第22話 それで征哉君、今日は暇?
「それで征哉君、今日は暇?」
焦心の俺に、一覇が今日の予定を尋ねてくる。まさかさっきの仕返しを考えているとか?噂に聞く、超高級フルーツのドリアンとか、世界一臭い食べ物と言われるニシンの塩漬け、シュールストレミングをご馳走してあげるとか言い出すんじゃないだろうな?
確かにそんな物、見たことも食ったことも無いんだが。
俺が返事しあぐねているのを感じ取ったのだろう。一覇は目的を告げて来た。
「あなたと話していると、本当に勉強になるわ。私の考え、予定を相手に知らず知らずに押し付けてしまう。こういったところが私のダメな所なのね。あのね、今日、あなたに携帯の契約をしていただこうと考えて」
「携帯、だめだめ。あんな高いの、俺には無理だよ。それに使うこともほとんど無いし」
「今まではそうだったかも知れないんだけど……。でも、これからは、その……、八鬼が出るタイミングが分かるのは空気が読めるあなただけ。こちらも四六時中一緒に居るわけじゃないから、いつでも連絡が取れるように……。ほら、だってあなただけ出くわしても、わたくしのスキルが無ければ、どうにもならないでしょ」
一覇だけでなく、茜もうんうん頷いている。
「確かになあ~。でも、そういうところを見ると、一覇さん、これからもあの八鬼と戦うつもりなんだ」
「……仕方ないでしょ。八鬼の復活を知っているのは、わたくしたちだけなんだし。それに、人知れず平和を守るのは、ヒーローの責務なのよ」
いや、それ、一昔前のヒーロー像なんだけどな。
「分かった。携帯を持つよ。本当に俺一人じゃ何もできない。昨日だって、変身アイテムをありがとう」
「別に……、実際に作ったのは、茜さんだしね」
「でも、そのアイテムに願いを吹き込むのはお前だろ」
はっとした顔をする一覇。
「でも、あなただけにわたくしの願いを背負わせるのは、歯がゆいというか、申し訳ないというか……」
「気にするなよ。みんなで戦っているんだろ。それぞれの持って生まれたスキルで。なら宿命だ。誰のせいでもないよ」
俺はやっと朝の事件から抜け出し、平静を取り戻したようだ。自分の思いがスラスラ出てくる。
「それで、その携帯ってどこに行けば買えるんだ?」
「呆れた。征哉先輩、そんなことも知らないんですか?」
「大丈夫よ。今のは想定内だから、これから、車を回すわ、わたくしに付いて来てください。わたくしが株を持っている通信会社が在りますので」
「おおっ、株主優待割引が在るのか?」
「残念ながら、征哉君には適用されません。でも、九鬼神様の分はわたくしが契約します」
「まあ、そうだと思った。じゃあ、出かける準備をするか」
俺は、自分の部屋に入ると、昨日寝ていない布団を見て、ちらっと朝の風景が頭をよぎったが、今日はちゃんと自分の布団で寝ようと決心して、敷きっぱなしのまま、スタジャンをトレーナーの上から羽織って出かけていくのだ。
そして、一覇に連れられてきた通信会社で、一番安いガラケーを買い、通話とメールしかできない一番安い通信契約を交わす。ただし、こちらから掛けた電話代は、通常より高くなるという謎の契約だったのだが。
さて、携帯も持ったし、電話番号も決まった。四人で電話番号とメールアドレスを交換すると、一覇が窓口にいって何やら話をしている。
そして、こちらにもどってくると、にこやかな顔をして言うのだ。
「わたくしのスマホと征哉君のガラケー、同じ通信会社だからひとりの相手だけ、通話料もメールも基本料金に含まれて、どれだけ連絡しあっても実質〇円になる、通称、恋人割……、コホン、コホン。まあ、それができるの。だから、さっき、その相手にわたくしのスマホを指定してきました。だから、征哉君、お金を気にせず、わたくしにどんどん電話を掛けてきてね」
「あーっ、一覇さん、ズルいです。私も征哉先輩としたい(・・・)です!」
あの、茜さん、その発言ちょっと問題です。
「でも、さらに一件増やすと基本料金が上がるのよね」
「ああっ、少しぐらい上がってもかまわない。茜だけ仲間外れじゃかわいそうだろう」
「さすが、先輩です。ありがとうございます。料金を気にせず、じゃんじゃん電話を掛けてきてくださいね」
俺が変更契約すると、茜も満面の笑みになる。
俺と電話することがそんなに嬉しいことなのか? しかし、俺は今頃の高校生が夜中深夜まで携帯を離さず、電話している事実を知らなかった。そのため、これから二人の女の子に、まるでプライベートがない監視体制が敷かれることを知るよしもなかった。
その後、一覇のおすすめで、高級そうな日本食の店に入り、懐石料理を堪能した後、それぞれの家に帰って行った。
それにしても、この高級料亭、一時過ぎに入ったはずなのに、食事を終えたのは、三時過ぎだった。最初に飯、汁物、向付、いきなり、飯が出て来たのには驚いたが、その量も、それぞれ、一口分ぐらいの分量で、育ちざかりの俺がこんなのは全然たらないと思っていたら、今度は、酒の肴のようなものが、時間をおいて次から次へと出てくる。
気が付いたら、結構お腹がいっぱいになっている。
なるほど、飯をちょっと腹に入れてから、酒やお茶を飲むわけだ。日本食らしく胃に優しい心づかいだ。
それにしても、食事にこれだけ時間を掛けるって、日本の金持ちって言うのは、めちゃめちゃ暇なんだな。それに時々報道される政治家や起業家の密会現場は料亭が定番だが、これだけの時間を取られるんじゃ、タイム イズ マネー. 確かに数百万以上の商談が成立しないとやってられないはずだ。
一覇自身も、しょっちゅう電話が掛かって席を外していた。自分の持っている会社からの商談みたいだったけど、飯を食っている時間より、電話で話している時間の方が長かったんじゃないか? そう言う訳で料理の出てくる間が長いのか?
一覇のおかげで、社会の仕組みが色々と分かって面白い。
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