第15話:ユーリさんとルナさん
ルナさんは、私を抱えてふんふんと鼻歌まじりにお風呂へ歩いて行きます。
ルナさんは楽しそうですが、私は一つ、ルナさんに謝りたいことがあります。
「にゃんにゃん……」
私は耳をぺたんとし『いい雰囲気のとこを邪魔してごめんにゃさい……』と謝りました。
蝶々と遊んでいた私が猫の本能に囚われて大声を上げてしまい、そのせいで二人の空間を壊してしったのです。
それを謝りたいと思っていました。
「そんな、いいですの。愛美さんが最初に二人の空間を作ってくれたんですから」
「にゃんにゃ……」
『そう言って貰えるとありがたいです……』と言うと、ルナさんは薄い青色の目を細め、にこりと微笑んでくれました。
三日月のような微笑みですね。
お風呂場に着くと、ルナさんはまずお湯で丁寧に私にくっ付いた泥を取り払ってくれました。
「こんなに泥だらけになって。はしゃぎ過ぎですの」
「にゃーん」
私は『つい我を忘れてしまいました』と戯けてみせます。
「お転婆さんですの」
「にゃ」
ルナさんは私の猫の額をツンと
その後、ルナさんも裸になり、自分の身体と一緒に、私も石鹸で洗ってくれました。
私を洗うルナさんは、金の糸のような髪が上気したした身体に張り付いていて、艶やかな雰囲気を発してしていました。
こういうルナさんはとても色っぽくて、そっちの気のない女の私でもぽーっとしてしまいます。
「洗い終わりましたの」
自分の身体と毛むくじゃらの私をお湯で流し終わり、ルナさんは私を抱えて湯船に浸かります。
毛の間にお湯が染み渡り、少しむず痒いような感じがします。
ぶるるっと身震いしてしまいました。
「はふぅーー」
ルナさんはとても気持ちよさそうに溜め息を吐いています。
湯船に浸かったルナさんは両手で私を抱えたままです。
つまり、私は魔性のクッションの柔らかさにドキドキしながら湯に浸っているのです。
そんなルナさんのたわわに実った部分に抱かれていては落ち着かないので、浮力で半分浮いた身体を動かして『歩けますよ』と言います。
「あ、自由に身体を伸ばせた方がいいですよね。暖かくてつい抱き締めてしまいましたの」
そうして私は魔性のクッションから解放されました。
あれ、とても羨ましいです。まぁ、今の私は猫ですから関係ないんですけどね……。
私はててててと湯の中を二足歩行で歩き、ルナさんの隣の段差に腰を落ち着かせます。
段差は、温泉の湯船にあるあれですね。
私が小さい頃、世界遺産に登録されている愛媛の温泉に行ったことがあるんですよ。
まぁ、それはさておいて……。
パーソニャルスペースを確保した後は、恋バナの始まりですよね?
「にゃんにゃにゃ?」
「ユーリさんのどこが良いか、ですか?それはもう、大人なところですの。あの大人で、紳士的で、王国の貴族さながらなところがとてもこう、グッときましたの」
……にゃるほど。ルナさんはユーリさんの本性じゃなくて猫被りユーリさんに惚れたわけですか。
まぁ、付き合ってからお互いの本性を知っていくのが恋ってものだと、なにかの小説で読んだことがあります。
ここで私が言うより、これから知っていく方がきっと良いんでしょう。
「にゃんにゃ」
「これからは毎日あの場所に呼ぶのか、ですか?それは、ですね……ユーリさんが、疲れた様子をしていなければ、その……毎日、呼ぼうと思ってますの」
もじもじとしながらそう言ったルナさん。
金の糸がちらつく桃色に染まった頬もさることながら、最大の武器である魔性のマシュマロが、二の腕の間でもじもじする度に形を自在に変え、痛恨の一撃を私の心に与えました。
なんというエ……可愛さでしょうか。
「にゃんにゃ」
「だから見せませんの!!」
ルナさんは冗談が通じないみたいで、『その姿をユーリさんに見せたらイチコロですよ』と言うと、ばしゃりとお湯を散らして湯船から身を乗り出しました。
顔もバラのように真っ赤です。
「にゃうん」
「もぉ!からかわないでください!」
私が『冗談ですよ』とからかうと、ルナさんは、もうっと言いながら湯船に腰を下ろしました。
