第9話:夢落ちですか!?

 ルナさんは、私に話して涙を流したことで、当面のストレスが発散されたようでした。

 しばらくすると落ち着いて、私をユーリさんのもとへ返してくれたのです。


 ですが、ルナさんのストレスの根源が絶たれたわけではありません。


 その日ルナさんは屋敷の自室にこもり、出て来ることは、ありませんでした。


 そんなことが影響し、昼と夜の食事は少し残念だと感じるものでした。

 屋敷での食事は歓迎されているというのがわかるくらいしっかりと作られていたのですが、何か重々しい空気を感じとったユーリさん含め、私たちはその食事を楽しむことはできなかったのです。

 そんな感じでは、美味しいものも美味しいと感じませんよね?


 昼食の後はその日、ユーリさんと一緒に村の中を歩いて回り、治療が必要な怪我人や病人に治療を施して夜を迎えました。


 そして、まだまだ治療が必要な人がこの村に残っていますから、今日も屋敷に泊めてもらうことになりました。


 ユーリさんと「おやすみ」の言葉を交わし、私たちはレナードさんの部屋で眠りに就きます。


 ユーリさんのお腹の上で寝ていた私はまた、白い夢を見ました。

 最近はこの夢をよく見ますね。


 でも、今日は夢の中とはいえ、はしゃぎ回るような気分にはなれません。

 どうしても心にルナさんのことが引っかかっていたのです。


 ユーリさんでも呼んで相談に乗ってもらいましょうか。


 まず、ユーリさんを呼ぶ為に景色を変えます。今日は感傷的な気分を演出したいので、海辺でしょうか。


「ここを綺麗なビーチに変えてください」


 そう言うと、サッーと色が塗り替えられるように景色が変わっていきます。


 空は黄昏。ざざーん、ざざーんと、波が打ち寄せる音まで再現されていて、まさに相談するのにうってつけの場所となりました。


 足が砂浜に少しだけ沈んで歩き難かったのですが、波打ち際まで歩いて行き、おしりが濡れないところで腰を下ろします。


 その時の私の服装は、浴衣ではなく、これまた着たいと思っていた、空色のワンピースでした。

 夕日に照らされ、何とも言えない色合いになっています。涙色、というのがあるなら、こんな感じでしょう。


 さて、準備は整いました。


「ユーリさん、来て下さい」


 パッと、まるで電気のスイッチを入れたかのようにユーリさんは現れました。

 まぁ、いつも通りです。


「……」


 ですが、現れたユーリさんは私を眺め、なぜかぼっーとしてしまいます。


「どうしたのですか?」

「あ、いやぁ、何でもない」


 私に話しかけられたことで、ハッと意識が戻って来た様子のユーリさん。

 変なユーリさんですね。


「なんか、綺麗な場所だな」

「そうですね」


 ユーリさんは私と目を合わせ、うっとりと微笑みました。

 ユーリさんも綺麗ですよ。


 では、本題に入りましょう。

 ここは夢の中、屋敷の中でもあるのでリスさんもどきの邪魔はさすがに入らないと思いますが、何が起こるかわかりません。早めに用事を済ませておいたほうがいいでしょう。


「ユーリさん。私の隣へ座って下さい」


 そう言って私は、自分の左隣をちょんと指し示します。


「何かあるのか?」


 そう言ってユーリさんは私の隣に、サク、サクと音を立ててやって来ます。

 そして、手が届く距離ですが、私が指し示したよりも少しだけ遠くに腰を下ろしました。気にせず続けます。


「そうですね。相談があります」

「女神様が俺に相談か?」


 そう言って悪戯な笑みを浮かべるユーリさん。

 女神設定はまだ続けていますね。

 そしてユーリさんのいじわるには、普段なら笑って「からかうのは止めて下さいよ」とでも言うのですが、今はとても、そんな風にじゃれ合う気分ではありませんでした。

 私はしっかりとこの情景に、感傷的な気分にさせられていたのでした。

 真面目な顔で頷きます。


「はい、他でもないあなたに」

「……そうか、話してみてくれ」


 真面目な顔の私に、遊びの範疇はんちゅうではないと察したユーリさんも、真面目な顔に切り替えます。


 口を開く前に、他人の家の事情をペラペラと人に喋るのはどうかとも思いましたが、まぁ、ここは夢ですからね。

