第35話:希望の地響き

 村の入り口に立つ見張り台が視界に収まるギリギリまで近づいたところで、すぅ––––と大きく息を吸います。


「何してるんですか!なんで止まっちゃうんですか!見たでしょう!?あなたたちが動かないせいでフランさんが死にかけたんですよ!?なのにまた止まるんですか!?」


 村と外の境界線を踏み出さない村人たちに叫ぶ。

 私に一番近い人は、苦虫を噛み潰したような顔をしています。よかった、良心があるようです。これなら、押せばどうにかなります。きっと。

 すぅ––––。


「あの女の子を見てください!あの鎧に見覚えはないんですか!?私はありますよ!レナードさんの鎧です!ここで止まったら十年前みたいに大切な誰かを失いますよ!?それでもいいんですか!?嫌なら守りに行きましょうよ!このまま逃げてたら絶対にあいつは倒せませんよ!?それどころか、村がなくなって、多くの人が死んじゃいます!」


 苦虫を噛み潰していた村人たちの口が開き、だんだんと『それはダメだ』という顔に変わってきました。

 すぅ––––。


「守りましょうよ!みんなで力を合わせれば誰も悲しまずにあいつを倒せるんです!お願いします!ユーリさんを守ってください!あなたたちの家族を守ってください!」


 言いたいことを言い終わった私は、振り向いてまた走り出します。もう、サイクロプスとユーリさんたちが戦いを始めることだと思います。––––そばに居ないと、心配でなりません。


 村人はこれで動いてくれないなら、もう自分たちでなんとかするしかありませんから。そうなればユーリさんはきっと無茶をします。助けてあげないと。


 セドルフさんの指示で陣形を変えているみなさんの中に交じろうとします。

 すると––––。


「行くぞみんな!!うぉぉぉぉぉ!!」


 猛々しい雄叫びと共に、村人たちの先頭にいた男性たちが走り出しました!

