第21話 ちょうど時計は深夜〇時を打ち始めた

 ちょうど時計は深夜〇時を打ち始めたところみたいだ。自分でも急激なレベルアップが感じられる。内側から体の組織が再生強化されていく。

 さらに、体が光を放ち、体の内の組織と体外の魔素が混ざり合って白銀の鎧が、体に纏わり、そして膨れ上がる。

 それは、震鬼の両腕を引き千切り、仰け反らせる。俺は、震鬼の身体を蹴ってよじ登り、向き合った肩車に近い体制で、膝で頭を挟んで、斬鬼丸を両手に逆手に持って、振り上げる。

「ヒーローは、期待に応えるからヒーローなんだー!!」

 そう叫んで、震鬼の額から、背骨に向かって、串刺しにするように、斬鬼丸を突き立てた。

「ぐはっ! 結界を破るのがもう少し早ければ……」

 続きの言葉を発することはできずに、震鬼は、仰向けにゆっくり倒れ霧散していく。俺は、震鬼から振り落とされ、斬鬼丸を握ったまんま大の字に寝転がる。

「すべてのタイミングが、ヒーローに都合よく出来ているのは、俺だって認めるさ。でも、筋書きを書いているのは、ヒーローマニアの一覇なんだから、恨むのは一覇だけにしてくれ」

 俺はそう呟くと、もはや指先ひとつ動かすことができない体に、群がりはじめた卯鬼に向かって走り寄ってくる茜や九鬼神、そして、亀裂の入った空間を塞ぐように場の空気を操る一覇。後の事はヒロインズに任せる。ヒーローの見せ場は終わったから……。



 さて、次に、障子から入る朝日の眩しさにたまらなくなって、俺が目を覚ましたのは、客間の布団の上だった。

 俺は、両腕を包むわらかいものや、股間に感じる重みに違和感もあり、上半身をゆっくり起こす。

 たしか、ここには一覇、茜、九鬼神用に布団を三つ並べて敷いていたはずだが? 

 右には、浴衣が乱れ、大きく前のはだけた一覇。左は同じくあられもない恰好の茜、そして、股間には、俺の大事な物をまくらにしている九鬼神。


「なんで、俺、ここに寝てるの? どうせ布団まで、連れてきてくれるのなら、俺の部屋で寝かせてくれればよかったのに。

あれか? 思ったよりも早かった時空の結界のほころび。いつ襲われるか分からない不安の中で、俺を頼りしがみ付いて寝たんだろうな。ここは気が付かないふりをして、もう少し寝かせておいてやるか」

俺は、三人の寝姿……、もとい寝顔を脳裏に焼き付けつつ、一覇はさすがパーフェクトボディ、茜はまだまだ発展途上だな。九鬼神は、ふん、なんかそういう対象じゃない、でも、この寝顔、元気を貰えるななどと、個人の感想を述べながら、誰も起こさないように静かに布団から抜け出すのだった。


 俺は、みんなの朝食でも作ろうかと、台所に行き水屋と冷蔵庫を漁る。冷蔵庫の中には玉子にベーコンがある。確か近所のスーパーの特売で買ったものだが、あいつらの口に合うのか? まあ、九鬼神は庶民的だから、あいつが喰えば他の二人は否応なく従うだろう。

 そうこうしている内に、一覇たちが起きだしてきた。

 居間に入ってくる姿は、残念ながら薄着の浴衣ではなく、普段の外出着なのか、二人ともシックなカシミアの襟元がふわふわとなったセーターと、膝上のスカートを上品に着こなしている。九鬼神も同じような感じだ。

 この純和風の居間には違和感が半端ない。


 俺は今朝の事もあり、まともに顔を合わせるのにためらいがある。それは一覇たちも同じようだった。

「お・は・よ・う」

「おおっ、おはよう。今、朝飯を用意しているから、その辺に座ってくれ」

「うん……。それで…、あの……、見た?」

「はっ? 何を?」

 一覇の問いに、しらばっくれる代わりに問いで返す俺。これはあまりに白々しかったか。しかし、どう答えてよいのやら? 色々と言い訳をシュミレーションしていたのだが、一覇と茜を見た瞬間、脳裏に焼きつけた二人の寝姿がフラッシュバックして、すべて頭から吹っ飛んでいた。

「うん……。別に……、なんでもないの」

 少し表情が硬い一覇と茜。俺はここは話題を変えるしかないと考え、畳み掛ける。

「そ、それより、腹へってるだろ? 朝飯食えよ」

「ええっ」

 俺は、座卓に座った一覇たちの前に、トーストとベーコンエッグを並べる。

「インスタントだけどコーヒー飲むか?」

 頷く茜に対して、注文を付けて来た一覇。

「インスタント? コーヒーだけでいいわ」

 インスタントの意味が分からないのか、微妙に会話が通じていないが、構わず俺はインスタントコーヒーを出す。

「砂糖とミルクがいるなら、そこのを使ってくれ。それで九鬼神様はこれな」

 俺は、九鬼神にココアを差し出す。なぜか、九鬼神が、ココアが大好きなのを知っているのだ。

「これはココアじゃな。久しぶりじゃ」一口ココアを飲むと、「はあ、極楽じゃ。心があったまるのじゃ」

 満面の笑みを浮かべる美幼女。これが、ココアのCMで流れたら、ココアの売上が三割は上がるんじゃないかと思えるぐらいだ。ただし、吹き替えが必要だと思われるが。

 そんなことを考えて一覇と茜を見た。

 一覇は、凄く気難しそうな顔をして、コーヒーを飲み、トーストを食べている。それに、ベーコンエッグを食べるのに、箸では、食べにくそうにしているのだ。それでも文句もいわずもくもくと食べている。どうやら、出されたものは綺麗に食べるという躾が行き届いているようだ。

 ただし、漂う空気は不味いが全開である。一覇の出す空気に従い、お互いのレベルを上げたいのはやまやまだが、あいにく、一覇の口に合う食材はこの家には持ち合わせていない。

 一覇が、丈夫な胃袋を持っていることを祈るだけだ。

 そして、今度は茜の方を見ると、いつもと違うと、首をひねりながら食べている。いや、茜は俺と同じ庶民派のはずなんだが? そうか、素材か! 素材が違うのか?

 俺は、がっくりと肩を落とす。今度から茜の認識を変えなければ。

「ご馳走になった。うまかったのじゃ」

「「ごちそうさま。美味しかったわ(です)」」

 心から満足した九鬼神の言葉と違い、一覇と茜のうわべだけのお礼を受けて、力なく答える。

「お粗末さま」

 ああっ、本当にお粗末だったんだ。

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