第37話:次の村に?

「うーん……」


 祭りの翌朝、身体の痛みで目を覚ましました。昨日酷使した足がルナさんの太ももの間に挟まれ、ズキズキと痛みを発していたのです。


 いつもは私がくっ付く方なのに、今日はルナさんが私にくっ付くという、逆転が起こっていました。

 ……寂しいって思ってくれてるみたいですね。


 私はルナさんの太ももから足を抜いた後、少しの寂しさと嬉しさを感じ、ルナさんの髪をさらりと撫でました。


「ん……」


 すると、薄っすらと開かれるルナさんの瞳。


「ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」

 私が耳を下げたままそう言うと、ルナさんは、

「いえ、そろそろ起きる時間ですから、いいですの」

 と、目を擦りながら言いました。


「確かに、ルナさんはいつも早いですね」

「はい。……でも、今日はそれだけじゃなくて、少しでも長く愛美さんたちと居たいんですの……」


 昨日、村を廻った時やお祭りの間に、私とユーリさんは、村人の治療を進めていました。そして、ついに村中の人を、治療し終わったのです。……だから今日は、この村の人々とお別れなんです。


「……そうですか。そんな風に思ってくれるなんて、とても嬉しいです」


 名残惜しいですが、いつまでもこの村に居るわけにもいきません。

 他の村で、治療を必要としている人々がいるかもしれないんですから。


 寂しさと嬉しさがないまぜになった表情でルナを見つめていると、

「愛美さん……」

 ベッドに寝転んだまま、ルナさんは同じような体制の私の手を握りました。

「どうしたんですか?」

「もう少し、ベッドに居ませんか?」


 なんとルナさんは、薄く青色がかった瞳をうるうるとさせ、私を誘惑してきたのです。私の耳が、その甘い誘惑に反応して、ピクピクと動きました。……こんなの、抗えるわけありませんよ。


