第4話 俺たちが乗った電車が
俺たちが乗った電車が、鬼都緑地公園駅のプラットホームに滑り込む。
ドアが開いて、更に逃げ出そうとする男を羽交い絞めにしたまま引きずり出し、少女と一緒に、駅に降り立った俺を迎えてくれたのは、駅員を背後に侍(はべ)らせ、圧倒的な存在感を放ち、腕組みをして人王立ちする一条院一覇であった。
「メールをくれたのはあなたかしら?」
「あっ、はい」頷く少女。
そして、一覇は今度は俺を見て言い放つ言葉が酷い。
「それで、痴漢をした男って言うのは、その男かしら?」
(えっ、こいつ、一体何を見て言ってるんだ?)俺は、むっとして言い返した。
「ああっ、見ればわかるだろうが。このおっさんが痴漢で、俺はこの痴漢を取り押さえたんだ!」
「そうね。ごめんなさい。でも、一応、確認しておかないと、あなたも十分悪人顔ですから」
「顔で判断するなっていうの。ほら、こっちも腕が痺れて来たから、後は頼むぜ」
そういうと、痴漢男を駅員の方に放り出す。駅員たちは、三人がかりで痴漢男を取り押さえ、駅長室の方に引っ張っていくようだった。
残った駅員が、少女に向かって事務的に話をしている。
「あの男は、警察に引き渡します。それで、その時の状況とか……。これから、学校が在るということをこの一条院のお嬢様から聞いていますので、後ほど警察から聞かれることもあると思いますので、連絡先とか確認させてください」
「あのどうしてもあの人を警察に引き渡すんですか? 」
「当然ですよ。痴漢行為に善悪はありません」
この駅員も、自分の正しい行為に酔っている。とても、この子の話を聞く雰囲気ではない。
それどころか、再度、名前と連絡先を要求してくる。
「私ですか。あの、名前は、初音茜(はつね あかね)と言います。それで、電話番号は、〇七〇-××××―××××です」
駅員がメモを取りながら、今度は俺に向かって尋ねてきた。
「あの、そちら男の人も。それにしても強いんですね。何か格闘技とかやっているんですか? 私たちが三人がかりでやっと押さえつけることができたというのに」
「別に何も……。名前は九鬼征哉。悪いが携帯電話は持ってない。家に警察から電話がかかってくるのはちょっと……」
あのおっさん、そんなに凄かったか? いや、確かに自分の力以上のものが出ていた気はする。初めて、痴漢の場面に遭遇して、かなりテンションが上がったためかな。そんなことを考えていると、そこに一条院が俺と駅員との話に割って入って来た。
「あの、もういいかしら? 時間も時間だし。この男は、職員室にでも呼び出せばいいのよ。
それに、あなた達も学校に行くんでしょ。わたくしの車で送ってあげるから」
「あっ、わかりました。もう結構です。それではお嬢様、お気を付けて」
駅員は、一条院の言葉に恐縮して、縮こまってしまっている。
それに、さっさと歩いて行く一条院。俺たちは、もうその後をしかたなく追いかけていくしか選択肢がない。なにしろ、この後の電車を待っていると学校に遅刻してしまうのだ。
「佐藤、この二人も乗っていくから」
「承知しました。それでは、男の方は、助手席にお乗りください。女性の方は、お嬢様のお隣に」
高級車のドアを開けながら、運転手の佐藤は、車内に案内する。
そして、全員が車に乗り込むと車が動き出す。
早速、一条院は、初音茜に向かって問いかけた。もともと、初音という名を持つ者が通学で電車を利用しているのに疑問を感じていたようだった。
「あなた、初音コーポレーションのお嬢さんなの?」
「あっ、はい。そうです」
「やはりね。それにしても、以前も不良に囲まれていたことが無かったかしら?」
「はい、そうです。なんで一条院さんはそのことを知っているんですか?」
「たまたま、そこに車で通り掛かったのよ。で、その時にボコボコにされていたのが、そこの九鬼君じゃなかったかしら」
「えーっ、言われてみれば……。本当にあの時の人だ!」
助手席でその話を聞くとはなしに聞いていた俺は、思わず振り返って、初音茜をしげしげとみた。段カットが入ったサイドの髪を横に流したセミロング、大きな瞳は、おどおどとしてクルクルとよく動く。確かに二か月前、不良にナンパされていた少女だったのだ。
