第20話:神の祠とガーディアン
愛美に呼ばれた時と同じような感覚がして、意識が覚醒すると、俺は空に浮いていた。
いや、正確には空の上に浮いているわけじゃない。大地一面に薄い水が張っていて、青い空を映し出している。上にも空、下にも空。それが空に浮いているような感覚を生み出していた。
一面、青一色。
……見渡しても愛美は居ないな。
「おーい! 愛美ーー!」
呼びかけても、愛美の声は聞こえてこなかった。けど、代わりに他の声が聞こえた。声だけ。姿は見えない。
『よく来ました。ユーリ』
姿は見えないのに、耳元で囁かれているような不思議な感覚がする。この声は……初めて聴く声ではない。俺は一度、この声を聴いたことがある。
「ここは……?愛美はどこですか!?」
『ひとまず落ち着いて、私の話を聞きなさい』
そう言われて、いつの間にか握っていた拳の力を抜き、長めに息を吐く。
『……ここは私が特別な生命を迎える場所。貴方に御告げがあります』
「御告げ?」
『そうです。……異例のことですが今から話すことは、すべて真実です。心して聞いてください』
異例……あなたのような偉大な存在が、そこまで言うなんて……。
ゴクリ。
緊張を誘われ、生唾を飲む。
『彼女––––愛美は、貴方と同じように転生者です』
子猫は、やっぱり神によって産み落とされていたのか……。この世界であの子猫を見た時、親が一緒に居なかったから、もしかしてと思っていた。
––––この世界に猫は居ないから。
『やはり、気づいていましたか』
俺の姿がはっきり見えているのだろう、驚かない様子の俺に、神がため息混じりにそう言った。
「はい、猫が転生者だとは、薄々」
『そうですか』
それから、少し間が空いた。神が、いたずらでもばれた子どものように黙り込んでしまったのだ。神は、俺が続きを促そうとしたところでようやく口を開いた。
『それでですね。ここからが重要なのですが……私が貴方を転生させる時、説明しましたね?基本的に、種を超えての転生は出来ないと』
「はい、聞きました」
それがどうしたのか、とは聞かない。俺の胃の中で沸々と冷たい感情が泡を立てる。
『ですが……。その、こちらの手違いで……元は人間だった彼女を、猫に転生させてしまったんです』
「元は人間だった?」
冷たく、続きを促す一言だけを発する。
『はい、貴方の夢に出てきたでしょう。あれが本来の彼女のあるべき姿。魂の姿です』
「間違った転生をすれば?」
薄々わかってはいるけど、一応聞いてみる。もしかしたら、俺の穿ち過ぎかもしれない……と僅かな期待を込めて。
『わかっているんでしょう?魂が次第に身体と分離するんです』
「っ……!」
間髪入れずに俺の淡い期待は打ち砕かれた。夢に出てきた女神と、子猫が同一の存在だとわかった時のようなショックが、ズンと双肩にのしかかる。
「……それじゃあ、愛美は、どうなるんですか……?」
『身体から離れた魂は霧散し、消えてしまいます』
「そんな!!」
そっちの手違いで愛美が消えてしまうなんて!!
憤りを込めて、俺は見えもしない者を睨み付ける。向こうには見えているはずだ。
『……申し訳なく、思っています』
「だったら––––」
『もちろん、このままにしておくつもりはありません。私が愛美の、今の
……ひとまず対策は打ってくれるようだ。
けど、
「どうやるんですか?」
そんなことができるとは俄かにも信じ難い。
『ユーリ。今貴方がいる村から、しばらく北に向かったところに祠があります。神聖な力に満ちているそこは、唯一私が生物に干渉できる場所。そこに来さえすれば、私がどうにかしましょう』
ここに来るまでに、そんな感じの祠はいくつか見たことがある。まるで誰かの忘れ物のようにポツンと草原に建てられていたそれは、とても強い力が感じられて、印象に残っていた。神の祭壇だと言われて納得するくらいに。
「……わかりました」
『ありがとう。彼女を頼みますよ、ユーリ』
「はい……」
遠い、雲の上の存在だと思っていた愛美が、一転して存在すら危うくなってしまった。よく考えもせずに、忘れようと思っていた浅はかな俺に嫌気がさす。
前にも、浅はかな自分の身が災いを呼んだというのに。
『ごめんなさいね、そんなに苦しい思いをさせて……』
慰めるような声が耳元で響き、俺をハッとさせる。
俺には自己嫌悪に浸っている時間なんてないんじゃないか?