「……いいですよ」

「ありがとうございます……」


 ルナさんって、けっこう甘えん坊なところもあるんですね……。レナードさんがいた頃は、こんな感じで甘えてたんでしょうか。


 もしかすると、ルナさんはまだ甘えたりないんじゃないでしょうか。

 ふと、そんな考えが浮かんできてから、私はずっとルナさんの頭を撫でていました。


 ルナさんも別に嫌がる素振りは見せなかったので、そのまましばらくいると、ドアをノックする音が聞こえてきました。


「お二人とも、朝食の時間ですよ」


 マリーさんです。


「マリーさんが呼んでますよ、ルナさん」

「はい……」


 ルナさんは名残惜しそうに私の手を放し、マリーさんに「今行きますの」と返事をした後、着替え始めました。

 私もルナさんの横で着替えます。


 ルナさんは、いつものゆったりした服装ではなくて、ちょっとぴったりとした動きやすそうな服に。

 私は尻尾が出せるように、おしりの部分に少しだけ穴を開けた服に。

 ちなみに私のはルナさんのおさがりです。悲しいことにサイズがぴったりでしたから。


 着替えた後は一階に降りて、ダイニングに向かいます。

 戸を開けて見ると、もう既に私とルナさん以外は揃っていました。美味しそうなパンの香りが漂う中、待ってくれていたみたいです。


「ごめんなさい、遅れたみたいで……」

 サッと席に着き、みなさんに謝ります。


「いや、昨日はあんなに働いたんだ。仕方ないだろう」

 セドルフさんは笑ってそう言ってくれました。

 左を向くと、ユーリさんも微笑んでいます。


「いえ、そんな。ルナさんの働きがあったからこそ動けたんですよ」

 そう言うと、ピクっとセドルフさんの眉が動きました。あ、これルナさん怒られちゃいますかね……。


 右を向くと、ルナさんは俯いていました。ごめんなさい……。


「ルナ、今回は助かったが、次はこう上手くいくとは限らんぞ?勇敢さに見合った力を身につけなさい」

「はい……お父様」

「セドルフ様、皆様も揃いましたし、そろそろ」

「あぁ、そうだな。では、頂くとしようか」


 セドルフさんがそう言った後、みんなで「いただきます」をし、食べ始めました。

 美味しい食事でした。美味しい食事でしたが、なんとなく、味気ない感じがしました。


 そして、朝ごはんを食べ終わった後は、旅立ちの準備です……。


 マリーさんが作ってくれた、猫耳のついた可愛いナップサックに、ルナさんがくれた服を三組と、耐水性バツグンのオークの胃袋で作った水筒を入れて荷造りは完了です。


 ルナさんは、私の荷造りを手伝ってくれたんですが、その間に一言も、会話を交わすことはありませんでした。


 荷造りを終えた後はユーリさんとルナさんと一緒に、村の広場に行きます。

 なにやら、表彰式みたいなのをしてくれるそうですから。


「なんだか、緊張しますね」

「そうだな……。俺もこんなのは初めてだよ」

「私もよく知りませんが、お礼の贈呈があるみたいですの」

「へぇ……」

「もう既にけっこう貰ってるけどな……」


 そんな感じ(?)でドキドキしたまま広場に向かうと、もうすでに沢山の人が集まっていました。中央には表彰台っぽく、お立ち台のような物が置いてあります。


 そして、ルナさんとはここで別行動になります。


「じゃあ、私はあそこで見ていますの」

「はい……」

「あぁ……」


 ルナさんは集まった人々の中から、先頭にいたフランさんを見つけだし、そこに向かいました。

 ルナさんが離れると、入れ替わりにセドルフさんがやって来ました。


「それでは、二人はこの上に昇ってくれるか?」

「あ、はい」


 私とユーリさんが台に立つと、

「皆!この二人が私たちの村を救ってくれた恩人だ!」

 と、セドルフさんは大声で叫びました。


 突然の大声にビックリした私は耳を塞いでいると、ワァァァァァァ!!と村人たちも叫び始めました。

 ユーリさんが、耳を塞いで目を白黒させている私を気遣って支えてくれます。


 するとセドルフさんが手を挙げ、「静粛に!」と叫びました。

 ピタリと静まる村の広場。


「えぇー。ウゥン!この人たちは知っての通り、この村を治療魔法で救ってくれた人たちだ!昨今では魔法の才能がある奴は王国に勉強しに行き、王国で働くのが一般となってきているが、この二人は世界中の人々に、平等な治療をもたらすために旅をしている!徒歩で、だ!徒歩だと、雨の日や、雪の日など、気象が乱れている時などは特に、苦労をすることがあるだろう!

 そこでだ!この村から立派なスレイプニルと馬車を贈ろうと思う!反対意見は!?」


 シーンと、村に静寂が訪れます。

 ……って、スレイプニルってなに?

「ユーリさん」

 こしょこしょ声で、ユーリさんに訴えかけます。

「あぁ、スレイプニルっていうのはな……」

「あっ、ちょっとユーリさん、こしょばいです……」

「え、えぇ?」


 そんな、耳元に吐息をかけたらダメです!


「よし!ないようなので、早速贈呈式に移る!」


 とかなんとかやってる内に、どうやら本物がやってくるようです。百聞は一見に如かず。悍ましい魔物なんて贈呈しないでしょうし、実際に見てみましょうか。


 私が耳をプルプルとさせた後、マリーさんに手綱を引かれてやって来たのは、八本足がある馬と、二人乗りには大きすぎる馬車でした。

 あぁ、馬は八本足があるだけで他は普通なんですね。足が多い分、ちょっと身体が大きいくらいですかね、変わったところは。


 ……私、異世界の生き物を見てもそんなに驚かないように、すっかり逞しくなっちゃってますね。


「ではユーリさん、これを。ここに飼育方法などが書かれておりますので」

「はい、どうも、ありがとうございます」


 マリーさんはそう言って、幾何学模様のような、記号のような、とにかく意味不明なものがびっしりと並べられた紙を一枚、丸めてユーリさんに手渡しました。


 パチパチパチパチ……とその瞬間に村人たちが拍手をしてくれました。


 ユーリさんはその間に紙を広げて一瞥します。


「やっぱり……」


 拍手の音に埋もれながらも、ユーリさんはポツリと、そう呟きました。


「なにがやっぱりなんですか? ユーリさん」

「あぁ、これなんだけど……読めるか?愛美は」

「読めませんね……」

「翻訳したいな」

「ですね」

 と、二人で話し合っていると

「どうしましたか?」

 と、マリーさんが覗き込んできました。


「あ、これ、読めないんですが……」

 ユーリさんが紙を広げて見せます。すると

「あぁ、それはいけませんね〜!」

 と言ってユーリさんから紙を受け取り、マセドルフさんの許に行きました。

 ……なんか、わざとらしい、です。


 すぐに、セドルフさんに何かを耳打ちするマリーさん。すると、セドルフさんは手を挙げて、村を静めます。


 そして、

「誰か、この文字を読めるやつはいないか!?」

 と叫び、紙を広げて見せました。


 少しして、村人の一人が「領主さん、それは何処の文字だよ?」と言葉を発しました。

「これはここから北の山を越えた先にある国の文字だ。誰も読めないのか?」

 と、セドルフさんは広場を見渡します。


 そして人ごみの一点を見つめて、

「あ! そういえば、ルナには言語を理解する能力があったな! そうだ! ルナ、修行も含めてこの二人の旅に同行させて貰いなさい。あー、ついでにフラン君も」

 と。

「それがいいですね、セドルフ様!」

 マリーさんもそれに乗っかります。


 あー。そういうことでしたか。

 まぁ、私は楽しくなりそうなんで、オールオッケーですね。……ルナさんとフランさんの方を見てみると、まったく状況を飲み込めていないようで、自分を指差したまま、ポカーンとしていました。え? わたし? ぼく? って感じですね。まぁ、仕方ないですよ……。

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