第29話 あの~九鬼神様

「あの~九鬼神様、なんかわたくしの胸をもにゅもにゅと揉みだしたんですが……」

「ーーあの……。わたしもです……」


 俺は夢の中で一覇と茜の声を聴いた。そして、その声のする方に両腕を伸ばした。手に感じる温かく柔らかい感触、俺はその感触を確かめるように手のひらで包み込む。


「もう、大丈夫じゃ。腕の傷は回復した様じゃな」

 すると、今度は九鬼神の声が聞こえる。腕の傷? そうか、俺は両腕の腱や神経をズタズタにされて、感覚がマヒしていたはずだが……。 すると腕の感覚が戻ったのか?

 俺の意識は、まどろみの中から急激に現実に戻ってくる。

 うっすらと目を開けると、両側に一覇と茜の顔があり、俺の両腕を自分の胸に当て、抱え込んでいる。

「きゃー! 目を覚ましました!」

 一覇と茜は叫んで、抱えていた腕を放り出して、慌てて後ずさりしている。

「やっと目を覚ましたか? どうじゃ気分は?」

 頭の上から九鬼神の声が聞こえた。

「ああっ、なんか手のひらに、やわらかいものを感じて……」

 俺は、そこで今まで手のひらに感じていたものは、二人の胸だったことが初めて理解でき、慌てて口を塞いだのだ。

「はっはっはっ、その様子じゃ、極上の治療法で腕の感覚も戻ったようじゃな」

 俺は後ずさっている一覇と茜の方を見る。二人が真っ赤になって恥ずかしがっているのを見ると、俺もすごく恥ずかしくなってくる。

「……まあ、あれだ……。看病してくれてありがとう」

「だって、九鬼神様がこれが一番効く方法だって……。いやいやだったんだからね!」

 一覇が言い訳するように言い、九鬼神が話を続ける。

「いや、そうなのじゃが……。お前らもかなり心配しておったじゃろうが」

「……」

 そこで沈黙されても……。沈黙は肯定と取るぞ。そう考えて俺はますます気恥ずかしくなっていく。

 そこは、一覇も一緒だったのだろう。一覇は別の話題を口にした。

「ところで、征哉君。なぜ、正義の味方になってここにやってくることが出来たの? わたくしのスキルじゃ、遠く離れたあなたには届かないでしょ」

「だって、お前の場の空気、携帯で伝わるんだぞ。「正義は、必ず最後は勝つ」って言っただろ」

「嘘……。そんなはずわ……」

「いや、だって、毎日くれた電話だって、空気は伝わってきていたぞ」

 そこまで言って、しまったと思ったが、すでに時、遅しであった。

 一覇は、もちろん、茜も耳まで真っ赤にしてプルプル震えている。それはそうだ。電話から、あなたともっと話したい空気が、気が付かれたくない相手に駄々洩れだったわけだったんだから。


不味い。ここは話題をかえるしかない。

「それで、真治副会長と麗奈会計は? ここに無いようなんだけど」

「あの二人は、気分が悪くなり帰りました。一応、あの戦いの記憶はわたくしのスキルで忘れさせたんですけど……。さすがに、受けたショックまでは消すことが出来なかったようです」

 そう言って、残念そうな顔をする一覇。

 そうか。せっかくの慰安旅行だったのに。それにしても、一覇のスキルって他人の記憶さえ消すことが出来るのか? なんて便利なスキルなんだ。出来れば、俺の黒歴史も色々と消してほしいものがあるんだが。


「まあ、仕方ないではないか。わらわは、空気にならんで助かるのじゃ」

 九鬼神は、反ってはしゃげるようになって喜んでいる。

「そうね、もう食事の時間ね。食事を運んでもらうように言うから、後の話はその時に」

 そういうと、一覇はフロントに電話を掛けるのだった。


 料理は、カニづくし。カニの刺身から始まって、カニの茶わん蒸し、天ぷら、そして、カニの鍋だ。中居さんがひとりひとりについて、身のほぐしから、鍋のしゃぶしゃぶまで、すべて面倒を見てくれる。おかげで無口になることなくゆっくり会話ができるのだが、ウーロン茶をコップに注(つ)がれるのには参ってしまう。


「ところで、あの後はどうなったんだ?」

「征哉君が倒れた後のことね。さっきも言ったけど、真治副会長と麗奈会計は、わたくしたちが、征哉を佐藤に担がせて車に戻ると、二人とも気絶していたんです。それで、わたくしのスキルで記憶を改ざんした後、起こしたんですが……。なぜか、震えが止まらなくって、それで、そこから佐藤に送らせて帰って貰ったんです。

 私たちは、宿に連絡して迎えに来てもらったっていう訳なんです」

「でも、宿の人を驚かせましたよね。征哉先輩は傷だらけで、全身血まみれだし、私たちも着ている衣服は、あっちこっち破れて血がにじんでいる。「なにがあったんだって!」」

「そうそう、ごまかすのに苦労しました」

「それで、救急車を呼ぼうとする宿の人を押し留めて、何とか、征哉先輩を布団まで運んでもらったんです」

「ふーん」

 一覇と茜が交互にその時の状況を説明してくれる。一覇、お前苦労したって、お前のスキルを使えば一発で解決だろうが。この世の中に、一覇よりレベルの高い人間がそうそういるとは思えない。

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