第4話 その速度を追いかけて 1-1

「あああああああああああああああああ!!!!」


 激痛に叫ぶ。


「ぬぉぁぁぁあああああああああああああああ!!!!」


 目の端で捉えるもやつの姿は残像として消えていく。縦横無尽に三次元的に空間を駆け巡り鋭い爪は容赦なく体へと叩き込まれた。


「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 振るった刀は届かない。


 刀を手放しそうになるほどの激痛に耐えそして────



────昨日のことだ。そのまま駐車場に止めていた車に乗って帰宅した。


 大蜘蛛との戦いを終えてあれだけの死闘をしておきながら帰宅は意外にすんなりとしていた。


 すんなりとしていないと困るのだけれど……とハルヒトは思いながら家に辿り着きシャワーを浴びるべく洗面所に立つ。


 それからじっと自分の体を見つめていたのだ。


 体の傷の具合を洗面所にて鏡を見ながら確認する。

 痛かった傷はうっすら治りつつありまだまだ自分もまだまだ若い証拠だろうとナルシスト気味に鏡の前でいろいろなポーズをとりながら傷の具合を確認した。


 そう傷の具合を確認した。


 大事な事なので3回心の中でつぶやいておこう。


 探索員になる前も体を鍛えるように努力していた。けれど自分の体をまじまじと見ることなんてなかった。


 だらしのなかった時代の体とかけ離れていた姿を屈み越しで再度確認してしまうと喜び半分少し驚く。


 だから、私は鏡の前で傷の具合を確認していた。


 その翌日、ランサ・アラネア・レギーナの件について連絡もなく音沙汰もなかった。


 なにか一言あってもいいのではないか。もしくは生存確認で連絡してきてもいいだろうなんて考えていたがiFunに残されたメールの履歴にあるのは『あと5日以内にこのメールを回さなければ魔物になる』といった1か月前のなんとも懐かしいチェーンメールだった。


