第11話 探索員の試合 1-1

 これはどういうことか。


 目の前にいるついこの前会ったばかりの男にどうして、そんなことをいわれなくてはならないのか。


「行くな。と俺に言われても『一緒に行こう』って────」


「断れるだろ?」


「は?」


 いや、何を言っているのかよくわからない。


「よく考えてみろよ。サユキは俺のチームメンバーだろ? そもそもうちは多忙だ。そんな中休みを作った日にわざわざ初心者の引率に行ってたらどうなる?」


「疲れる……とは思いますけど」


「だろ? だからここはさ。おまえが気を利かせてやってくれって。一人でもいけるだろ?」


「ずっと一人でしたし、それは……」


「よし。なら────」


「でもそれは、俺が決めることじゃないと思います。休みの日くらいサユキさんの好きなように────」


「だから!! わっからないかなぁ? 遠回しに言ってやってんのによ……だからな? お前みたいなひよこ野郎にあいつの隣は似合わねえって言ってんだよ」


「つまり、サユキさんが俺の探索の同行をしているのが気に入らないってことですか?」


「どうだろうな?」


 通り行く人が奇異なものを見る目でこちらを注目していく。


 休みの日に自分と異界探索。サユキは10階層くらいまでなら散歩のようなものだから大丈夫なんて言っていた。


「ここで断ったらどうすると?」


「特に危害を加えようってわけじゃねぇ。ただし、わかってもらう必要はあるな────」


 そう言うとアサヒは、何かを握られた右手を差し出してきた。


 瞬間、懐から黒い灰のようなものがチラつくのが見える。それが見えた時、なぜだが心が凍るような。肝を冷やす感覚がした。


 しかし、その黒い灰は握られた青白い石に目をやった途端になくなっていた。


「この石を知ってるか?」


「……石? それよりもその灰って」


「灰? 灰ってなんだ?」


「え?」


「んなことはどうでもいい。これは耐衝石(たいしょうせき)といってな。最近、中層後半。と言ってもいろいろな異界の30層付近で見つかるようになった鉱石だ」


「ってことは、結構値段が高そうな石ですね?」


「ん? まあ、g単位で2万円程度だろうがな」


「充分ブランド品ですよ」


「って、あのな。俺はこの石の値段がどうのこうの言うつもりじゃねぇんだ」


「じゃあ、どうしてそんなものを一つこっちに差し出してるんですか。残念ながらそんな宝石を買うだけの余力のある財布は持ってないもので────」


「だから金の話じゃねぇって少しは金から離れろ! 一つやるよ」


「なんですか。急にいい人ぶってもなびきませんし買収されませんよ?」


「おい人の話最後まで聞こうな?」


「この石は名前の通り衝撃を吸収してくれる石だ。原理は不明だがこのように」


 そう言ってアサヒは剣を右手に持ち石を上に投げ、1回転程の溜めをしてから斬った。


 縦斬りに真っ二つになるかと思いきや大きな金属音と供に耐衝石(たいしょうせき)を粉々にした。


「お? なんだなんだ」


「腕比べか?」


「弐番隊の腕章だぜあいつ」


「あの刀をさげた人とやるの?」


「こんなところで弐番隊の試合が見れるとはすげぇな」


 集まった人たちが口々に「試合」だの「腕比べ」だのと言いながら人だかりができる。


「────とまぁ。こんな感じに叩き割れば準備が出来上がる。叩き割ったら一定の衝撃を吸収する。そして吸収し終わったらガラスが割れたような音が鳴る。その間、使用者はほぼ無傷だ。ただし互いにこの石を使用してる間はこちら相手を傷つけることができない」


「なるほど、衝撃から身を守ってくれるが攻撃は出来ないと……まさに試合にはうってつけの摩訶不思議な異界のアイテムってことですか」


「だな。これでお前がサユキと探索できるにふさわしいやつなのか。そうでないかを見させてもらおうって寸法だ。さあ、早くしろよ。1gで10分の効果時間と言ったところだこの石は。お前が睨んだ通り高価な石なんだぜ?」


