第34話 大晦日、午後九時、一覇と茜が

 大晦日、午後九時、一覇と茜が、九鬼神社にやって来た。世間は、新年を祝う空気が充満しているが、俺はそれに混ざる不穏な空気を背中に感じて脂汗を流している。

 さらに、その暴走する空気は、確実に九鬼神社を目指し、殺到し、その影を濃密にしていく。


「それじゃあ、年越しそばでも食べて、裏山に行くか?」 

「はい、でも年越しそばを用意していません。タヌキ屋で出前ですか?」

 俺が声を掛けると、茜が出前はどうかと尋ねてくる。しかし、俺はヒーローになって以来、料理が得意になっているのだ。

「いや俺が作る。えび天もソバも俺が打った手作りだ。つゆだって、そんじゃそこらの名店よりも上手い自信がある」

 そういって、手際よくソバを茹で、てんぷらを揚げ、てんぷらそばにして、一覇と茜と九鬼神の前に並べる。

「さあ、おあがりよ」

「三人は、最初は、恐る恐るそして、一口啜ると、もう止まらないといった感じで、そばをすすっている。

「うん、うん、そばはやっぱり豪快に音をたてて、食わないとな」

 そう言って、俺もそばを食い始めた。

「でも、征哉君。前、食べた時はそんなにおいしくなかったのに?」

 それが、以前、朝食を食べた時の本音か? しかし、今は違うんだ。

「ああ、食材は相変わらず、その辺のスーパーで買ったもの。料理の腕が、劇的にあがったんだ」

「でも、どうしてそんなに急にあがったのかしら、私も先輩にあやかりたい」

「どうしてだろうな? 俺にも良くわからないんだけど」

 その話を聞いて、一覇は俺から顔をそむけている。一覇、俺は本当は分かっているんだ。お前が場の空気を操作したんだろ。最近のヒーローは、なぜか趣味が料理とか、料理が上手いやつが多いから。


みんな、満足したように、カラのどんぶりをテーブルの上にトンと置く。

「お粗末さま!」

 さすがに味に感動して、服が破けることは無かったか。


 さて、それから家を出て、裏山に到着する。周りを結界でふさぎ、結界の中には、魔法陣が描かれている。三日掛けて、準備したのだ。

 ここに八鬼が顕現するのなら、最初から出やすいように誘導する。被害を最低限に抑えるためだ。ただし、魔法陣は不穏な空気を集めるための魔法陣で、決して一覇の解呪の呪術を用いていない。さらにもう一か所、隠し魔法陣を仕込んでいる。


 あちこちから除夜の鐘が鳴り響き、紅白も終わったぐらいの時間だろうか。魔法陣の底が抜け、漆黒の闇が湧いてきた。そしてその闇に蠢く異形の姿。

「くるぞ!」

「最後には、必ず正義が勝つ! ヒロイック・フィールド!」

 一覇の宣誓は、周りの空気を力強い流れに変えている。俺は体内にその空気を精一杯に取り込む。

そして、四人が指輪を合わせる。

「チェンジ、ヒロイック・イクシード!!」

「トライアングル・メーク・タッチ!!」

 俺の身体が、光に包まれ、白銀の鎧を身に纏う。三人はと言うと江戸時代の町娘風姿に、部分的な鎧を付けてポーズを付けている。

 なるほど、この趣味は……、一覇なのか? 確かに今日一日、着物姿だったしな。


 そんなことを考える前に、魔法陣からは次々に異形の鬼が湧き出てくる。狼を獰猛にした戌鬼(じゅつき)と、猪を獰猛にした亥鬼(しんき)だ。どちらも可愛げのない大型の獣鬼である。

 俺は九鬼神から斬鬼丸を受け取ると、戌鬼と亥鬼の大群の中に身を躍らせ、斬撃を飛ばす。前回の時より、レベルが上がっていることが実感できる。それは一覇たちも同じようで、今まで戦った十二支鬼より、レベルが上がっている戌鬼と亥鬼を相手に傷つくことなく踊るように躱し、薙刀を縦横無尽に振り回して戌鬼と亥鬼を殲滅している。

 しかし、湧き出てくる戌鬼と亥鬼も限りがない。

「あなたたち雑魚は、私たちのアクションを引き立てて死んでいきなさい」

 一覇が叫び、空気がその叫びに従う。


 それを感じたのだろう、一面二臂の大男が飛び出してくる。四本腕の左右には一対の魔剣を持ち、もう一対の腕には盾を備えている。

「征哉、乾鬼じゃ。魔剣に気を付けるのじゃ!」

 背後から、九鬼神の声が聞こえる。こいつが乾鬼。そして、あれが魔剣。

 乾鬼の持つ魔剣は漆黒で、さらに闇色のオーラを浮かび上がらせている。


「九鬼、お前の斬鬼丸、すでに四度、我が剣とかみ合っておる。お前に勝ち目はないぞ」

「やかましい。今度のお前の相手はこの俺だ!」

 斬鬼丸を上段に構えて乾鬼に肉薄し、斬鬼丸を打ち下ろしたが、右手の魔剣で受け止められ、さらに、左手の魔剣が追い打ちを掛けてくる。俺は後方に飛び、乾鬼と距離を取る。しかし、魔剣は俺ではなく、斬鬼丸に当てて火花を飛ばしている。なるほど、奴の狙いは俺じゃない。斬鬼丸だ。

 なら、奴は斬鬼丸が砕けた時こそ、奴の勝ち、最後だと感じるはずだ。

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