 私はセドルフさんの娘さんであるルナさんから聞いたことを順序よく、ユーリさんに伝えました。


「––––と、こんなことになっているんですよ。あの屋敷は」

「……そうだったのか。空気が重かったわけだよ……」


 ユーリさんは「うーん」と唸り、黙り込みます。


 ユーリさんが黙っている間、私たち二人を照らす夕日は、水平線の上に乗っかっているかのように、その場から動きませんでした。


 そのまましばらく時間が経ち、沈黙に耐えかねた私は「このままではルナさんもセドルフさんもマリーさんも可哀想です」と呟きました。


 ユーリさんは「女神様も大変だな」と、優しげな笑みを浮かべ、私の頭を撫でようと手を伸ばしました。


 頭を撫でられるのは好きです。

 そのまま撫でられるのを待っていたのですが、ピタリとユーリさんの手が止まりました。

 待っていた私はお預けをくらった気分ですよ。


「どうしたんですか?」

 ピクリと動いたユーリさんの手が、おもむろに目元へ移動し、そこをサラリと撫でていきました。

「ほら、涙」


 ユーリさんの長い指が、キラリと夕日で照らされた雫で光ります。


「私、泣いてたんですか?」

「自分で気づかなかったのか?」

「はい、まったく」

「……」


 そのままユーリさんは無言で私の頭をわしゃわしゃと髪の毛を掻き回しました。


「うわうわうわうわ」

 わしゃわしゃわしゃわしゃ。


 そして五、六回ほど搔き回した後、乱れた髪の毛で顔が見えなくなったユーリさんが、口を開きます。


「俺の他に相談できるやつはいなかったのか?たとえば、神界みたいな場所に」

「はい、私にはユーリさんだけでした」

 神界なんて私行けませんから。

「そうか、俺だけか……」


 なぜかその私の言葉を噛みしめるように反芻したユーリさん。


「よしわかった。俺に任せろ」

「そうですか!ありがとうございます!」


 良かったです!ユーリさんが出陣してくれるなら安心ですね!

 その時、カチッと小気味いい音を立てて、心に引っかかっていたものが取れたような気がしました。


「では、私の憂いは無くなりましたね。さぁ、この海辺で遊びましょう!!」


 人間の間にはしゃぐことができなかったビーチ。

 心に引っかかっていたものが取れたなら、することは決まっています。


 今遊ばずにいつ遊ぶのです?

 ––––さぁ、某塾講師の先生、お返事を!

 なんちゃって。


 そんな感じで一人盛り上がってる私を尻目に、ユーリさん座ったままで前屈みになっています。


「ユーリさん?」

 と覗き込みに行ったら……。


 バシャッ!!と海水を掛けられてしまいました。


「きゃ!塩っぱい!」

「はははっ!」


 楽しそうに笑って、ユーリさんは私が海水で怯んでいる間に砂浜を走って逃げます。


「もう!いじわるなんですから!」


 怒りましたよ!やり返します!


「こらー!待って下さい!」

「追いついてこいよー!」


 夢の中の私はなかなか速く走れたのですが、ユーリさんには追いつけません。

 そんな私を見て、ユーリさんは時に間が空きすぎないように待ったりしてくれたのでした。


 それはまさに、私にとって夢のような時間でした。

 普段の猫としてユーリさんに可愛がられるのもいいのですが、こうやって意思が通じ合い、お互いに笑顔を見せ合う、ということは猫の状態ではなかなかできませんからね。


 そうやって私たちは夢が覚めるまで、砂浜で笑い合って過ごしました。


 そして昨日と違い、叫び声に起こされることもなく、爽やかな日差しが射し込む時間帯に目を覚ますことができました。


「うにゃーーあ」

「おはよう」


 ユーリさんも、同時に目を覚ましたようで、「にゃんにゃ」と朝の挨拶を交わします。

 もうすっかり猫に慣れて、だらしないあくびを見られても何とも思わなくなってしまった私。


 そんな私ですが、今日は清々しい一日を送れそうだ……ってあれ?


 俺に任せろってユーリさん!!

 夢の中で言っても現実に反映されないじゃないですか!!

 夢オチってやつですか!?


 結局、振り出しに戻った気分の私でした。

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