第10話:切れ者ですね! ユーリさん

 朝目覚めて、猫とおはようの挨拶を交わす。

 言葉は通じないけど、心は通じている気がする。


 だけど、起きた時はなんだか楽しそうだった猫が、急に耳をぺたーっと落とし、何やら落ち込んだ様子を見せた。その時はどんな心情の変化なのか、まったくわからなかった。


「どうしたんだ〜?」

「うにゃ〜」


 うーん、わからない。

 何かうめいているようにも聞こえる。もしかしたらこいつにも悩み事があるのかもしれないな。


「こっちにおいで」


 ちょいちょいと、俺は自分の膝の上を指し示す。

 するとさらりとした身のこなしで、素直に俺の膝の上に座ってくれる。


 こっちの言いたいことは絶対に伝わってるんだよな……。

 つまり、一方的なコミュニケーションは出来ている。

 いつか、俺もこいつの言葉がわかるようになりたいな、とそう思いながら、猫に話しかける。


「どうしたんだ〜?なんか悩みがあるんなら聞くぞ〜?」


 ここで自分の言葉が楽しげなのに気付く。

 まぁ、さすがにこの変化は猫にはわからないだろう。


「にゃーーん」


 そして猫は、何やら俺に訴えかけている。が、わからない。昨日、俺が寝ている間にこいつは、ここの一人娘––––ルナに攫われていたという。


 その時に何か聞いたのかもしれないな。

 よし、クイズといこうか。


「お前が悩んでる訳はここの屋敷のことか?」

「にゃんにゃん!」


 まるで『そうだそうだ!』と言わんばかりの反応だ。

 よし、次だ。


「それはどんなことだ?ご飯が美味しくないのか?」

「にゃんにゃん」


 発音は一緒に聞こえるが、微妙にアクセントやらが違う。

 さらに『ちがうちがう』と首を振った。

 否定で間違いないだろう。


「違うか〜。じゃあ人間関係か?」

「にゃんにゃん!」


 肯定……。

 やっぱり、この屋敷の空気が思い原因であろう、ルナのことか。


「じゃあ、この屋敷のルナっていう娘が原因か?」

「にゃん!」


『その通り!』って感じだろうか。

 なんとなくだが、伝わった。


「よし、何か策を打とう」

「にゃんにゃ!」


 猫は肉球を合わせて、まるで僧がするように、感謝を表した。

 これは……めちゃくちゃに可愛い。


「偉い奴だにゃ〜」


 その可愛さにほだされ、つい猫撫で声が出てしまう。

 まぁ、こいつ以外、誰にも聞かれていないのでいいことにする。


 そのまましばらく猫とじゃれ合っていたら、ノックが聞こえ、セドルフさんに呼ばれた。


「ユーリ君、ちょっといいかな?」

「はい、大丈夫です。今出ますので」

「助かるよ」


 俺は瞬時に切り替えて答える。

 そして、その代わりようを白い目で見る猫を尻目に、部屋のドアを開けた。


「少し、相談があるんだが……。下りて話さないか?」

 俺はこくりと頷き、「もちろん、いいですよ」と答えた。

 もちろん猫も連れて行きますが。


 そして、また黒塗りの廊下を歩き、何度かカクカクと曲がったところで、最初にセドルフさんと話した部屋、対談室に着いた。


 中で、一昨日おとといと同じように向かい合って座る。

 セドルフさんの横にはあらかじめ部屋にいたマリーさんが立っている。


「話、とはな、薄々感じているとは思うんだが、私の娘の話だ」


 やっぱりか。


「はい、そうだろうと踏んでいました」

「やはり、頭の切れる男だな」

「ありがとうございます」


 事前に知っていた、ということは伏せておく。話がややこしくなるだけだ。


「話が早くて助かる。それで、説明するとだな––––」


 そしてセドルフさんはレナードさんの話をし、涙をほろりと零した。


「セドルフ様」

「あぁ、すまん」


 マリーさんが横からハンカチでセドルフさんの目元を拭う。

 俺はそこで、マリーさんの呼び方が変わっているのを聞き逃さなかった。


 関係が進んだ証拠だ。

 そんな二人を祝福したいが、まだ時期早々いうものだろう。


「今の話を聞いて、大体わかりましたよ。お二人は再婚したいんですよね?」

「あ、あぁその通りだ」

「どこかで耳になさったのですか?」


 マリーさんが不思議に思ったのだろう、情報源を聞いてきた。


「そうですね、あなた方が好き合っていることは一昨日から知っていましたし、今、マリーさんがセドルフさんの目元を拭った時、『セドルフ様』と、一昨日から呼び方が変わっているのに気付きまして。それでピンときたんです。母である、レナードさんのことを忘れられない娘さんが二人の再婚を拒んでいるんだ、と」

