第41話 悲惨な事件の後

 悲惨な事件の後、数日が経った。俺の周りの男たちや女たちは、何かそわそわしだしている。

 理由は、分かっている。あのバレンタインというバテレンの風習がこの国に入ってきて、女性が男にチョコを渡す日が近づいてきているということだ。

 このチャラチャラした風習、きっと、ハロウィンやクリスマスと一緒で、その祭りの裏には闇に隠された何かがある……はず。

 今、生徒会室のパソコンからネットで調べているのだが、バレンタインの起源は、ローマの皇帝が、兵士に恋人や家族がいることで、死ぬことを恐れて軍事力が低下すると考えたため恋愛を禁じた。

それに反発するバレンタインという司教が、愛し合う恋人たちを皇帝に隠れて結婚させたのが皇帝にバレて、バレンタインは二月一四日に処刑されたことが起源になっているらしい。その日を「聖バレンタインデー」として、恋人たちを守る守護者を祭る祭(まつり)として定着したそうだ。

なるほど、しかし、必ず悪魔復活の儀式が隠されているはず。俺のこの背中に流れる汗はごまかせない。

さらに、ネットサーフィンを続けると、ローマのある地域で、二月一四日にお付き合いする相手をくじ引きで決め、一夜を過ごす羨ましい乱痴気パーティの習慣があったらしい。

当然、清廉潔白を教義とするカトリック教会はこの祭りの存在が気に食わない。

それで、その祭りを廃止するとともに前述の話を持ち出し、恋愛は神聖なものだとキリスト教徒の殉教者を祭る祭りに仕立てたというものだ。

なるほど、風紀の乱れを律するために、後付け理由にバレンタインさんは使われた訳か。

なんだ。バレンタインさんが居なければ、俺にとってはどっちに転んでも、今のような惨めな気持ちになることはないんじゃないか。恋愛禁止をされても俺には相手がいないし、相手をくじ引きで決めるのなら、こうしてあぶれることもない。

なるほど、今、世間に流れている燃えるようなラブラブ空気に混じる不穏な空気は、聖バレンタインさんを恨(うら)む惨めな空気か? 

そう言えば、この背中に流れる汗に、なぜか親近感を感じていたのかが、今になってわかる。

どうやら、八鬼復活とは関係ないか。俺はモニターから顔を上げる。机を隔てた正面には、節分祭からラブラブになった真治と麗奈が、相変わらずイチャイチャしながら仕事をしてやがる。こっちは節分祭以来、一覇と茜とはぎくしゃくしたままだ、それまであれだけ有った電話も、全く無くなってしまった。

まあ未遂とは言え、レイプされている場面を目撃してしまった男が、その女の子が心から救われるために、なんて声を掛ければいいのかなんてわからない。

 まさか、「結構な御手前(スタイル)で……、ごちそうさまでした」と言う訳にはいかない。


しかし、彼女たちはそれを待っている。それを空気で感じ取る。


「あのー、もうすぐバレンタインですが、生徒会としての行事は特にありません。各自で勝手に盛り上がるでしょうから……」

 一覇は、ちらっと真治と麗奈を見ていった。

 一覇のやつ、なんかつまらなそうだな。いや、すでに自分の存在が嫌になっている。待て、お前がそんな風に思うと、この学校の生徒みんながバレンタインをつまらなく思ってしまう。それに自分の存在を否定してしまうと、お前はこの学校で、誰にも認識されずに空気になってしまうんだぞ。

 一覇、お前はこの学校で、一番有名で、そして一番目立って、それで一番憧れる存在じゃなきゃいけないんだ。

そんなお前は見たくない。思わず声に出して言ってしまった言葉。

「一覇会長、俺、生徒会に入ってから、お前に迷惑をかけっぱなしなんだけど、それでも、俺はお前からチョコレートを貰いたい!」

「チョコレート?」


 一覇の顔が思いもかけない言葉に、呆気にとられたように俺の方を見る。顔には戸惑いが浮かんでいる。

「そうだ。俺は一覇からチョコレートを貰いたい。いや、俺のためだけに作ってほしいんだ」

 俺は、立ち上がって、一覇に頭を下げた。

 羞恥心のため、自信をなくし伏し目がちだった一覇の目が恥じらいの色に変わった。

「な、なんで! 私が、征哉に……。その……、チョコを作らないといけないのよ!」

「分かっている。本当は、女の子は好きな人のためにチョコを作るんだろう。でも、男は貰いたい人にチョコをくださいと言っちゃだめなのかよ!?」

「そ、それって……」

 そうなんだ。俺にこれ以上言わせるんじゃない。俺は、手を差し伸べた。あとは、お前の気持ち次第だ。俺の手を取れ、一覇!


「待ってください。私も、征哉先輩にチョコを送りたいです。……だって……、私は、征哉先輩に色々貰っています。自信とかやる気とか! だから……」

 ここで、思わぬ伏兵の茜が、チョコをあげる宣言だ。戸惑う一覇にとってナイスアシストなのか?

 一覇の表情は、自信に満ちたいつもの表情を取り戻していた。

「そうね。茜書記、じゃあ二人で征哉庶務のために、チョコレートを手作りして上げましょうか?」

「一覇会長、すごく助かります。私、料理に自信ないですから」

「そうね。最高の素材と最良の調理法で、今世紀最高傑作のスイーツを作りましょ」

 そして、二人揃って俺の方も見て、にやりと笑い言うのだった。

「「三月一四日が楽しみです!」」


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