第32話:ビンタ炸裂

 一つ目の巨人が叫んだと同時に、村人たちの足がぴたりと止まります。その人たちの顔は、敵の強さを感じてガチガチに強張っています。


 こんなところで眺めていても埒があきません。私は見張り台から滑り降り、ユーリさんの許に向かいます。


 黄色の巨人が迫る地平線に向かって、走る。

 ユーリさんと淡い髪の女性に近づくと、声が拾えるようになってきます。


「……癒し手は頼みましたよ!」

「もちろん。全力を尽くすから、安心して怪我してくれ」

「ははっ、私には好き好んで痛めつけられる趣味はないね!ユーリさんこそ、バタバタ動き回って邪魔しないでよね!」

「はっ、俺はそこそこやれるけどな」


 なんて、アドレナリンが出ているのか、軽口を叩きあっています。

 この人たちはこんな人数で戦うつもりなんです。


 いくらユーリさんでも、何人も同時に怪我されては治療しきれませんよ。

 はやく、私も行かないと!

 まったく、あんな告白をしておいて自分から離れていくなんてユーリさんは!


 私は丈の低い草本を飛ぶように駆け抜け、ユーリさんの許へ。


 もう声が届くでしょう。


「ユーリさん!!」


 私の声が聞こえたユーリさんは、ぎょっとした顔で振り返ります。


「愛美?なんでここに来たんだ!?」

「なんでじゃないですよ!昨日はあんなこと言っておいて!」


 これはもう許しません。走る勢いを利用してユーリさんにビンタです!


 そんな私の意が伝わったのか、横にいた淡い髪の剣士さんはすっと、ユーリさんから一歩距離を取ります。


「今はだって––––」

「だってじゃありません!」

「ぶはっ!」


 バチィ––––ン!という小気味良い効果音。

 猫らしからぬ会心の平手打ち炸裂です!


 ユーリさんは私のビンタを受け、くるくると二回転。そのままパタリ。


「大袈裟なリアクションはしないでくださいよ、ユーリさん。芸人じゃないんですから」


 少し離れた勇者たちにも、今の効果音が聞こえたみたいで、私たちの方をチラチラと見ています。


 そして、その中の一人である淡い髪の剣士さんが、

「いや、今の一撃は意識を刈り取るのに充分だと思うよ?」

 と、頬をピクピクと引き攣らせたまま一言。

「え?ユーリさん?」


「…………」


 返事はない。ただの……って、私!


「ごめんなさい!ユーリさん!」

 私は急いで倒れたユーリさんを抱き上げ、治療を施します。頬にできた赤い紅葉はただの紅葉じゃなかったんですね……。

 私、自分が赤色を視覚できないってつい忘れてました……。


 青い光でユーリさんを包むと、赤い紅葉がすぅーっと消えていきます。そしてその下に残ったのは淡い手形。

 これは消えないんですね……。


「う、うぅ……」

「ユーリさん?」


 治療が終わるとすぐに、ユーリさんは目を覚ましてくれました。よかったです……。


「ご、ごごっごめん!」

 バッと自分の顔をクロスアームブロックという十字の防御で守るユーリさん。

 そ、そんなに痛かったんですか?