「どのくらい、時間はありますか?」
『猶予はそれ程あるわけでもありません。こちらの失態でこんなことを言うのは気が引けますが、できるだけ急いで下さい。宜しくお願い致します』
その時、トン……と肩に何かが触れたような気がした。同時に、意識が現実へと浮上し始める。
あぁ、今度こそ、何も失わない為に冷静に、最速で行動しよう。今度こそ……。
♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢♦︎♦︎♢
目を覚ますと、腕の中にはぐったりとした子猫の姿が。魂と肉体の分離が始まっているのだろう。意識がないままだ。
目の前の光景に、焦りが生まれる。
焦るな焦るな、冷静に。
猶予がほとんどないことを実感した俺は、ベッドから起き上がり、すぐに身支度を整える。
その間、出来るだけ余計なことを考えないようにして、頭を冷静に保つ。
リュックの中身に入れていた寝袋を取り出し、ベッドに置く。その分空いたスペースにそっと子猫を入れる。
側から見たら、リュックから顔を出した猫が寝ているという、キュートな光景にしか見えないけど、実際はそんな呑気なもんじゃない。
そのままリュックを背負い、部屋から出て行こうとしたけど、書き置きぐらい残しておいたほうがいいだろうと思い立ち、薬包紙に書き置きをした。
『北の祠に行ってきます。ユーリ』と。
日本語の文字だが、言語理解のスキルが高いルナなら理解してくれるだろう。
書き置きをした後は、屋敷の玄関を掃除していたマリーさんに出掛けてきますと伝え、屋敷を出る。
向かうのは村の北端。
俺がこの村に来た時通ったのは、サリエバさんが見張りに付いている村の東側。屋敷は村の西側に位置している。
村の中を東へ歩き、中央の広場に着いたところで歩む先を北にする。
歩く歩調は自然と早歩きになり、すれ違った村人から「そんなに急いでどこ行くんだい、ユーリさん」と話しかけられる。その度に「急いでいるように見えますか?」と何でもないように答え、歩調を意識する。
しばらく歩くと、村の端に建てられた見張り台が見えてくる。見張り台と言っても、人間を見張っているわけではないので、出る人も入る人も簡単に行き来することができる。
そして、整えられた村の茶色い大地を踏み越え、緑の草原へと踏み出す。
基本的に丈の短い草が広がる草原だけど、時に腰を越える高さの草むらが行く手を阻む。普段なら、薬草の宝庫だ、と喜ぶけど、今は邪魔でしかない。
かと言って中に何がいるかわからない草むらを乱暴に蹴り倒すのは危険だ。
これは、草むらを回り込んで進むしかないな。
俺は大きな草むらが現れる度に心の中で毒付き、大きく弧を描いて草むらを避けた。
日が傾く程歩き続けると、ようやく祠が見えてくる。色は白。形はシンプルな四角。今はこちらに角を向けている。
「あれが祠か」
普段興味がなかったので、特に近づかなかった祠だけど、今は俺の目的地。普段見えてこなかった特徴が、細部まで見えてくる。
大きさはよくある一軒家程。周りは四つの大きな鳥居に取り囲まれていて、ただならぬ雰囲気を醸し出している。祠と鳥居とも、こんな人の手が届かない草原にあるのにもかかわらず、コケなどは一切見られない。
少し離れたところから、注意深く祠を一周し、入り口を探す。
反時計回りに一周して、最後から二番目の面に入り口を見つけた。向きは北東。
……鬼門か。
神様のくせに、演技が悪い方角に作りやがって、とか、思わなくもないけど取り敢えず入り口を目指して進む。
そんなに苦労することはなかったな、と拍子抜けしたところで、俺はまた自分の浅はかさを恨むことになった。
鳥居に刻まれた
虫の魔物か!
そう思った瞬間にバッと飛び退くと、同時に地面からゴツゴツとした硬質なこげ茶の腕が飛び出した。
俺が着地した時に他の腕も地面を突き破る。そうして地面を引き裂くように現れたのは二体の土人形、––––ゴーレムだ。
「くっ!
「グガァァァァァ!!」
そう叫んだ俺の声に応対するように叫ぶゴーレム。一体の大きさは俺よりもかなりでかい。
そりゃそうだよな。護り手がいない建物がこんな綺麗なわけがないか。
構わず飛び込もうと前傾姿勢を取ると、これ以上近づけば命は保証しないと言わんばかりに一体のゴーレムが地面を殴りつける。
ドシャーーン!! という轟音と共に、舞い上がった土が大きな柱を立てる。
これは……喰らったらやばいな。
だけど、
ゴクリと喉を鳴らし、足に力を込める。
俺は行くしかない!
「うぉぉぉぉぉ!」
「グガァァァァ!」
地を蹴る俺とゴーレムの雄叫びが草原の中で交差した。
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