第36話:名前の由来
ワァァァァァァ!!
村人たちが腕を高く掲げ、雄叫びをあげました。セドルフさんやサリエバさんも、安堵の表情を浮かべています。
そして、みんなの声が収まった時、
「よし!村人たちよ!大地の恵みを回収しにかかろう!」
と、セドルフさんが大きな声で叫びました。
回収?なにをでしょう。
そう思ってキョトンとしていると、近くにいたリョウさんや淡い髪の剣士さんが刀でサイクロプスを解体しにかかったではありませんか。
サクッ、サクッと、まるでハムを切り分けるかのように、切り取っています。
え、美味しそうなんですけと……。
村人たちもそれに倣って、腰に付けていた小さなナイフや、矢尻をつかってサイクロプスのみならず、近くにバタバタと倒れているオークまでもを解体し始めました。
えっ?えっ?っとあっちを見たりこっちを見たりしていると、その様子を察したのか、ユーリさんが説明してくれました。
「愛美、これはな、さっきセドルフさんが言ったように村の恵みとして回収しているんだ」
「これが、恵みですか……?」
「あぁ。ほら、あの肉を見てみたらわかるように、あいつらは見た目に反していい肉をしてるんだ」
ユーリさんが指差す先には、サリエバさんが解体するお肉が。
……確かに、白い油の部分、サシの部分が均等に、まさに霜のようにお肉の中に入っています。……まさか?
「わかったか?霜降り肉なんだよ」
「……なるほど」
た、確かに地球でも見た目に反して美味しい食材ってありましたよね……。私は食べたことないですけどアワビとか、ウニとか、ナマコとか。あ、エスカルゴとか。
……貝類しか思い浮かびませんね。
「肉だけじゃなくて、オークの毛皮は衣服に、サイクロプスの骨は家の骨組みに、オークの睾丸は増強効果があったり……と余すところなく使えるんだ。だからこその恵み、なんだ」
「へ、へぇ……。先人の知識ってやつですね……」
こ、睾丸はですか……。うへぇぇ。だ、ダメです。気持ち悪くなりそうです……。
「さて、俺たちは解体する道具も知識もないから、他にできることを探すか。セドルフさんは……」
調度いいタイミングで、ユーリさんは話を切り替えてくれました。よかったです。
解体する道具と知識ですか……。千を超えそうな人たちが揃ってそんな道具や知識を身につけているんですね。なんだか、この村の『村』らしさを初めて実感したような気がします。
そうやって、物思いにふけっていると、
「愛美、セドルフさんを知らないか?」
と、ユーリさんが聞いてきました。
思想の世界から舞い戻った私は、キョロキョロと見回して、確かにセドルフさんがいないことを確かめます。
「確かにいませんね。あ、でも一つ心当たりがありますよ」
「どこに?」
「ルナさんとフランさんのところですよ」
「あぁ」
こういう、ようやく落ち着き始めた時って、家族や大切な人に会いたくなりますからね。まぁ、セドルフさんは説教という大義名分を持って行くんでしょうけど。
「場所は知ってますけど、行きますか?」
「いや、やめとこうか」
「そうですね」
今頃きっと、セドルフさんはルナさんとフランさんを正座させているに違いありません。
「と、なると次に指揮権を握ってそうなのはサリエバさんか」
そう言って、ユーリさんはサリエバさんの許に歩み寄ります。もちろん私もセットです。
「サリエバさん、俺たちは何をしてたらいいですか?」
「あ、そうだなぁ……。村に戻って色々運ぶようよ紐やら袋、それに骨を断つようのノコギリなんかもらってきてくれ。村では恵みを回収するって言ったら伝わると思うぜ」
「わかりました」
「りょーかいです!」
「頼んだぜ」
サリエバさんに頼まれた通り、村に戻って色んな人にたちに「恵みを回収しに行ってくださーい!」と言ってまわると、みんな嬉々とした表情で道具を入れているのでしょう革袋を持ち、恵みを回収しに行来ました。
そうして、屋敷の辺りまで行くと、ルナさんとフランさんに会いました。
……ルナさんなんかは、ぐずっ、と鼻をすすっていますよ。
そっとして置いてあげましょう、という風にユーリさんと目配せを交わしました。
ですが、すれ違うときにフランさんが、
「あ、ユーリさんと愛美さん」
と、絡んできてしまいました。
そう言われたら、
「大変だったんですね……」
と言うしかありません。
「いえ、ぐすっ。お父様に名前の由来を教えて貰いましたの」
「え?」
なぜここで名前の由来なんでしょうか?
「お前の名前は私とレナードから取っているんだって。セドルフの『ル』には賢くて理解のある人物に、そしてレナードの『ナ』には強くて勇敢な人物になって欲しいという意味を込めたって。ぐすっ」
「それがどう説教になったんだ?」
私も、ユーリさんと同じ疑問を抱いていたので、コクコクと頷きます。
「それはですの、ぐすっ。勇敢な人物になって欲しいと願いは込めたが、力の差が歴然としている相手に突っ込んでいくような蛮勇を持って欲しいと願ったわけじゃない!自分の力をわきまえなさい!って怒られたんですの」
「でも、その後、だがお陰で助かったらしいのは事実だ。ありがとう。これからはその勇敢さが蛮勇にならないよう、訓練するんだぞって、言われてたね」
「なるほど」
叱るだけじゃなくて、ちゃんと褒める部分も見つける。そしてこれからの道を示す。
ブランクがあっても、立派なお父さんですね、セドルフさんは。
「じゃあ、僕たちは屋敷で大人しくしてるからね」
「あ、はい。では」
「うん」
屋敷に戻って行く二人の背中を眺めた後、私たちは村巡りを再開しました。
そしてその日の夜は、魔物たちの、意外と美味なお肉で、村を上げてのお祭りが行われたのでした。
前半、ルナさんやフランさんは参加していませんでしたが、セドルフさんにお願いされたサリエバさんが二人を呼びに行ってからは、楽しそうに参加していました。
火を噴きあげる大きな組み木を大勢で囲み、ワイワイと騒ぐその様子は、まるで修学旅行の最終日のようでした。
まぁ、修学旅行は未経験ですけど。
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