第30話:挨拶

 何軒か教えてもらった家々を回り、ユーリさんのお手本も見ながら実践していくことで、私は治療魔法のコツを掴んでいきました。


 そしてもう、あっという間に日が沈み出す時間です。


「ありがとう愛美、この辺りは三日程掛かると思ってたんだけど、一日で終わったよ」

「いえいえ、ユーリさんのおかげですよ」

「そんなことはないよ。愛美の、人を癒したいって気持ちが強かったんだろうな」


 私の、人を癒したい気持ち、ですか……。

 確かに、私みたいに元気に走り回れずに寝込んで欲しくないな、とは思ってましたけど、それが力に繋がったんでしょうか。


「そう、ですか。こちらこそ、ありがとうございます。ユーリさん」

「……あぁ」

「帰りますか、ルナさんが待ってますよ」

「そうだな」


 そのまま来た道を戻り、屋敷に帰ると花束を抱えたルナさんが待っていてくれました。白やベージュと、落ち着いた色合いで統一しているフランさんも、その横に立っています。


「お帰りなさい。ちょうど迎えに行こうと思っていたところでしたの」

「すみません、ただいま帰りました。えっと、初めましてフランさん。愛美です」

「初めまして、ユーリです」


 ユーリさんがそう言って握手を求めると、フランさんは、「あ、えっと、初めまして。フランって言います」と少し緊張した様子で握手に応じました。

 人見知りするタイプみたいですね。


「挨拶も済んだようですし、行きますか?」


 ルナさんが夕日で紫がかった服をなびかせ、先頭に立ちます。少し遅れてフランさんもその横に。


「あ、そうだね。きっとレナードさんも待ちわびてるよ」

「すいません……」


 ユーリさんと二人で謝ります。


「こら、フラン。その言い方だと二人を責めているみたいですの」

「あ、ごめんなさい……」

「いえ、いいですよ、遅れたのは事実ですから」

「確かに、レナードさんにも謝らないといけないな」

「ふふっ、初めましての方にいきなり謝られても、お母様もピンときませんよ」


 くるりとターンを決めて、ルナさんはお花が広がるかのようにスカートをふわりとさせます。


「よかったよ、ルナねぇえ!!……るなが本当に元気になってるみたいで」


 フランさんの顔を見ていて何が起こったのかよくわかりませんでしたが、フランさんは言い終わった後に足をすりすりと、痛そうさすっていました。


「いつかは元気になりますの。ほら、行きますよ」


 そんな光景を見て、ユーリさんと苦笑いを交わしながら、二人に着いて行きます。


 もう何回目かになるお花畑のさらに奥。

 お花畑の延長にあるようで、まだ青い花々が空に輝く星のようにポツポツと残っている辺りに、レナードさんの墓石はありました。


「もう何日も来てなかったけど、綺麗に手入れされてるんだね」


 フランさんの言う通り、周りに雑草が生えているということもなく、それに墓石だけでなく、傍に飾られた武具でさえもよく磨かれています。肘や膝が露出していて軽そうですが、とてもうごやすそうな鎧です。頭は顔もめいないほどがっちがちに守っているみたいですが。レナードさんの鎧でしょうか?


 と、じーっと見つめていると、


「お父様とサリエバ叔父さん、そしてマリーの三人が代わる代わるここにやってきては掃除をしていたみたいですの」


 ルナさんは墓石の前に花束を横たえながら、そう言いました。


「そっか。レナードさん、僕に言われるまでもないだろうけど、あなたは今でも大事にされていますよ……」

 墓石に手を合わせ、目を瞑ったフランさん。


 私とユーリさんもその後に続き、横並びで黙祷を捧げます。


 レナードさん。あなたの家族はもう大丈夫ですよ。きっと幸せになれます。だからあなたも、安らかに眠ってくださいね……。


 そのまま黙祷を捧げていて数分後、ルナさんが口を開きました。


「愛美さんも、ユーリさんも、今日はお母様のところにありがとうございました」

「いえいえ、大事なお友達のお母さんに挨拶しないわけにはいきませんから」

「俺も、ルナたちにはお世話になっているから」

「そうですか……」


 レナードさんの方を向いていて、顔はよく見えませんでしたが、その声は少し、湿っているような気がしました。


「ちょうど今日はレナードさんの命日だったね」

「よく覚えてましたね、フラン。そうですの。私も毎年今日だけはここに来てました。昨年までは一人でこっそりと来ていたんですが、今年はこうしてみんなとこれて、よかったと思っています」


 そんな特別な日だったんですね……。


「もう日が暮れて暗くなるけど、もうちょっとここにいる?」

「いえ、家には待っている家族がいますからね。フランも一緒に夕飯を食べていきますか?」


 先ほどの湿っぽさはもうなくなっていたルナさん。にこりと笑う、いつものルナさんです。


「え?いいの?またお世話になっちゃって」

「はい、お母様の命日を覚えてくれていたお礼です」

「そう、ならお言葉に甘えようかな」

「元々、あなたに拒否権はありませんけどね」

「えぇ〜」

「ふふっ、仲がいいんですね」


 空とは反対に、少し明るくなってきたルナさんに、私は安心します。憐憫を漂わせたルナさんも綺麗ですが、やっぱり笑顔が一番ですから。


「そんなんではありませんよ。ただ、昔からの仲だってことだけですの」


 そういうルナさんもどこか楽しそうですよ?


「ひどいな〜。腐れ縁みたいに」

「腐れ縁ですの」


「まぁ、縁があるだけマシか……」

「今なんて言いましたの?」

「え?いや何も?」


 どうやら、フランさんのその言葉を拾ったのは私の猫耳だけだったようですね。でも、内緒です。


「帰りますか?ルナさん」

「はい、帰りますの」


 私とルナさんは手を繋ぎ、仲良く帰ることにしました。ユーリさんをちらりと見ると、少し混ざりたそうな顔をしていましたが、恥ずかしくて手を差し出せませんでした。

 フランさんも、混ざりたそうにルナさんを見ています。まぁ、ルナさんの場合はまったく気づいていませんが。



 そんな、日が名残惜しいかのように、少しの明かりを残した夕暮れ時。私たちはまた一日、なんでもない日を積み上げました。


 今日みたいにギクシャクしたり、笑顔を見たり。そんな小さなことの積み重ねで人は成長していくんですね。そう、しみじみと思った一日でした。また明日も、こんな一日を積み上げるんでしょうね。

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