 こんなことに付き合う道理もない。なんならこのまま帰ったってかまわないしこんな試合を受ける筋合いもない。


 けれど、なんとなくだがこの手の人間はどこまでもしつこくやってくるだろう。


 ならば、ここで受けないと後が面倒だ。


 勝てるはずなんてないだろうに。


「わかった。俺が勝ったら今まで通りでいいってわけだな?」


「まあな。俺に勝てたら……だがな? おいあんた。試合開始の合図頼むぜ?」


 アサヒは観衆の一人に頼み。頼まれた人は快く受ける。


「何が面白いのか……」


 刀に手を添え耐衝石を投げ斬る。金属音と供に何かが体中にまとわりつくのを感じる。


 どうやらこれは準備ができたということなのだろう。


「それでは、僭越ながら。両者見合って!────」


 刀を鞘に戻し戦闘態勢を整える。


 アサヒは片手剣と盾を取り出してかまえをとった。


 あれだけ騒がしかった周りが静かになり、始まりの合図を待つ。


「はじめ!!!」


 合図の瞬間、アサヒは地面を蹴りだし一瞬で間合いに入る。


 弐番隊の隊員同士のチームリーダーをやってるだけのことはある。


 人の出せるような速さには到底見えない間合いの詰め方に気を取られ先手を取られた。


「あっけねぇな?!」


 盾を前面に押し出し体を隠して剣を隠す戦法なのだろうか防御も取れてどこから攻撃を繰り出してくるのかわからない。


 これが戦いなのか。


 あっけにとられたスピードではあった。だが、カマイタチの速さに比べればどうということのない速さだ。


 下段から斬り上げられる剣を紙一重でかわす。瞬間、何もないところから光の粉のようなものが見えた。


 これが衝撃を吸収するっていうやつなのだろうか。


 アサヒの剣が過ぎていくのを見送りながら刀を引き抜く。


────ここだ。


 抜刀しようとした。その時、ためらいが走った。


 本当に斬っても大丈夫なのだろうかと────


 ためらった抜刀は、速度を増すことはなく中途半端にアサヒにあたる。


 その時、アサヒの体すれすれのところでキリキリと何かが擦れる感じがした。


 その感触はそれ以上前に刃を通せないことを感じさせるに足るもので耐衝石の効果が本物であることを理解した。


 その瞬間、腹部に強い衝撃が走る。


「がは!!」


 背に突き抜ける衝撃。


 内臓がシェイクでもされるかのような強さで後ろへと飛ばされる。


「舐めてるのか?! なぜためらった? おまえに情けを賭けられる筋合いはねぇんだよ!」


「っく……あぁ────」


 結構苦しい。ちょうど鎧があるというのに。


 衝撃から身を守ってくれるのではないのだろうか。


「はぁ、はぁ……本当に斬れたら嫌だから────」


「は?」


「俺は誰かと殺し合うために探索してない……から────」


「何を思いあがったこと言ってんだお前? 本当に異界探索については初心者なんだな?」


 衝撃から態勢を立て直す暇もなくアサヒは詰めてくる。


「確かに、誰かと殺し合うことは御免だ。異界ってハイリスクの中にハイリターンがある場所だ。だがな。敵は魔物だけじゃねぇ」


 盾と剣を交互に使いわけ攻め入ってくる。


 休む暇もなく攻撃を入れてくる。


 下から振り上げられる剣。振り上げられた剣の後に流れる様に盾で押し出して逃げ場を少なくしていき。その間に態勢を整えて剣を振り下ろす。


 横に、縦に、斜めに。そのことごとくをやっとのことで切り抜けるも攻勢に転じることはできていない。


 守りが硬い。


「人を斬る覚悟もねぇ奴が探索に出て大切なものを奪われながら死んでいく。ありがちな構成だな?」


「ああ……」


「わかってるのなら、さっきのためらいはなんだ? あの時、出せた一撃を確かなものにしていたのなら今、こうしてお前は追い詰められていない。大切なものも奪われようとなんてしていない」