まぁ、『イチコロですよ』の部分は本音ですが。
それからルナさんはユーリさんがどんな感じで話を聞いていたかとか、私が話しかけると微笑んでくれた、などいろんな話を聞かせてくれました。
その間に私が『すっかり恋する乙女ですね』と言うと、顔を赤くして俯いてしまったり、とても可愛い反応をしてくれて、いじりがいのある、とても楽しい恋バナになりました。
お風呂から上がった後、私はユーリさんの腕の中に帰りました。
いつ触っても程よい筋肉量で、硬過ぎず、柔らか過ぎずでなんとも言えない感触。
見上げるとユーリさんの優しい笑顔。
そして、ユーリさんは「おかえり」と、耳をくすぐるような声で囁き、スラリとした綺麗な指でアゴを撫でてくれました。
「ゴロゴロゴロ」
やっぱりここは暖かくて落ち着きますね。お風呂より心地良いかもしれません。
その腕の中で丸くなった私は、そのまま眠ろうとしたのですが、すぐにまたあの極端な位置設定の食事が始まったので眠るのを先送りにしました。
この位置設定だといちゃこらが目の前で見えてしまって料理が甘く感じられるんですよね……。昨日からこれですから、そろそろ塩味が恋しくなってきました……。
まぁ、ルナさんが楽しそうなので良しとしましょう。
食事が終わると、眠気を我慢していた私は、ルナさんと談笑するユーリさんの膝の上で眠ってしまいました。
♠︎
セドルフさんとマリーさんの幸せそうな笑顔を見ていると、愛美のことが頭に浮かんできて、どうも胸が苦しくなってしまう。
だから俺は、食事の間、なるべく二人を見ないようにして、ずっと猫やルナに構っていた。
そしてようやくその時間も終わり、就寝時間が近づいてきた。
「お休みなさい、ユーリさん」
「……あ、はい。お休みなさい、ルナ」
お休みなさいと言った時、愛美に会えることを期待している俺がいて少しイラっとした。
ルナと話していたのに、表情が歪んでしまったかな。
ちらりとルナを伺うと、もう自分の部屋のドアを開けたところだった。
……まぁ、気にしなくてもいいかな。
諦めて俺も部屋に入り、二度深呼吸をしてから布団に入った。
子猫は寝顔が見れるように枕元に寝かせてある。
目を閉じると、頭に浮かんでくるのは愛美の笑顔……。
花のような笑顔。それも、桜のような儚さを内包していて、離れたく、いや、離したくなくなってしまう、魔性のもの。
最初に会った時言われたように、俺は彼女に依存することはできない。
俺が愛美に会えるのは、彼女が俺を呼んだからだ。そして、彼女の世界に残っていたくても、残れない……。
ここのところほぼ毎日会っているけど、いつ会えなくなるかわからない。
もしかしたら、今日から会えないかもしれない。
桜の花が散ってしまうように、ほんの一時の逢瀬なのかもしれない。
眠れない。眠らないと体力が回復しなくて明日の治療に響くのに。
苦しいよ、愛美。
神様なのにこんなに人を苦しめていいのかよ。
そう心の中で毒づき、身体をベッドから起こした。
そして、机の上に置いていたよこぐすり箱という、発火性の棒を箱の横面に擦り付けて火を点ける長方形の小さな箱を取り出し、シャッと擦って部屋の蝋燭に火をつけた。
揺れる火が俺を見つめる。
ハッ、まるで不安定な今の自分を見せられているようだな。つい失笑してしまう。
俺は蝋燭の火を頼りに、リュックの中から自作の薬と革の水筒を取り出す。
俺は、目を凝らせば何がどんな成分を含んでいるのか見えるので、薬も作れたりする。
まぁ、治療魔法があればほとんど必要ないけどな。
取り出した薬を水筒の水で一粒流し込み、蝋燭の火を吹き消してから、もう一度ベッドに寝転がった。
この薬を飲んだのは二度目だ。
一度目は実験した時に、そして二度目が今。
薬の効き目は上々で、三十分くらいすると、いしきがとろんとしてく、る……。
薬で夢を見ないような深い眠りに落ちた俺は、その日の夢で愛美に会うことはなかった。
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