「私こそ、ごめんなさいユーリさん……。ついカッとなって……」

 ありがちな暴行犯の行実しか思いつかなかった私。暴行犯の自覚ありです、はい。


 私が耳をぺたんとさせたのを、十字に固めた腕の間から確認したユーリさんは、恐る恐る防御を解きます。


「ほんとにごめん、愛美。愛美が危険な目に合うかもしれないのはどうしても嫌だったんだ……」

「その代わりに自分が危険な目に合うのはいいって言うんですか?」

「それは……」


 ユーリさんは私から目をそらしてしまいます。ほら、思った通り。私は逃げたユーリさんの視線を追いかけます。

 ユーリさんを抱き上げたままの私から逃れられるわけがありません。


「背負いすぎなんですよ、ユーリさんは。昨日なんて、それでたおれちゃったじゃないですか」

「…………」

「それに、危険な目に合って欲しくないって思うのは私も同じなんですよ?」

「え?それって……?」


 目をパチパチと瞬かせるユーリさん。まったく、皆まで言わせるつもりですか。


「昨日は答えられなくてごめんなさい。私もユーリさんとずっと一緒にいたいんです。だから、私から離れないでくださいよ、お願いですから……」


 私はそのままユーリさんの背に手を回し、ぎゅっと。私の心を押し付けます。

 ……ルナさんに対する後ろめたさはありますが、このまま伝えないわけにはいかなかったんです……。ごめんなさいルナさん。


 後ろ暗い気持ちが胸でチリチリと火を発する中、ユーリさんは私を抱きしめ返してくれました。それでもやっぱり、ユーリさんの腕の中は心地いい。


「わかったよ……。ありがとう、愛美。俺は弱いんだ。弱い俺は周りが傷付くのに耐えられないんだ。だからお願いがある」

「なんですか?」

「絶対に怪我をしないでくれ……」


 ぐぐっと、ユーリさんの腕に込められていた力が強くなる。少しだけ苦しいけど、お互いの心が溶け合うようで、いやじゃありません。


「大丈夫です。私はすばしっこさには自信がありますから」

「本当に……。愛美……」

「はい、ユーリさん」

「愛美……」


 ユーリさんは私の背に手を回したまま、私をじっと見つめ始めました。吐息がかかる距離です。心なしか、ユーリさんの目が潤んでいる気も……。


「ユーリさん……」


 私は目を瞑り、ユーリさんを受け入れる準備を––––。

「ちょ、ちょっと!!今の状況わかってるの!?」

 したのに淡い髪の剣士さんが、私たちの間を引き裂くように割って入ってきました。

 それはもう、強引に……。


「ちょっと!そんな目で見つめないでよ!私が悪者みたいにみえるから!ほら、あれ見てアレ!」

「あれって?」


 淡い髪の剣士さんがあまりに真剣なので、ユーリさんから仕方なく目を外し、剣士さんが指差す先を見つめます。


「あ」


 その瞬間、私とユーリさんは揃って、あっという間に戦場へと戻ったのでした。


 急いで起き上がり、体制を整えます。


 そしてユーリさんは大きな咳払いをした後、何事もなかったかのように「ほら、愛美、あの鼻がでかいのがオークっていう魔物で、一番でかい一つ目の魔物がサイクロプスだよ」と魔物の説明をしてくれました。

 私もユーリさんに合わせて「なるほど〜!」と大袈裟に頷いて見せます。


 そして、チラッと周りを伺うと、みんな白い目で私たちを見つめていました……。

 その中で一人だけ、サリエバさんは「にいちゃんもねぇちゃんもなかなかやるなぁ!」なんて言うので、かぁぁぁっと顔が熱くなってしまいます。


 ですがそんな空気も、ずん、ずん、という足音が聞こえ始めた時、張り詰めたものへと変わっていきました。


「じゃあ俺たちは右翼と左翼に分かれようか」

「はい」

「……怪我はしないでくれよ」

「はい!」


 やっぱり、心配そうな顔のユーリさんに元気な笑顔を見せて、私は左翼に移動しました。端から少し真ん中寄りに陣取ります。


 左右を見てみると、左横には物語ででてくる竜の尻尾のように大きな刀を携えた薄着のおじさん剣士が。仮に竜さんとでも呼びますか。


 右横には竜さんのサポート役でしょうか、大きな盾と威力のありそうな丸い木槌を持っている女性がいます。……仮に大楯さんと呼びましょうか。


「怪我したらすぐに言ってください、私が治します!」

「あぁ、任せた」

 と竜さん。

「怪我する確率はワタシの方が高いんではない?」

 と大楯さん。

「気にするな、死なせはせん」

「あら、心強いこと」


 なんとなくですが、お二人は夫婦のようですね。これは、すこし責任重大な気がします……。


「俺たちはオークを狩っていけばいい。あいつらは知能は低いが、弱い奴から狙っていく習性がある。決して倒れたりするなよ。集団に襲われることになるぞ」

「わかりました」


 竜さんのありがたい忠告を受けた私はぶるぶると身震いしました。

 オークっていう魔物がそれぞれ持っている棍棒でボコボコにされたらミンチ不可避です……。


「俺たちから仕掛けるぞ!」

「突っ込むのはワタシなんですけど!」


 そう言って二人は端っこのオーク目掛けて突撃して行きました。

 私もその後ろに待機して、いつでも治療できるようにスタンバイしまう。


 ちらりと中央を見てみると、ユーリさんがサイクロプスと言っていた巨人はまだ、人間軍と衝突はしていないようでした。

 どうやらオークから先に仕留める作戦のようです。

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