「わかって……る」


「そんな弱いお前に、あいつの隣にいる資格なんてねぇんだよ」


 盾が自分を捉え大きく吹っ飛ばす強い衝撃がまた走った。


 二転三転と地面を転げまわり、気持ち悪さと言いえない痛みが増す。


 骨が折れるとかそういうのではなく痛覚へ来るような違和感のあるそんな痛みだ。


 汗が零れる。


 このままだと敗ける。だけどあいつの言う通りだ。


 異界で起きている犯罪が数多いのは事実だ。強盗、恐喝、傷害、殺人、強姦、誘拐。


 異界で手に入れた異能力染みた力を振りかざすテロまがいの人間もいることだって……


 数多ある異界での犯罪を対処している旭日隊の隊員様からのお言葉は身に染みる。


 けど、それとこれとは話が別だ。


「確かに自ら進んで隣にいられる資格はないと思う。だけど俺は誰かを殺すために刀を取ってない。魔物から……もう何も奪われたくないからと刀を取った!」


 そこは曲げられない。


 構える。


「面だけは一人前ってか? 武器を取る以上敵対する者はすべて倒す。じゃなきゃややられるのは自分ってことを教えてやるよ────それが昨日友人だった奴でもな」


 ぼそっとつぶやいた最後の一言は観衆の声に掻き消えて刀を前に走る。


 やつも盾の陰に剣を忍ばせ迫る。


 先ず、まるで槍の突きのごとく出された盾が先手をとった。


 その盾を蹴り、態勢を崩させようと試みるも壁を蹴るのと同じように自身が後ろへと下がるだけだった。


 それを追撃するべく奴の剣が横から迫る。


 姿勢を低くして避け、待ち受ける蹴りを後ろへと下がりこれも避ける。


 がら空きになった胴体めがけ刀を逆刃にして振り下ろすが盾に阻まれ金属音が甲高く鳴った。


 それから互いに姿勢を戻してアサヒが盾を殴りつける様に迫る。


 これを刀で受け流すと即座にやつは体を1回転させ剣を振り下ろす。


 避ける間もなく、その剣を受けるもとてつもない力が刀にのり自身の体ごと地面へと投げ飛ばされ叩きつけられる。


 再度、転がるも即座に立ち上がる。


 一撃、刀で受けただけで、腕にしびれが残る程の威力があった。


 力の差がありすぎるのだ。


 異界で得られる身体能力は、その階層に比例する。10階層を行く探索員と20階層を行く探索員では個人差はあれど大きく身体能力に差がでる。


 10階層の探索員が車にひかれると一般人よりは死ぬ確率は低いだろう。だが、北海道札幌異界60階層を探索する探索員が事故にあう出来事があった。


 荷物をたっぷりと背負ったトラック1台との正面衝突だそうだった。


 誰もが歩行者は死んだと思うような事故の結果。


 歩行者はぶつかった個所にかすり傷。


 トラックの運転手は全治2か月の胸部骨折で重傷。ひいたトラックはヒトの形をくっきりと残した状態で運転席と助手席の間を荷台まで潰していた。


 それほどまでに異界探索が及ぼす身体能力への恩恵はでかいのだ。


 それを踏まえると、こちらは5階層を行く探索員。


 サユキが20階層を探索していると言っていたからアサヒも20階層を行く探索員で間違いないはずだ。


 もしくはそれ以上の探索者か。


 勝てるはずのない戦いだ。つっかかられるのが面倒だからと勝負を受けたが予想以上の強さだ。


 手が震える。


 怯えからか。恐怖からか。自分より強い相手に狙われているというプレッシャーからか。


 そのどれでもないというのが本当に嫌になる。


 この敗けるしかない状況下で楽しいなんて感じている自分がいるのだから。

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