第20話 卯鬼(うき)じゃ!
「卯鬼(うき)じゃ! 茜、武器を作るのじゃ! 一覇、場の空気を作れ!」
九鬼神の叫びに、茜は境内に置かれている杖に魔素を通し始めた。そして一覇は。
「何度こようと同じことよ。最後には必ず正義が勝つのよ!ヒロイック・フィールド」
心から叫び声を上げるのだ。
ヒロイック・フィールド? ああっ、技の名前だ。技を繰り出す時、技名を叫ばなければならないとは因果な性だ。俺は、正義願望症の場の空気となった魔素を体に取り込み、正義のヒーローとなる。
「すまんが、また、征哉に頼るしかない。斬鬼丸を持って行くのじゃ」
「待って、これを」
「これは……。指輪?」
一覇にわたされた指輪を、両手の薬指に嵌めようとして一覇に否定される。
「婚約指輪じゃないんだから、中指にして、サイズは合っているはずだから」
「よくわからないけど? ありがとう」
「アイテムよ。ヒーローアイテム」
お礼を言ったが、アイテムと返された。なんのことだか? お守りみたいなものなのか?
しかし、それを考える時間は無かった。卯鬼どもは、蛆虫のように湧き出て来るし、その背後には、筋骨隆々の大男の影が、金棒を持って漆黒の闇から現れようとしている。
俺は、周りに群がりはじめた卯鬼を、斬撃を飛ばして、切り刻みながら、鳥居に向かって疾走する。
一旦、斬撃で左右に割れた卯鬼の群れも、すぐさま参道を埋め尽くし、九鬼神、一覇そして茜に襲いかる。レベルは、一覇や茜の方が上、そして、レベルが同じくらいの九鬼神も戦闘経験は豊富だが、二人の持つスキルは戦闘向きではない。強化された杖で、殴りつけているが、なかなか卯鬼を倒すまでには至らない。
一旦、三人を守ろうと引こうとする俺の頭上から、雷(いかずち)の衝撃が襲い掛かる。
辛うじて、斬鬼丸で受け止めたが、
「なんて、重い一撃なんだ……」
足を踏ん張り、受け止めた斬鬼丸越しに前を見据える先には、はち切れんばかりの鋼の筋肉を纏った地獄絵図に描かれる鬼が、金棒を慚鬼丸に撃ち付けている。
あまりの重さに、刀をズラし、力を流す。さらに横に飛び、震鬼に向かって斬撃を飛ばすが、ことごとく、金棒に纏わりついている雷に阻まれてしまう。
大きな体で、本体の動きは鈍いようだが、光の速さで動く雷の守りに俺は、突破しあぐねていた。
さらに、背後で上がる一覇たちの悲鳴。さっき、見た感じでは多勢に無勢、早くカタを付けなければ一覇たちが危ない。
焦りながらも、俺は雷を躱すのが精一杯。震鬼の懐に飛び込めないでいた。
「くそ、相手は一歩も動いていないのに。こいつ本当に、坎鬼とどっこいの強さなのか?」
しかし、不思議と絶望は感じない。正義は必ず最後には勝つ。一覇の空気を取り込んだ影響もあるんだろうが、きっと俺も信じているんだ。
背後から、一覇のイラついた声が上がる。
「ああっ、イラつく。あなた達、雑魚キャラは、わざとやられて、ヒーローを盛り上げるんでしょ!」
場の空気が大きく動き、いままでと卯鬼の動きが変わる。振り回す杖にわざと当たり、当たった卯鬼たちは、すぐに霧散していく。さらに当たりもしていないのに、派手にぶっ飛び、他の卯鬼にぶち当たるとお互いに霧散していく。
この風景、確かにヒーローものでは良く見たことがある。戦闘員は当たってもいないパンチやキックに派手に吹っ飛び、画面の端に消えていく。ヒーローのアクションを派手に盛り上げるやられ役。まさにそれを演じる卯鬼たち、そして、ノリノリでオーバーアクションをかましている一覇や茜、そして九鬼神。乱れる襟元からは、おっぱ……、胸がちらりと覗いている。
「ははっ、あいつ、どれだけ古いヒーロー物を見ているんだよ。今時、こんな演出はないぞ」
この状況にあっけにとられた震鬼。全身隙だらけだ。人間を相当低く見積もっている。その油断が、坎鬼といい震鬼といい致命的になるのだ。
俺は、震鬼の左胸に向かって、斬鬼丸を突き延ばす。が、斬鬼丸は残像を突き進んだだけで、気が付いた時には、俺の右腕は、震鬼の脇と左腕に挟まれ、締め上げられている。
大きいだけに動きは鈍い。そんな見た目の判断が油断に繋がり、俺は徹底的な隙を作ってしまったのだ。
震鬼は俺をすぐに腕ごと抱え込み、腰を引きつけ、ベアーハックの如く締め付ける。
その恐ろしいまでの怪力は、俺の背骨や肋骨、そして腕をキリキリと締め上げ、骨が砕ける痛みがなんども脊髄から脳天まで駆け上がる。
砕けては再生され、また砕ける。肺の中の空気がすべて絞り出され、血を吐き、遠のく意識の中で、それでも、ヒーローはまた立ち上がらなければならない。
「なかなかしぶとい。そら、トドメだ」
ボキボキッ全身の骨が砕かれた。
薄れゆく意識の中で、一覇の声が聞こえる。
「変身するの! ヒーローは変身して、悪を倒すのよ。指輪を、変身アイテムを合わせてー!」
「ああっ、そうか。正義のヒーローは変身するんだ。変身(チェンジ)、ヒロイック・イクシード!」
ヒロイック・イクシード(無敵のヒーロー)は思い付きだ。一覇のヒロイック・フィールドに触発された感じだ。正義のヒーローは変身する時、なにか叫けばないと恰好がつかない。
動かない腕の関節を無理やり外し、痛みに歯を食いしばり、指輪と指輪を合わせる。ちょうど、指輪のでこぼこが、合わさるようになっているのだ。
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