「はは。残念だったな!! 回す相手がいないんだなこれが!!」


 5日以内に魔物になる恐怖を切り抜け今に至るiFunの履歴。


 それに連絡は異界探索員専用アプリで来るはずだからメールの履歴は関係ない。


 このアプリへの連絡は異界探索員証明証に書かれた登録IDから検索もできてコンタクトが取りやすい仕様になっている。


 あんな死闘を繰り広げておいて、防具の無い人間を一人残して誰も気にしないとか……あるだろうか。


 もしかしたら案外『とりあえず見なかったことにしよう』なんて口裏を合わせてみんなで俺を死んでる扱いにしているのかもしれないな。


 異界とは、裏を返せば地上の目の行き届かないブラックボックス。


 生きていちゃ都合が悪いというのなら引きこもろう。まあ多分……そういうことはないだろうけれど……多分……


 変な因縁つけられたくはないし面倒な事には巻き込まれないのが一番だ。


 それに……あの時の自分は見捨てられても文句は言えないほどに無力だった。ということで今日は近所に突然できてしまった異界に行こうと思う。


 こうして昨日までのことは一旦忘れることにした。


 ただし────ランサアラネアレギーナ討伐に関しては間違いなく達成したはずだ。


 いくらになるだろうか……


 前金も多かったし、この立派な甲殻が数万円とかの値段で取引されてたらどうしよう。


 夢ばかり膨らむ。


 だがしかしネット検索することはしない。


 なぜなら現実って大体裏切ってくるものなのでそんな非情な現実を味わうのは一度でいいからとりあえず報酬もそっとしておく。


 わかってる。


 あまり高くないかもしれないって数カ月に1度現れる魔物だし現れる度に倒して持ち帰ってくる素材もあるだろうし……


「よし!!」


 リュックよし。新しい服(古着)よし。


 刀と脇差だけは今日もまた一段と輝いてて綺麗だ。


 準備を整え戸締りをし家を出る。


 そして異界へと向かった。


 今日向かう異界は徒歩2分という近さの場所にある。というより隣近所だ。


 自分の部屋が二階にあるのだが、そこからも見える位置にその異界はある。


 気付いたのはだいたい1年くらい前だと思う。はっきりとは覚えてないのだけれど異界探索員になる前のことだ。


 朝、目が覚めるとここらへんで生えるにしては、とてもでっかい木があった。


 関東の町はずれと言っても過言ではない田園風景と雑木林が広がる田舎にポツンと現れてもなんら不自然ではないがずっと住んでる身としてはとても不自然だった。


 おかげさまで漫画のようなリアクションを取りながら二度見してしまった。


「ト〇ロはいたんだ……」なんて。


 いたずらにしては職人技すぎる。


 その大木は見上げる程に大きく。青々としていて、とてもいきいきとしていた。


 近くまで来ると木の根元に大きな空洞があるのがみえる。


 その空洞は奥まで続いており地下へと降りることのできる階段があったのだ。


 怖いもの見たさというわけじゃないが最初に見てからすぐに中に入ってしまい。階段を下っていくと言いえぬ感覚に襲われ、それが今流行りの異界なのではないかと考えた。


 それから大きな木の根元に入り口があるので、この異界を『大木の異界』と名づけることにして、いろいろとどうしようか。


 どうしたらよいものか。としばらくネットサーフィンしていたら市役所に連絡する場所があったので連絡をした。


 すると異界入場システム(ソーラー式で動くタッチパネルと簡易的な扉)を設置された。


 そう設置されただけだった。それ以外には何もない。


 大きな木に簡素な少し大きめの扉を設置されただけでバリケードとかは何もない。


 まあ、中から魔物が地上に出てきたら真っ先に襲われるのは徒歩二分の民家の人間一人ですからね。


 役所的にはそこに予算を割くってことはできないのでしょう。


 だとしても30分歩けば近所のばあちゃんやじいちゃん達がいるんだし、もうちょっとこう……どうにかならなかったものか。


 ということで、今日の狩場は大木の異界だ。


 徒歩二分の先に大きな扉で守られた入り口の前に立つ。そしてタッチパネルにカードをかざして入場する。


 空気は外と全く違う。


 現在1月の寒い季節に反して中はそこはかとなく暖かい。そして吹き抜ける風をかき分けて階段をゆっくりと降りていくと綺麗な木漏れ日がさしていた。


────大木の異界 第一階層。


 階段を下りて行った先はあたり一面の森だ。見たことのないとがった赤褐色に近い色をした木に深緑の色をした丸い葉が無数に伸びている。


 その丸い葉が落ちて絨毯になった地面を足跡をつけながらどこかふっくらとしている気持ちの良い道を進んだ。


 この異界の特徴は森であるところではない。太陽があるのだ。


 厳密には太陽ではなく天井が光ってるとでも言うべきなのか……洞窟のような感じの異界である大宮異界とは対照的に中は、とても明るい。


 森の中へと差し込まれる光はまるで木漏れ日のようでとてものどかな風景を作り出す。


 天井には光り輝く何かがあるというのだけはわかるが、それ以上は何もわからない。


 そんな不思議なものが一体何なのかを考えるより前に体が動いていく。


 しかし、緊張した体が動きを鈍らせる。どうしてこんなに緊張しているのか。


 それは……


 不自然な風が吹き抜ける。


 これが合図だ。


 『サッサッサッ』と遠くから徐々に近づいてくる音がする。刀を抜き近づいてくる何かを捉えようとするがその小さい影は脇腹を潜り抜け何かを当てた。


「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 叫んだのは自分だ。


 何かが当たった途端に脇腹からとてつもない激痛が走り悶える。


 しかし脇腹に何かを当てられたところに傷らしい傷もなく大量の血が流れたと錯覚しはずなのに痛むだけでそれ以外に何もなかった。


 そしてゆっくりと近づいてきた奴は「ぴっぴっきゅ?」と鳴きこちらの様子を伺っていた。


 目で追えなかった謎の風の主。


 体長30cmか40cmくらいしかないだろうイタチだった。


 表情はなく。とぼけたような表情をしており目は赤く体は黒と茶色の毛皮に覆われている。


 表情のない顔に反してしっぽの毛を逆立たせ威嚇をしている様子だった。そして最も特徴的なのが両手の先に生えている鋭い鎌状の爪だ。


 その異様な姿と瞬足から、この魔物をカマイタチと呼ぶことにしている。


 通常、魔物は異界探索員のホームページであらかた検索ができる。


 名前やカテゴリ、合致する特徴や大きさを入れると出てくるのだが目の前の魔物に該当する種類はいたのだが見た目が全く違っていた。


 つまり、目の前にいるカマイタチという魔物は、この異界の固有種ということになると考えられる。


 カマイタチは、こちらの様子を伺ったあと再度素早い身のこなしで細い鎌状の爪を当てるべく接近してくる。


 しかし、この異界を見つけて挑戦してから何度もその技を喰らい何度も泣いて帰ってきた自分にとってもう慣れっこだ。


 刀を構える。


 そして突きを出したと同時に奴は横へと紙一重で避ける。


 そこだ。


 勢いを即座に殺しカマイタチに今までの痛みを倍にして返すだけの剣撃をお見舞いするべく突きからの横薙ぎを繰り出した。


「斬った!」


 しかし、その手ごたえは空を斬るもの。


 突きから横薙ぎへと移るその隙はあまりにも大きかったのだ。カマイタチが通り過ぎるまでの時間、姿すら捉えるには至らない。


 イタチの細い鎌が腕を撫でた瞬間、しびれと供にとてつもない激痛がはしる。


「なあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

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