第40話 しかし、その心配は必要なかった

 しかし、その心配は必要なかった。

 銀色のオーラをその身に纏い、更に、陽炎のように燃え上がる。それは一覇の怒りを表しているようだった。

「わたくしの怒りは、まだ収まっていませんの。あなた、死になさい!!」

 呪いのような言葉を、低い声で言い放つ。

 一歩、また一歩と一覇は近づいて来る。

 銀のオーラが、ピンクのスライムに触れると、触れた部分が解けて消えていく。

 どうやら、この銀のオーラは、一覇が吐いた気持ちがオーラになったもので、触れるものを生物という概念を超えて、原子レベルで消滅という死にいざなっているらしい。

 スライムの斬鬼丸への拘束が緩む。

「俺は、お前を好敵手(ライバル)と認めて、最終奧義で決着をつける! ハートブレーク!」

 いや、決して、豊満な胸を押しつぶすとかそんなことは考えていないぞ。

 俺は、両腕に力を籠め、坤鬼のその豊満な胸に、感触を確かめながら、斬鬼丸を根元まで突き刺した。いや、実に惜しいことをした。本当はこの後、仲間になる可能性がないのか考えたが、一覇のオーラが敵になる方が恐ろしい。


「なぜ、あの男は、私の淫夢に溺れなかったのだ?」

 体を霧散させながら、最後の疑問を口にする坤鬼。そして、その問いに答える九鬼神。

「愛の力じゃ」

 なるほど、愛は肉欲を超えるのだ。一覇と俺は納得するように頷くが……。

「と言うのは冗談じゃ。わらわが当て身で気絶させ、麗奈の最後の一枚が剥ぎ取られた時、カツを入れたんじゃ」

 なっ、感動して損した。やっぱり肉欲には勝てないんじゃないか。

「しかし、それを見て、辰鬼や巳鬼に挑みかかったのは、まぎれもなく麗奈に対する真治の愛じゃ」

「……愛だと……。くだらん……」

坤鬼はそう呻くと、霧散して消えていった。

 

 そして、坤鬼の影響が消えた節分祭の会場では、体中に残る淫臭やおぞましい甘美な感覚に、耐えがたい屈辱を感じながら、それでも服を着ようと足掻く生徒達。多分、一生分の辱めを受けたに違いない。心が死ぬとはきっとこのことだろう。何人かは自殺してしまうかもしれない。俺がそう考えていると、パーンと体育館中に音が響きわたる。

「みなさん。悪夢から目覚めなさい!!」

 一覇が叫び、拍子木(ひょうしぎ)のように柏手(かしわで)を打ったのだ。


 その場の全員が、夢からさめたような顔になり、体育館にむせるように漂っていた淫臭が消えうせた。

 一覇のスキルで、ここに居る全員の記憶とその痕跡を消し去ったのだ。


 そして、会場に集まった全員が、釈然としないまま、何とか節分祭を終えることが出来た。

 俺は舞台を降りながら、九鬼神に聞いたのだ。

「なんで、真治を使うようなまどろっこしい賭けにでたんだ? 結果オーライだったけど、九鬼神自らやった方が、確実だったんじゃないか?」

「いや、わらわがやったとして、あそこまで坤鬼の油断が誘えたか? 警戒されていたじゃろうから、反って全員揃って討ち死に、いや、悶え死にだったじゃろうな」

「なるほど、そういうことか」

「正義の味方は、劣勢をひっくり返すために、分の悪い賭けにでるものじゃ」

「それにしても、真治が麗奈を好きだったとはな」

 俺たちの前を歩いていた一覇は、俺たちの話を聞いて居たんだろう。

「そうね。真治副会長は、あの空気の中、麗奈会計を助けに行った気持ちは本物だし、麗奈もまんざらでもないみたいだから、二人、付き合ったらいいかものね」

 一覇、お前がそれを言ってしまうと……。

 前を歩く、真治と麗奈の距離が一層近くなったのは気のせいじゃない。


「ああっ、それにしても私、今回は何も活躍できませんでした。ただ、悶え狂っていただけで……。それに比べて、一覇会長はレベルを上げて、禁忌とされている即死系の空気さえ纏(ま)とえるようになったのに……」

 茜は、さっきの醜態を思い出したのだろう。頭から煙が出そうなほど、真っ赤になっている。そう俺たちは一覇のスキルの影響を受けない。あの状態がしっかり脳裏に刻まれているのだ。

 茜の発言に、思わず俺の顔がカーッと熱くなる。

「征哉~、絶対に忘れなさいよ!!」

 真っ赤になった一覇が、可愛く俺の頭をトントン叩きだした。いや、だんだん込める力が強くなっていく。それ以上叩くと、俺はそれ以外の記憶も無くなりそうになっちゃっているんですが。


 そして、俺たちの向かった先は、鬼都学園の購買部だった。

 購買部は、女生徒たちでごった返していた。どうやら目的は一覇たちと一緒、下着の購入だったとは。

 もちろんこれだけの人数、すでにパンツは売り切れで、一覇は家から持ってこさせることになったのだ。

 そして、持ってきたお手伝いさんが、今だに淫夢の後遺症の残る俺と一覇の顔を見て、にやにやしている。

「一覇様、そういうことはちゃんとテッシュをご用意してください。それから、学園にはベッドがないので、青かんは奨励しません。」

 このお手伝いさん、なに勘違いしているの? そう考えているとさらに追い打ちが。

「お嬢様、今まで履いていたおパンツ、両親に知られると大変まずいので、こちらで厳重に処分しておきます」

 なんだよ。厳重に処分って、殺菌消毒して鉛の箱に入れて地中深くに埋めちゃうのかよ? ちなみに、茜も一覇から替えパンツを譲って貰っていた。

「3Pですか?」 と目を剥くお手伝いさんを無視して。


 このパンツ売り切れ事件は、原因不明とされながら、節分祭での男性アイドルの招待は禁止されることになったのだ。失禁が原因とでも勘違いされたのか?

 ちなみに俺は、先っちょが、ちょっと濡れただけで、パンツを替える難を逃れたのだった。

はぁーっ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る