クルクルと動く瞳が、目が合った途端、目線から逸らすように横に動き、その後真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「今日の事と言い、前の時と言い、本当にありがとうございました。前の時は、本当にお礼さえ言えなくて、本当にごめんなさい」
俺はいきなり、謝られて気恥ずかしさにほほを掻くしかない。そのことを見透かしたように、言葉を発する一条院。
「別に、この男はのこのこ出って行って、フルボコにされただけよ。なんの役にも立っていないし、別に謝る必要もないわ」
「でも、あの時、九鬼さんが居てくれなかったらどうなっていたか……」
「そうね。あれに懲りて、この男も少しは体を鍛えたのかしら?」
「ああっ、少しは体を鍛えたんだ。それに、前の時もあそこから反撃する予定だったんだ」
俺は、一条院の言葉に反論するのだが、次の一覇の言葉に斬って捨てられる。
「あなたは少し黙っていて。それよりも、初音さん、あなたは貴都学園に通う者として少し威厳が足りないわ。だから、あんなハイエナみたいな連中が寄ってくるのよ。
お父様にお願いして、ボディガードとかを付けた方がいいわね」
「いえ……。……あの……、わたし、実はお母様の連れ子なんです。私のお母様が後妻としてお父様と結婚して、初音家に入っただけで、本当は、私、只の庶民なんです。だから、今の生活にも慣れないというか、遠慮がちというか、こんなにして貰っていいのかしらとか……」
下を向き、両手を握りしめている初音茜。なるほど、金持ちも、家庭のことで気苦労があるんだ。
「なるほどね。あなたのことについては、わたくしも何か考えておいてあげるわ。なにせ、初めて電子目安箱が役に立った事件なんですから」
しかし、一条院さんは、デリカシーのかけらもないようなことをいうな。俺は、自分一人で解決したような言い方にすこしカチンときた。
「待て、別にお前が居なくても、この事件は解決していたぞ」
「逆に、あなたが取り押さえなくても、三分後には同じ結果だったわ」
「何を言ってるんだ。その三分の間に、初音さんは、パン……。いや、もういい。お前の言う通りだ」
俺は、言葉を濁した。一条院の隣で、真っ赤になってさらに下を向いて小さくなっている初音茜に遠慮したのだ。それに、俺自身も痴漢の腕をねじ上げた時に、スカートが捲り上げられ、丸出しになっている猫さんマークのパンツを目撃してしまっている。
その事実に、きっと初音茜自身も気が付いている。
その雰囲気を一条院も察したようだった。
「まあ、あなたの言い分も、一理あるわね。それより、学校に着いたので話はここまでよ」
そういうと、すぐに車が止まり、佐藤がドアを開けて降車を促す。
車から降りた俺たちは、それぞれ自分の教室に向かうのだった。
そして、教室に入ると同時に、一時間目の授業の予鈴が鳴る。
その後、俺の方は、警察じきじきに、校長室に呼び出されたこともあって、この二つの事件が捻じ曲げられて噂になり、俺の悪人顔と相まって、クラスの中で避けられ、孤立していき、いつしか空気となっていった。
それから数か月がたち、新学年を迎え、一条院と俺は二年一組で同じクラスメートになり、初音茜も高等部の一年になり、同じ校舎で過ごすことになるのだが、この三人が顔を合わせ、さらに話をするようなことも無く、高校生活を過ごしてきたのだ。
そのころ、同じように、昔話を思い出していた一条院一覇は、心の中で呟(つぶや)いた。
(生徒会長に一任されている生徒会役員の指名について、懸案だった書記と庶務、あと特殊任務として会長秘書の特別枠も決まったかしら)
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ここまで、読んで頂きありがとうございます。
プロローグと云うかメモワールが終わり、ここからが物語の本番です。
ただ、バトルが始まるのは、まだまだ先になりそうです。
それと、毎日の更新から隔日の更新になります。
ご了承ください。
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