第17話 高級バンが九鬼神社の境内の駐車場に止まる

 高級バンが九鬼神社の境内の駐車場に止まる。

「ありがとう。それじゃあ、気を付けて帰れよ」

 俺は、ここまで送ってくれた一覇にお礼を言って、車から降りたのだが、九鬼神に続いて、一覇も続いて降りて来たのだ。

「なんだ、見送りなら、車の中からで十分だ」

 俺の言葉に、かぶりを振って一覇は驚くことを口走る。

「いえ、今日は、わたくしも泊まっていくことにしたわ」

「じゃあ、私も」

 一覇に続いて、茜もお泊り宣言かよ! ちょっと待て、なんだいきなりお泊りイベントって? 今まで空気だった俺には荷が重すぎるんですけど。

「だって、九鬼神様、神様と言え美幼女よ。しかも、魔素を使い尽くして、征哉庶務よりレベルが低いのよ。征哉庶務が九鬼神を襲わないとは限らないでしょ」

「ちょっと待て、俺は、ロリコンじゃない!」

「分かっているわよ。冗談よ。でも同じ部屋で寝るとか、健全な高校生にあるまじきことが無いように、わたくしが監視しないと……。それに、九鬼神様に見合った住環境かどうかも確認しておかないと……」

「はいはい、わかったよ。ところで茜さんはなんでだ?」

「あの、私、今日のことが遭って……。一人で居るのが、……あの……」

 俺は、この時初めてこの場に漂う空気に気が付いた。俺自身も、今日のことが有って少し疲れていたのか、場の空気が読めないとはちょっと不覚だったようだ。

 要は、二人とも怖くて不安なのだ。なるほど、だったら二人の不安を取り除くために、まずはあそこに案内するか。

「よし、今日はふたりとも泊まっていけよ。でもそうなると、まずは九鬼神社の御本尊に挨拶をして貰わないとな」

「「御本尊?」」

「そうだ、門外不出、目にしたことがある者も数人しかいない。霊験あらたか、一目見れば、不安が取り除かれ、勇気がもらえるという代物だぞ」

「それって、わたくしたちが見てもいい物なの?」

「大丈夫だ。うちに泊まる重鎮には、親父、家宝自慢がしたいみたいでしょっちゅう見せている。もっとも、このぼろ屋に泊まる人はほとんどいないんだけど」

「そう言えば、ご両親は?」

「えっと、今、海外でバカンス中だ。半年ぐらいは帰ってこないんじゃなかったかな」

「どうして? この大事な時期に……」

「うーん。どうしてだろうな? まさか、八方鬼がこの世界に蘇ることを予見したとか?」

「まさか……」

「どうだろう? 意外とあれで、俺と同じで感の良い所があるからな。まあ、いいんじゃないか。大勢(たいせい)に影響が出るわけじゃないし。それよりも、ほら上がれよ」

 俺たちは、話しながら参道を進み、本堂の前に立っていた。


 そして、本堂のさらに奥にある渡り廊下を進み、大きな扉の前に立っている。

 扉の周りには、凛とした空気が漂い、扉の奥からは神聖な気が流れ出ている。

 俺はその扉に静かに手を掛け、扉をゆっくりと開いていく。その中は床の間のようになっていて、一枚の掛け軸が掛かっている。

 その掛け軸には、セピア色をした人物が描かれている。

 年の頃は、二四,五(にじゅうしご)。白銀に輝く甲冑を身に纏い、右手に掲げる神剣は、魂を持ったように躍動している。そして、銀色の髪をポニーテールに纏め、凛とした引き締まった唇、美しく前を見据える銀色の瞳には決意がみなぎり、その表情には一切の不安が消え失せている。

「これが、この九鬼神社のご神体様……。まるで、写真の様です」

「美しい人ですね。まるで、美の女神様です……」

 茜と一覇は、その絵から放たれる神々しさにため息を吐(つ)いている。


 そして、その二人の後ろから、すっとんきょんな声が上がる。

「なんじゃ、これはわらわではないか。わらわの決起に従った者たちが、念写でもしておったのか? それにこの掛け軸、強化が施されておる。数千年以上の年月に耐えてきたようじゃな」

「「九鬼神様ですって!」」

 一覇と茜は、驚きの声を上げた。それは仕方ないか。目の前にちんちくりんの九鬼神がいるのだ。それなりの心構えがあれば面影は感じられるかも知れないが、予備知識がなければ、まず気が付くのは不可能だろう。

「そうじゃ。何が美の女神じゃ……。わらわは眷属の屍の上に立つ、狂った闘神じゃろうな……」

「それで、あの絵が掲げている剣と九鬼神様が背に携えている剣は、同じでもので、伝説の斬鬼丸(ざんきまる)の剣だろ。あんたに手渡された時、見覚えがあって気が付いた」

「さすが、九鬼神社の跡取りじゃな……。……もう、わらわの姿絵の話はよかろう」

 過去の姿絵など興味がないとでも言うように、話を打ち切ってしまう九鬼神の言葉に、俺もまったく同意する。

 一万数千年前にあった八鬼との戦い、どれほどの犠牲の上に、封印という形で、退けたのか? 今日の坎鬼との戦いで、少しは理解できるつもりだ。

 俺は気を取り直したように、みんなに明るく声を掛ける。

「もう、家に入ろう。いつもは、コンビニ弁当なんだが、今日は、奮発して出前にするぞ」

 俺は、古めかしい庄屋風の古民家にみんなを案内する。

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