第5話 一条院が選挙管理委員会にねじ込んできた日から

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 そして、一条院が選挙管理委員会にねじ込んできた日から、数日が過ぎた昼休み、生徒会から俺と初音茜に、放課後生徒会室に来るよう呼び出されたのだった。


 放課後、生徒会に呼びだされた俺は、しかたなく生徒会室を訪ねる。

「普段は空気のような存在、そして、押し付け仕事が発生すれば、思い出したように、お鉢が回ってくる。まったく、俺の周りの空気ってどうなってるんだ」

 そんな独り言をいいながら、生徒会室のドアをノックする。中から聞こえる「どうぞ」の声。ドアを開け放って、俺は生徒会室の豪華さに言葉を失った。


 床には、毛足の長いシックな絨毯が敷きつめられ、壁には有名な絵画が掛けられ、部屋の真ん中には、高級ホテルのスイートルームに置かれているような応接セットが置かれている。そして、その奥には一流企業の役員が使うような高級な事務机が並び、奥の部屋にはドリンクバーと仮眠用のベッドが見えている。


 俺は、その応接セットの椅子に小さくなって座っている初音茜を見つける。

 その横に、どっかりと腰を落とし、初音に近況を尋ねてみた。

「よおー、初音さん。久しぶり。あれから特に変わったことは無いか?」

「あっ、九鬼先輩。私の方は特に何もありません。でも、九鬼先輩の方はいろいろと……」

「ああっ、噂のことは気にするな。俺、昔から噂というか、俺を取り巻く空気に影響を受けやすい体質みたいで。今は教室の空気みたいに扱われているから、こちらも気が楽でいいよ。この間なんか、あんまり俺を透明人間扱いするから、女子更衣室に忍びこんでやったのに、誰も気付きもしない」

 俺はそこまで話して、初音茜の驚いた顔を見て、舌を鳴らした。

「初音さん。もちろん冗談だから」

「ええっ、そうですよね」

 初音はあからさまにほっとした表情を見せる。


 そこに、生徒会会長と書かれた札のある机の奥から、声が聞こえた。ハイバック仕様の高級感あふれる椅子をくるりと回して、一覇が現れ、机の上で手を組みその上に顎を乗せて微笑んでいる。


 それまで、窓の外の景色でも見ていたのだろう。あまりにも定番な生徒会長の登場シーンに、俺はあっけにとられてしまった。

「九鬼君、ソファーにはどうぞ、と声を掛けられてから座るものよ。それに初音さん、透明人間が更衣室に忍び込んでいたことは本当のことよ」

「えーっ、一条院さん! だって、クラスメートの男子に視られるんですよ。そんなの恥ずかしくないんですか?」

「別に、恥かしくなんかないわよ。あなたもそうでしょ。男の人に見られるのは、勿論恥ずかしいわ。でも、飼っている犬や猫の前で着替えることは恥かしくないでしょ。それと同じこと。九鬼君みたいな下等動物、動物園の猿以下だから、見られて恥ずかしいなんて感情はわかないわ」


 思わず唖然として、一条院さんの言葉に返してしまう俺って。

「なに、お前、あの時気が付いていたのか?」

「そうよ。どうでもいいから黙っていたんだけど? 騒いで叩き出してほしかったのかしら」

「いや、まあ……。あの初音さん、そこで汚物を見るような目で見ないでよ。俺を空気のように下げずんでいたのは、クラスメートなんだから」

「まあ、そうですよね。先に手を出したのはクラスのみんなの方ですし……。でも、その仕返しの仕方、納得できません」

「あれ初音さん。結構、言うようになったね。感心、感心」

「あの、九鬼先輩。それ褒めるところじゃないですから!」


 俺と茜の話が一段落したところで、再び一条院が口を開いた。

「さて、本題に入りましょうか。九鬼君、それから初音さん。あなたたちに生徒会の役員になって頂きたくて、ここに来てもらったの。初音さんは書記を、九鬼君は庶務と、それから私の一存で創った会長秘書の兼務をお願いしたいの。いかがかしら?」

「ちょっと待ってください、一覇会長。初音さんはいいとして、その九鬼は、ナンパした女の子に無視されて、腹いせに不良に喧嘩を吹っかけて、ボコボコにされたとか、通学電車で痴漢をした挙句、警察に捕まって、その女の子に土下座して、財布ごとお金を渡して、なんとか示談してもらおうとしたとか噂があるんですよ。名門鬼都学園の生徒会の人間に相応しくないと考えます」


(なんだ、例の事件の真実が捻じ曲げられて噂になっているとは聞いていたが、俺ってそこまでひどい人間だったなんて。なんで誰も否定してくれないんだ? 俺の元々持っていた悪い噂がさらに上書きされ、どうしようもないダメ人間にされてるよ)

 初めて、噂の内容を聞かされた俺は、高級ソファーから崩れ落ちた。

「真治副会長。その噂は根も葉もないものです。それは私が断言します」

 一覇が断言することで、生徒会室の空気が変わる。それは、人一倍、場の空気を感じ取れる俺が、生徒会室に入った時から感じていた敵愾心のようなものが、一気に氷解したのだ。

「あの一条院さん。その発言をクラスでもやって貰えませんか?」

「どうして、わたくしが九鬼君ごときの下等動物のために、クラスで噂は嘘だと断言しないといけないの?」

「いや、どうしてって……。ひとりのクラスメートを虐めから救うためだろ」

「九鬼君は、今の立場を楽しんでいるでしょ。更衣室に忍び込んだりして」

「いや、別に楽しんいる訳じゃ……。自分を取り巻く空気がそんなのだから、それに仕方なく従うというか……」

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