第6話 初音さんは、俺と一条院さんの会話に

 そこで、初音さんは、俺と一条院さんの会話に、不思議そうに質問した。

「九鬼先輩は、私を助けた時には、場の空気に逆らっていたように見えました。でも、なぜクラスではその場の空気に流されるんですか?」

「俺、場の空気に従うことで、力を得られるというか……。なんていえばいいんだろ? 初音さんの時も、突然、空気が変わって俺に有利な方に動いたんだぜ」

「それは、九鬼先輩が一歩踏み出したことで、場の空気を変えたんですよ。きっと」

「でも、あの時だけだしな。俺にそんな空気を変えるカリスマみたいな真似、できるわけないよ」

「そうですか~。絶対そうだと思うんですけど」


 俺と初音さんのどうでもいい会話を、一覇が遮った。

「それで、九鬼君、初音さん。生徒会役員、受けてもらえるかしら?」

 この一覇の発言は、強い要求を持って発せられていた。

「一条院さん。この雰囲気に逆らえる奴なんかいないって。半分脅迫じみているんだけど、さっき言った通り、俺はその場の空気に流されるタイプなんだ。俺は受けることに異議はない」

「……あの、私もです」


「そう、よかったわ。受けてもらえて、それじゃあ、生徒会役員がみんな決まったところで、紹介するわね。わたくしが、生徒会長、一条院一覇。それで右に座っているのが、副会長の如月真治(きさらぎ しんじ)君、左に座っているのが会計の睦月麗奈(むつき れな)さん。どちらも、この国有数の財閥のご子息よ」

「なるほど、芸能人みたいなルックスに、きっと頭もいいんだろうな。さらに金持ちだって。天に溺愛されて溺れ死んでくれれば、コンプレックスに悩まされることもないんだけど」

「はい、今発言したイケメンコンプレックスの庶務兼会長秘書の九鬼征哉君に、金持ちコンプレックスの初音茜さん。二人の生徒会役員としての教育は追々していくとして、生徒会同士で呼び合う時は、名前に役職を付けていうのよ。生徒会の伝統みたいなものだから」

「一覇会長」

「そう、今みたいにね。それで、真治副会長、なにかしら?」

「メンバーがそろったところで、いよいよ執行部として行事について、検討していくべきかと」

「そうね。いよいよ一〇月からこのメンバーで、生徒会を運営していくわけなんだけど、すぐにでも取り掛からないといけないのは、一一月にある文化祭よね。そういう訳で、副会長には、去年、会計の経験がある真治副会長にお願いしたのよ。一年生の麗奈会計を補佐して、予算組をお願いします」

「話が急展開で困ってしまうんだけど? それで、俺たちはなにをするんだ。一覇会長」

「そうね。征哉庶務は、クラスと各部から企画書を集めてきて。クラス委員と各部長が文化祭実行委員を兼務しているわ。そして、茜書記は征哉庶務が集めてきた企画書を分類、パソコンに入力して」

「なるほど、で、一覇会長、あんたは何をするんだ?」

「わたくしは、この貴都学園にふさわしい目玉企画を考えるわ。それじゃあ、今日は各自解散ね。一週間後に、まず、第一回目の文化祭実行委員会を開催します。各自、状況を調査しておいてください」

「「「「はい」」」」

「待て、待て。俺は誰を訪ねて行けばいいんだ。それに、企画を考えるにしても、まず、文化祭のスローガンを決めないと企画を考えられないだろう。それに合ってない企画だと没になって二度手間だろう」

 生徒会役員が盲目的に従ってしまう中、俺は一覇に異議を唱える。

「なるほど、征哉会長秘書の言う通りだわ。さすが、会長秘書にわたくしが押しただけはあるわ」

「いや、なんで最後は自分を褒めるんだ?」

「なぜかわたくしの発言は、周りの人を盲目的に従わせるみたいで。結局言葉が足らないところはわたくしがすべてやってしまうことになるんです。自分の仕事を減らすために、あなたを秘書にした自分を褒めてあげたい」

「だから、俺を褒めて……、いや、そこは、せめて肯定してくれ!」

「なぜ、わたくしの手柄をあなたに譲らなければならないのかしら?」

「もういい。それで話を進めてくれ」

「実行委員の名簿はここにあるわ。その人たちを訪ねて行けばいいわ。それに、文化祭のスローガンは、わたくしが今決めたわ。いい『金持ちの本気を見せてあげる』がスローガンよ。このスローガンを実行委員に伝えて企画を練って貰ってください。お金に糸目は付けないわ」

「なんだ、その鬼都学園らしいダイレクトなスローガンは? まあいい。一覇会長が決めたのなら誰も逆らわないだろう。それにしても俺に縁のないスローガンだな。なるほど、こんなつまらないことのために、生徒会費が十万もするのか」

「まあ、一億足らずじゃ足りないんだけど、足りない部分は、わたくしがポケットマネーで補てんするわ」

「一覇会長、お前、小遣いいくらもらっているの?」

「違うわよ。あたくしが稼いだお金よ。経営コンサル会社や投資会社を五つほど持っているから、ざっと年商が百億くらいはあるかしら?」

「百億!?」

「あら、この学校の生徒の中には、すでに自分の会社を経営している生徒も何人もいるわ」

「それで、ここの学食、あんなに高いのか? 最低のランチバイキングでも一万円するし、おまけに、並んでる料理は満漢全席みたいな料理だし、フランス料理のフルコースなんて、ワインまで付いてきやがる」

「あら、海外のセレブの子息なら、パーティで多少アルコールを嗜むのは常識だわ」

「は~あ、常識ですか。俺なんて、昼は毎日、二キロ先のコンビニまで走っておにぎりを買いに行っているのに。まあそのおかげで体は鍛えられたんだけど。その辺、庶民派の茜書記はどう思う?」

「あの、私は……。ふだんはお母さんが作ってくれる普通のお弁当だけど、時々、学食も利用します」

 いきなり、俺が話題を振った茜は、口ごもりながらも素直に答えた。

(私のお母様、再婚する前から作ってくれたお弁当と同じ感じだから、きっと、庶民的よね)

 そう、悲観する茜であったが、実はその使われている素材は超一級品で、例えば、玉子焼き一つとっても、一玉五〇〇円以上の卵だったりするのだが。

俺や茜の認識は一般的にスーパーで売られている物と認識していて、勘違いしてしまっている。

「さすがにそうだよな」

「あっ、でも征哉先輩なら、助けて貰ったお礼に学食ぐらいなら奢ります」

「茜書記、征哉先輩ではなく、征哉庶務もしくは征哉会長秘書ね」

 茜の言葉尻を捉えて訂正する一覇。そんなことはどうでもいいと思うんだけど。それよりも心配なのは……。

「奢るって、うちの学食、めっちゃ高いぜ。別にファミレスでいいよ」

「大丈夫です。お小遣いも貰っていますし、それに、会社の株も一〇万株ほど、お父様から譲られていますから」

「初音コーポレーションの株って、一株五〇〇〇円位するのよ。それに配当金だって凄いから、初音書記も十分セレブよ」

 麗奈が当然と言うように、茜本人の資産を口にする。

「はあ、この学校の生徒ってなんなんだよ?」

 ほとんど、クラスメートと会話をしてこなかった俺にとって、ここの生徒の生活実態があからさまになった瞬間だった。

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