 それに続いて続々と村人たちが走り出していきます。


「嬢ちゃん!すまなかった!謝って許されることじゃあないと思うが、もうこれ以上嬢ちゃんたちには苦労させない!俺たちが村を守るんだ!」


 先頭を走る、大きな弓を担いだ男性がそう言ってくれました。


「よかった!はい!守りましょう!」


 ワァァァァァァ!!という雄叫びが村中を包み込み、空気を震わせます。

 すると、陣形を変えていたユーリさんたちが驚いた顔で振り向き始めました。


 私は笑顔で、全力で走り、この戦いの指揮官であるセドルフさんの元に駆け寄りました。


「はぁ、はぁ、セドルフさん!村の人たちが協力してくれます!陣形を組み替えましょう!」


 驚いていたセドルフさんは、私の声を受け取った後、瞬時に状況を判断したようで、シャキッと表情を一変させ、少し考え込みました。


 考えていた時間は十秒もなかったでしょう。

 すぐに顔を上げ、

「よし!援護が来た!奴を円形に囲い込む陣形に変更だ!!私たちは奴の背後に回り込み、先制攻撃を仕掛ける!分かれ!」

 と叫びました。


 それを聞いて私も移動しようと思ったその時、セドルフさんに呼び止められました。


「愛美くん、すまないがあのバカ二人をどうにかしていてくれないか?」

 セドルフさんの視線の先にはルナさんとフランさんが。見つけたんですね、セドルフさん。


「……わかりました」


 やっぱりユーリさんと離れることになりますが……大丈夫でしょうか、ユーリさん。


「心配しなくていい。これだけの人数がいれば一瞬で終わる。ユーリくんは何も危険な目に合わない」


 去り際に、セドルフさんは私の目を力強く見つめてそう言いました。

 まるで私の心の声が聞こえたみたいです。

 確かに、これだけの人数がいれば一瞬で終わってくれそうです。

 それに、ユーリさんは危険な場所での動き方をわきまえているみたいですから、きっと大丈夫です。


 終わった後に、心配だった分抱き着きましょう。


 さて、ルナさんとフランさんは––––いました。


 サイクロプスの斜め後ろで、ドドドドッ!と土煙を上げて走る村人たちにビックリして立ち尽くしているようです。


 そのまま大人しくしていてくださいよ、と心の中でお願いしながら、私は戦場を駆け巡ります。

 今日は走ってばっかですが、それで誰かが助かるなら、万々歳です。


 後ろでは、セドルフさんがなにかを繰り返し叫んでいました。ですが、轟く足音のせいで、私には聞こえませんでした。少し心配です。


 それでも私はルナさんたちのところに走って行って、二人を正気に戻そうとします。


「見てください!村人たちが戦いに協力してくれますよ!ですから、非戦闘員のルナさんとフランさんはここを離れましょう?」


 口をあんぐりと開けているルナさんの肩をポンポンと叩きそう言いました。

 するとルナさんはだんだんと正気に戻ってきたようで、口がゆっくりと閉じ、私の方を向いてくれました。


 そして、腰が抜けたようにドサリ、と座り込んでしましました。


「どうしたんですか!?」

「ルナ!?」

「あぁ、ごめんなさい。なんだか、力が抜けてしまっただけですの」


 安心したんですね。


「フランさん、ルナさんをおんぶしてサイクロプスから離れてください。サイクロプスの後方は今まで戦っていた人たちが先制攻撃を仕掛ける場になりますから」

「……うん、わかったよ」


 フランさんはこくりと頷きました。


「だって、ルナ。ほら、持ち上げるよ」

「え、ちょ、ちょっと」

「フランさん!?」


 フランさんはなんと、ルナさんをお姫様抱っこで持ち上げました。


「じゃあ、離れているよ」

「あ、はい」

「…………」


 ルナさんは腰が抜けて動けないようで、顔を赤らめたまま、諦めたように抱っこされていました。

 いいな……。


 ハッ!


 ぽーっとしてる場合じゃありません!

 次はユーリさんのところです!

 これは別に行かないといけないわけじゃありませんが、私が行きたいので行きます。


 ユーリさんは今、サイクロプスの前方から横に回り込むところでした。


 やっと、ユーリさんに再会できる。


 別に、何ヶ月も離れていたわけではありませんが、戦闘が始まってからのじかんがとても長く長く感じられて、もう何日も会っていないような気分になっていました。


「ユーリさん!」

「愛美!よかった、無事だったか!」

「当たり前ですよ!ユーリさんこそ、無事でよかったです!」


 村人たちの走る音の影響で、大きい声を出さないとお互いの声が聞こえませんが、私たちはようやく再会できました。


 走りながら会話を続けます。


「ここからが本番だ!絶対にサイクロプスの攻撃に巻き込まれるなよ!」

「大丈夫です!私の素早さを見たでしょう?ユーリさんこそ、絶対巻き込まれちゃダメですよ?」

「もちろん!絶対に愛美を一人にしない!」


 そんなこと言われたら……。

 かぁっと頬が熱くなっちゃいます。


「またイチャイチャしてるねぇ……」

 そう言ったのは少し後ろを走る淡い髪の剣士さんです。そんなに大きな声ではなかったので、多分、ユーリさんには聞こえていません。


「ごめんなさい……」

 頬の熱を感じながら、こちらを見ていた淡い髪の剣士さんと目を合わせ、サッと頭を下げました。これで聞こえていなくても気持ちは伝わったでしょう。


 顔を上げてもう一度目を合わせると、


「私たちの仕事は一瞬気をひくだけだから、絶対危険なことにはならないよ!」


 今度は、ユーリさんにも聞こえるような大きい声でそう言いました。


 それに私とユーリさんとで頷きを返します。


 サイクロプスはその攻撃範囲に入らない限り興味を示さないようで、円を描いてそこを避ければ、簡単に後ろを取ることができました。


「よし!弓を番え!」


 セドルフさんの攻撃準備命令です。

 私とユーリさん、それにオタテさんたちは弓を持っていないので後ろ待機するだけ。


 ズン!ズン!ズン!とサイクロプスが三歩進んだところで、


「放て!!」


 攻撃命令が出ました。


 プシュンプシュン!!


 サイクロプスの背中めがけて放たれた幾筋もの矢。

 中には『槍』といえるほど大きいものもありました。

 それが吸い込まれるように弧を描いて、サイクロプスの背中に。


「グァァァァァァギャ!!」


 サイクロプスが背中に刺さったぶっとい矢と、細い矢に手を伸ばし、抜き取ろうとします。

 背中に左手を当てたまま、くるりと振り返るサイクロプス。

 その目は血走っていてとても恐ろしいものに。


「グァァァァァァ!!」


 耳を塞いでもガンガン響いてくる咆哮。


 サイクロプスは叫び終わった後、自身の右手にもつ棍棒を振り上げました。


 逃げないと!

 ですが、周りを見ると誰も動こうとしている人はいませんでした。


 プシュンプシュンプシュンプシュン!!

 プシュンプシュンプシュン!!


 また矢が放たれる音が。

 ですが今度は、さっきと比べ物にならないほど多くの矢が放たれていました。

 追いついた村人たちがサイクロプスの背中めがけて代わる代わる矢を放っていたのでした。


「グギャァァァァン!!」


 まさに雨のような矢を受けて、サイクロプスはドーーン!と倒れます。


 上に、ではなく今度は下に向けて放たれるようになった矢。


 そしてサイクロプスは、さっきの雄叫びを断末魔に、ピクリとも動かなくなりました。


 私たちの勝利です。

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