第10話 一覇を始めとする生徒会役員たちも

 一覇を始めとする生徒会役員たちも、バトル会場の整備に余念がない。

 四百メートルトラックがすっぽり入る校庭の中央に、直径五〇メートルの円を書き、その円周に沿って神木の杭を打ち込み、その杭にしめ縄を張りめぐらせていく。そして、その中央には、精神統一した巫女姿の一覇が、直径一〇メートルの魔法陣を描いていく。この魔法陣が、結界解呪の魔法陣で、完成すれば校庭の真上の空間に針の先ほどの面積で、第二層の結界が解除され、そこから時空に封印されたという子鬼が流れ込むことになるらしい。

「一覇会長、本当に大丈夫なんだろうな」

「大丈夫よ。結界に大穴を開けるわけじゃないし、魔法陣を消してしまえば、穴もふさがります」

「……まあ、信じているけど……」

「わたくしの言葉を、懸念で返す征哉秘書。まあ憂き人らしい言動ですね」

「憂き人って、言葉の使い方を間違っているぞ。心配症のことを憂き人って言うんじゃなくて、自分に対してつれない人、例えば、恋人や妻の事をいうんだぞ」


 真っ赤になる一覇。珍しく、俺の言葉が動揺を誘ったのか? 言葉がしどろもどろになっている。

「いや、……だって……、恋人ではないけど、征哉が、つれない人には間違いないわ……。だって……、わたくしを簡単に否定するのに……、正義の味方なんて矛盾しているわ……」

「な、なにをいってるのか分からないぞ。それに征哉って」

 返された言葉に、今度は俺が動揺してしまう。それを見て平常を取り戻した一覇。

「まあ、雑魚鬼が何匹出てこようが、ヒーロー23号の敵じゃないわ。大船に乗った気で、ノンフィクションバトルを楽しんいただきます」

 晴れやかに笑う一覇の言葉に、征哉は再び冷たい汗を背中に流すのだった。

「ふう、なんなんだこの悪寒は?」

 そう呟(つぶ)いてほほを掻く俺は、そのほほにも汗が流れていることを自覚する。


 季節は、一一月に入り、グランドには冷たい風が吹いている。グランドに植えられた銀杏の葉は、色づきはじめ、はやくなった日没は、わびしさを感じさせ、人の心を不安にさせる。

 ただ、その季節の移り変わりの感傷以外に、ただよう不穏な空気は、唯一俺の本能のみが嗅ぎ取っている。

 文化祭開催まで後三日。



 そして、文化祭当日、一万人が収容できる第一体育館で、鬼都学園の生徒たちの親やそれに関係する政治や経済を動かす重鎮たちが貴賓席に並び、世界的オーケストラが演奏する中、盛大なオープニングセレモニーが執り行われている。

 その晴れ晴れしい雰囲気の中で、開会宣言を行う一覇会長。その堂々とした振る舞い、そして、英気を鼓舞する演説はそれら重鎮の前でも気圧されることなく、場の空気を巻き込み、絶対の信頼を熱狂的に勝ち得ている。

「最後に、文化祭ラストイベントで、現代の鬼退治をご覧にいれます。度胆を抜く必見の価値が在りますので、皆さま、どうぞ最後まで気を抜かないで文化祭を楽しまれますようお願いいたします」

 綺麗な礼を決めて檀上を降りてくる一覇会長。生徒会役員に向かってにっこりとほほ笑んでいる。

(この人が、場の空気を作りあげているのなら、ラストイベントを含め、この文化祭は必ず成功するだろう。ここの人たちをすっかりその気にさせている。……だが……、本当に現代に、超古代に失われた鬼を出現させてまで文化祭を盛り上げる必要があるのか?)

 俺は相変わらず、場の空気をあえて読まずに思考する。

 しかし、一覇が口に出して宣言した以上、場の空気は世界の破滅に向かって加速する。


 そして、十分に金を掛けたイベントが二日間に渡って繰り広げられた後、いよいよ、巫女姿になった一覇がグランド中央の魔法陣に最後の開の文字を書き入れ、第一の結界まで、下がってくる。第一の結界と言うのは、俺が提案して、さらに第一結界の外側に直径百メートルの第二の結界のしめ縄を張りめぐらせたのだ。

 さらに、第二の結界のしめ縄は、こっそり、茜に頼んで強化まで施している。


 下がった一覇の横には、銀色のバトルスーツに身を固めた人型のロボットが立っている。一覇のいうヒーロー23号なのだろうが、まるで今までテレビで放映されてきたヒーローたちのキマイラ……、いや、実際にはかっこいいのだが、……風にデザインされた身長2メートルぐらいロボットである。


 そして、一覇は印を結び、呪文を唱え、気を魔法陣に向かって送り出す。すると魔法陣は漆黒の光を放ち辺りを黒く染め、地面が抜け落ちたように、底なしの闇がどこまでも続くブラックホールを形成し出した。

 あれ、一条院さんと聞いていたのとちょっと違うような気がする。

 そして、その穴から不気味な唸り声と死臭が吹き上がると、その穴からヌートリアを一回り大きくしたような額に角が生えた動物が、ぞろぞろと這い出てきた。

 その容姿は灰色から毛先が黒に変わる毛皮を纏い、動物が持つ愛らしさとは程遠い獰猛な顔に、白く濁る鋭い目、耳元まで裂けた口には、サメを思わせる鋭い牙が並んでいる。


「行きなさい、ヒーロー23号!! あいつ等を殲滅しなさい」

 一覇は初めて見る子鬼(しき)に臆することなく、ヒーロー23号に命令を下す。動き出す23号。その拳は岩を砕き目からレーザービームが発射される。

 ヒーロー23号が結界の中に入ると、子鬼たちがあっという間に取り囲むが、レーザービームで薙ぎ払う。焼き尽くされた子鬼たちは黒い霧となって霧散していく。どうやら子鬼たちは実体を伴っていないようである。

 結界の周りからは歓声が上がる。

 しかし、レーザービームを逃れた子鬼はその俊敏さを増し、ヒーロー23号に襲い掛かかっている。ヒーロー23号のその動きも人間のそれを軽く凌駕し、その動きは人間の目には残像を映しだすのみである。次から次へ、殴られ蹴られ霧散していく子鬼ども。

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