頃に、ようやくルナさんは私を解放してくれました。
目元を拭い、「もー」とルナさんを睨むと、ルナさんの目元にもキラリと光るものが。
もー、やっぱり無理してたんじゃないですか。
「ふふふっ、ごめんなさい。愛美さんが可愛かったので」
「……そうですかっ」
ぷいとそっぽを向くと、目の前にはユーリさんが。
「あ、ユーリさん、お帰りなさい。愛美さんはこの通り目を覚ましましたの」
「はい」
ユーリさんは私を見つめたまま、何やら放心状態みたいな感じで立ち尽くしています。
「ユーリさん?」
そう呼びかけるとハッとし、
「愛美!!」
と、抱き着いてきました。
「ゆ、ユーリさん!?」
抱き着いたり、抱き着かれたりは猫のときの経験があるので慣れっ子で、心地良いくらいなんですが、人の姿になった私に抱き着くのは……。他に好きな人がいるそうですし、何よりルナさんの前です。気が気じゃありませんよ。
「良かった、目覚めてくれて。本当に良かった」
ユーリさんはそんな私の心情に関係なく、少し苦しいくらいに私を抱き締めます。
「ちょっと、苦しいです、ユーリさん……」
「あ、わるい。大丈夫か?」
「ふぅーー。はい、大丈夫です。で、ユーリさん。私はそんなに心配させるほど長い間寝ていたんですか?」
と言うと、ユーリさんはルナさんと目を合わせ、苦笑いを交わしました。
「自覚ないんだな」
「ですの」
「えっ?えっ?」
二人ともが「はぁー」と溜息を吐き、ゆっくりと首を振りながらそう言ったのですが、私は二人の方を交互に見て困惑するしかできません。
「愛美さん、あなたは丸一日以上は寝ていましたの。とても心配しましたの、本当に」
「ええっ!?そんなにですか!?」
「あぁ、本当に心配したんだからな」
そう言いつつ、ユーリさんは私の頭をわしわしと少し雑に撫でます。
「うにゃ。ごめんなさい……」
人の姿になっても、困ったり悲しんだりすると耳がぺたん、となるのは変わりません。
「まぁ、目が覚めて安心したよ。お帰り」
ユーリさんは私の頭に手を置いたまま、そう言って微笑みます。久しぶりに見た気がします。ユーリさんの笑顔。ただいま、という実感はなかったんですが、そう言わないといけない気がしました。
「ただいま」
あ、これ恥ずかしいやつでしたよ。言い慣れないと言うか、『家族』みたいで……。かぁっと頬が熱くなるのが自分でわかりました。
「あ、も、もう夕方だな。もうすぐセドルフさんとマリーさんがやって来て夕食になるから、二人にはそのとき挨拶しろな?」
「そうですの、二人は愛美さんのことは知りませんからね」
「は、はい」
熱い頬をごまかすために俯いていると、ユーリさんが早口にそう言って、ルナさんがその話題に乗りました。逃げ道発見です!
「えっと、四脚しかここにないんで、一脚持ってきてもいいですか?」
「あ、私がやりますの」
「すみません」
「いえ、すぐそこですから」
ダイニングの隅に積んである椅子の束からルナさんは一脚抜き取ります。
「ありがとうございます」
「これくらいなんでもないですの」
ルナさんはそのまま、ガタガタッと椅子を並べます。
ユーリさんの椅子とルナさんの椅子の距離が開き、そうしてできたスペースに私の椅子が入れられました。
そして、それからすぐにセドルフさんとマリーさんがやって来て、人としての私を交えた夕食は始まりました。その夕食セドルフさんとマリーさんを交えた席で。
「初めまして、愛美です」
少し驚いた感じで私を見つめていた二人に、改めて挨拶をしました。
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