 まぁ、これはチートカンニングなんだけど。


 俺が話し終えた時、二人とも目を見開いていた。


「やはり、君なら信頼できる。どうか、ルナを説得してきてくれないか?この通り、頼む!」

「私からも、お願いします!」


 そう言って、二人揃って頭を下げる。

 これで、正式に依頼を受けた。


「二人共、どうか頭を上げてください。わかりました。どうなるかはわかりませんが、尽力じんりょくしてみます」

「おぉ!ありがとう!!」


 セドルフさんとマリーさんは、まだ解決していないのにも関わらず、抱き合って喜んだ。


 歳の差はあれど、これは純粋な『愛』だ。

 そんな二人を羨ましく見ている俺と、是非幸せになって欲しいという俺がいた。


 とにかく、ルナは心の病を患っている。

 魔法でどうこうできるものではないが、『病』と分類されるものなら、大体は体験してきたつもりだ。

 絶対に、なんとかしてみせる。


 そう決意を固め、対談室から出た。


 それから昼までは、いつも通りに村人の治療をして過ごした。


 問題は昼からだ。


 マリーさんに聞いたところ、ルナはいつも、太陽が南中してからしばらくして、部屋から出て来るのだという。


 この時間帯を狙い、偶然会ったと思わせなければならない。

 なぜ偶然を装うのかというと、セドルフさんとマリーさんの差し金だと思わせてしまったらそこで詰んでしまうからだ。

 つまり、心を閉ざされてしまい、それ以上の説得は不可能となる。


 ことは慎重に、そして話し方はいつも通り、対人用を使う。

 ルナの問題は、大好きな母を亡くし、父と悲しみを分かち合っていたが、マリーさんがその役目、立場を奪った、と勘違いしているところだ。


 つまり、その勘違いを正して、三人で悲しみを分かち合えるようにすればいい。

 セドルフさんはまだ、昔を思い出しては涙する。それほどに深く、あの出来事を心に刻んでいるんだ。

 マリーさんだけでは足りない。

 もちろんルナも。

 これは家族が支え合って乗り越えなければならない問題だ。



 そしてその為に、俺がするべきことはルナがセドルフさん、マリーさんと話し合う場を作ること。


 二人が純粋に愛し合っている、ということは見ればすぐにわかる。

 ルナも当然、それを知っているはず。

 それでも拒んでいるのは、どこか意地のようなものがあるんだろう。


 それは押せば崩れる、脆い壁。

 ルナだって寂しいはず。

 だからセドルフさんをマリーさんに渡したくないと思っている。


 俺はその意地を、そっと崩すのだ。

 そして、三人、真の意味でレナードさんの死を乗り越えなければいけない。


 まぁ、すべては客観的事実から組み立てた、俺の予想でしかない。

 どうなるかはぶっつけ本番要素がないわけでもない。


 そして、屋敷に戻った時、運が良いのか悪いのか、さっそくルナと出会った。


 腰まで伸びた、長めの金髪。セドルフさんと同じ、白っぽい、青色の目。

 遺伝が色濃く反映されるという耳の形は、セドルフさんには似ていなかった。多分、レナードさんに似たんだろう。

 事前に聞いた特徴と照らし合わせると、まず、ルナで間違いない。


 そして、彼女の胸の辺りは、黄色く光っていた。

 まるでルナの心が、助けを求めているかのように。


 ちょうど良いタイミングだったのと、その信号に急かされたのもあり、俺は早速、ルナに話しかけた。


「こんにちは、ここに泊まらせて頂いております、ユーリと申します」


 まずは、相手に名乗らせる。その為に自分から名乗った。


「……ルナですの」


 ぶっきらぼうにそう答えたルナ。

 セドルフさんの娘と言わなかったのは意地だろうか。

 その情報は必要なのに。

 ちょっと賭けに出てみる。


「もしかすると、レナードさんの娘さんですか?」

「……どうして、貴方がそれを?」


 帰ってきたのは驚きの反応。

 大丈夫、疑っている様子はない。

 やっぱり、根は素直でいい子なんだろう。


「耳の形が昔見たレナードさんにそっくりでしたから」


 言ってから、しまったと思った。

 こんな若い自分が「昔見た」と言ったところで、信じるだろうか……。

 だが、ルナは想像を超えて素直に子だった。


「昔の母を知っているんですか!?」

「……有名な人ですから、もちろん」


 少しの焦りを、にこりと笑ってごまかす。

 そして、これは嘘ではない。レナードさんはとても有名な人で、その活躍を題材にした、英雄譚が吟遊詩人に歌い継がれる程だった。


 俺が旅をしている最中、怪我をした吟遊詩人がいた。

 その人がレナードさんの歌を知っていたのだ。


 そういうことが結構あり、俺はすっかりこれらの歌を覚えてしまっている。

 記憶力が良くないと、なかなかやりにくい時代でもあるから、記憶力にも自信があった。


「それは是非聞かせてください!」

「もちろんですよ」

「やった!楽しみですの!」


 そして二階の一番奥の部屋、ルナの部屋に案内された俺は、身振り手振りを踏まえて話す為に猫を隣に座らせ、レナードさんが一国の王をなだめた話、龍と戦った話、放浪の身でふらりと立ち寄った国の武闘会で優勝をさらった話などをルナに聞かせた。


 大袈裟な部分もあり、事実かどうかわからなくなっている部分もあったが、事実を知らない俺は聞いたままを話したのだった。


「お母様すごいですの!!やっぱり、私のお母様ですわ!!」


 ルナは自分のことのように喜び、はしゃいだ。

 この様子だと、この話は聞いていなかったんだろうな。俺ですらしっている有名な話なのに。

 セドルフさんの、レナードさんのことを思い出させないように、という努力が見えた気がした。


 まぁ、結果としてルナの心は開けた……はず。


 だが、ここからが本当に大切なところ。

 病を乗り越えた先の幸せの為に、そして、もう一つの幸せの為にも、ここから失敗するわけにはいかない。


 そのために俺は、思考を巡らせる。

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