第31話:進行

 翌朝、私たちは鳴り響く太鼓の音で目を覚ましました。


 ドンドンドンドンドン……。


 身体の奥に響く音です。

 私もルナさんも驚いて飛び起きました。


「ルナさん、これは何の音ですか!?」

「魔物ですの! 魔物が村に襲ってきたんです!」

 起きるや否や、そう言ってクローゼットから服を引きずり出し、出てきたものに着替えるルナさん。

「そんな!? この村はもう襲われた後なんじゃなかったんですか!?」


 この村に来た時の怪我人はその為だと……。

 頭が上手く回らない私はまだ動けないでいます。


「魔物がそんなに規則正しく行動するわけないじゃありませんか! 昨年だってそうでした。村人たちが疲弊しているところを襲われたんです!」

「えっ? ルナさん!?」


 着替え終わったルナさんはそう言って、髪も整えずに走っていきました。

 ドタドタという足音も、部屋から出てすぐ、太鼓に打ち消される。


 パジャマ姿のまま、部屋に残された私は、ルナさんの後を追おうとして止めました。


 ユーリさんは!?


 ドンドンと太鼓の音が鳴り響く中、強めにユーリさんの部屋をノックして「ユーリさん!」と声を掛ける。


 ですが、返事はありません。


 そんな、まさかもう行ってしまったんですか、ユーリさん……。


 一度ルナさんの部屋に戻って動きやすそうな服を着ます。

 無断で勝手に使うことになりますが、緊急事態ですから、あとで謝れば許してもらえるでしょう。


 全体的に私が着たらゆったりとするものが多いんですが、偶然見つけたルナさんのお下がりらしきものがぴったりだったのでそれを着ました。


 誰もいない屋敷を飛び出し、村に出てみると、今まで見たこともない格好をした人たちが神妙な面持ちで、村の屋敷のさらに西部に向かっていました。

 冷たい風が、その人たちの背を、押しています。


 弓や盾、大きな刀などを下げているその人たちは、老若男女入り混じっています。

 その中に、残念ながらユーリさんやルナさんは見当たりませんでした。


 その代わり、キョロキョロと何かを、恐らくルナさんを探しているフランさんを見つけました。

 駆け寄って話しかけます。


「フランさん!」

「あ、えっと愛美さん」

「はい、ユーリさんを見ませんでしたか!?」

「ユーリさん? いや見なかったけど。愛美さんこそルナね……るなを見なかった?」


 ユーリさん、いったいどれだけ早く屋敷を出たんですか……。頭ではそう思いながらも、恐らく同じようなことを考えているフランさんに答えます。


「ルナさんは私が屋敷を出る少し前に飛び出して行きました」

「くっ……遅かったか!」


 フランさんはそう吐き棄てるように言った後、私には目もくれず、西に向かって走っていきました。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

「ごめん! 一刻を争う事態なんだよ!」


 わたしも緊急事態ですよ!

 地面を惜しむかのようにゆっくりと歩く村人たちの間を縫い、フランさんは走っていきます。

 急いで行きたかった私も、それについて行きます。


「きみ速いね!」

 やすやすと隣にならんだ私に、フランさんがそう言いました。

「あなたが遅いんだと思います!」

 思ったことを伝えます。

「そんなことはないよ! 僕はけっこう鍛えてるから!」


 その服に着られているようなひょろりとした身体でそんなこと言われても信じられるわけありませんよ、フランさん。今も、背中の辺りに集まった余分な布が、茶色いマントのようになびいています。


「そうですか」


 普段ならそれを伝えたいわたしですが、今日はそれをしませんでした。

 それだけ言って前を向き、少しスピードを上げます。


「やっぱりきみ速いよ!」


 フランさんはそう言いながら、必死な様子で私についてきます。


 大きな盾を担いだ男性。弓と矢を担いだ女性。上半身裸で、刀だけを引きずっている男性。泣きながら歩いている女性。その人たちからは、揃って生気が感じられませんでした。胸が黄色く光っている人までいます。


 その人たちの間を縫い、どれだけの時間走ったでしょうか。


 見張り台で太鼓を打ち鳴らしている人が見えてきました。

 頬に吹き付ける空気はこんなに冷たいというのに、鉢を振り上げるその腕からは、幾筋もの汗が伝っています。


 そしてその人たちは、私とフランさんがそこに到着する前に太鼓を置き、梯子を降りていきました。

 彼らはみんな、村の入り口を睨みつけています。


 村の入り口を見ると、あまりに巨大な、人とは思えない人型の生物が近づいてきていました。

 その大きさに見合う棍棒も持ち併せています。


「そんな、でかすぎる……」

 フランさんはその姿に慄き、1度足を止めます。

 ですが、

「ルナねぇは!?」

 と、再び駆け出しました。


 私も、ユーリさんとルナさんを探します。


 ユーリさん、ルナさん、どうか、村の中にいてください。


 見張り台の側に辿り着き、辺りを見回します。そこで、見張り台に登った方が早く見つけられることに気づき、私は誰もいない見張り台に登りました。


 まずは、すれ違った可能性を考えて、村の方を探します。


 見られたのは暗い面持ちで歩いてくる村人たち。枯れそうな川のように、細々と、少しずつ、流れてきています。


 次に、躊躇いながらも、魔物の方を見ました。


 そして、


「ユーリさん……」


 見つけてしまいました。


 魔物が向かってくる方向に向かって立ちはだかっています。

 そして、ユーリさんの隣には見覚えのある淡い髪色の女性。これは私の目に赤色が映った時の色です。

 他にも、見覚えのある人たちが同じように立ちはだかっていました。

 セドルフさんやサリエバさんは言うまでもなく、屋敷の中でユーリさんに治療を受けた方々です。


 巨大な一つ目の魔物と、でかい鼻をくっつけた、二足歩行の豚みたいな魔物もいます。将棋の駒のような立ち位置です。豚みたいな魔物を歩兵に、巨大な魔物を王に見立てました。


 ユーリさんたち人間は十五人。

 魔物たちは十二。

 ユーリさんたちの方が頭数は多いのですが、魔物の真ん中にいる巨大な一つ目が一人と計算していいはずがありません。


 身長だけでも、この見張り台より大きいかぐらいです。

 私は今立ちはだかっている十五人に希望を見出せず、後ろを振り返ってしまいます。


 そこにはやはり、のろのろと進行らしい進行をしていない村人たちが。


「早く来てよ!! みなさんがやられてしまいます!!」

 つい叫んでしまった私の声を、一つ目の巨人が搔き消しました。

「ウォォオォォォォ!!」

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