第3話 初仕事 1-7

────「シラヌイ様を知っているかい?」


 災厄が起こる前、普通に普通の暮らしていた時の記憶。


 普通に生きて、普通に過ごして、普通に楽しかった思い出。


 もしもファンタジーが現実になったとして神様がいるのなら、あの何気ない日々をくださいって願うと思う。


 今住んでる家の庭先でおばあちゃんが言っていた。シラヌイって言葉について理解できずにいる自分がいた。


 シラヌイってお名前じゃないの? 様って何? 王様とか偉い人なのかな。なんて思ってたような────


「この神社の神様さ。私たちの苗字と同じ。危ない時やどうしよもない時、いくつもの淡い灯がつながって広がる。そして勇気をくれる言い伝えがあったのさ。あの神社を建て直したうちのおじいちゃんのそのまたじいさんが言っていたらしいんだけどねぇ。おじいちゃんはよく言っていたよ。『みんなつながっている。その光を通して良い行いも悪い行いも、その灯が連なるように広がって繋がる』ってねぇ。だからハルちゃんは────」


 大蜘蛛は最期の力を振り絞るように雄たけびをあげた。


 力いっぱいに突進する奴はどこか威厳に満ちた何かを感じさせる。


 緑色の体液がしたたり落ち切断された足からもたくさんの体液が零れているというのに勝利を信じて臆することなく俺に立ち向かう。


 自分の体からも血が流れていた。


 体中が痛い。


 だが、負けられない。


 この一刀にすべてをかける。もはや何度も振るう力など残されていはいない。


 ゆっくりと刀を納めた。負けを認めたわけではない。次の一刀ですべてを終わらせるべくゆっくりと心を落ち着けながら相手を見る。


 そして間近まで迫りくる大蜘蛛を前にぶつかり合う一瞬。


 いくつもの灯が連なり刀を通して心に伝わる。


 光がふわっと浮き上がりまた一つ。また一つと蛍灯のように薄暗い洞窟を照らし、自然と浮かび上がった言葉をつぶやいた。


「天雷一閃(てんらいいっせん)」


 瞬間、収められていた刀は右にあった。


 奴の分厚い甲殻で守られた頭を斬り裂いていた。目で追うより刀を振るう感覚より速く雷鳴に似た轟音が響き渡る。


 奴の突進の勢いは緩まず俺を突き飛ばして倒れたのだった。


 気が付くと、冷たい岩肌が傷ついた体を冷やす。持参したLEDライト型カンテラが洞窟を照らしている。


 やけに静かだ。


「大────蜘蛛……は……?」


 その疑問を口にし振り向くとそこに奴はいた。頭部の分厚い甲殻が真っ二つになって動かなくなっていた。


────倒せたんだ。


 地面に体を預け横になる。体中が痛い。特に刀を振るった右腕がちぎれるんじゃないかと思う位に痛い。


 なんだかとても懐かしいものを思い出していた。シラヌイ様。あの神社の神様できっとこの刀が依り代だっただろう神様だ。


 なんで戦ってる最中にあんなこと思い出したんだろう。胸に手を当てて考えてみると熱く刻まれた言葉があるのを感じる。


「天雷一閃(てんらいいっせん)……」


 必殺技みたいだな。


 なんでこんなの知っているんだろう。剣道なんてやったことないのに……


 剣道をやってたとしてもやらないと思うけど……異界が現れてから世の中不思議な現象でいっぱいだ。


 皆は無事逃げられただろうか。


 とりあえず地上に戻ろう。気絶していたのに助けが来ないというのも気がかりだ。


 寝ていたおかげか体は痛いがまだ動く。


 なら……せっかく殺したのだ。殺した命を無駄にしないためにも素材を持ち帰ろう。


 しかし、この大蜘蛛は大きい。


 さっきまで赤身がかった体色はなくなり全身が真っ黒になっていた。


 ミナさんが使った炎の魔法で焼け焦げた背中の甲殻はボロボロになっていたので使い物にならない。


 ふらふらになりながらも脇差を手に取り解体を進める。


 戦利品は背の大きな甲殻と腹部の節を守っていたとげとげしい甲殻、そして足を守っていた分厚い甲殻だ。


 甲殻を外すと重量に見合わない細い肉があらわになる。


 死んでしまうとしぼむのだろうか。おかげで甲殻がとても取り外しやすくて助かるけど不思議だ。


 所々に生えてるふさふさの毛が気持ち悪い。大蜘蛛と呼んでるけどシルエットが蜘蛛なだけでまったくべつの生き物だというのを解体してみて感じる。


 蜘蛛のこともあんまり知らないがカニみたいな甲殻なんて持ってなかったと思う。


 何より口元だ。奥には大きな獣の様な牙がついている。


 口は縦に開くのではなく横に開いてその奥に4本の牙がついている。

 見たことのないような形の口だ。


 こいつってこの何もない空間にいて何を食べて生きてきたのだろうか。


 よくよく考えてみると大宮異界に自然と湧いてくるアラネアもどこからやってきてるのか不明で気が付いたらそこにいるようなことしかわかってない。


 異界だからGPSとかも使えない。そのためそういった魔物の生態の追跡調査は足になる。それ故に解明は進んでないみたいだ。


 異界探索員にはそれを専門にする人たちもいて日々ブログにあげたりSNSに発信してる人もいるから見ていて面白い。


 例えば飛竜の生態調査をしていて……あれって確か更新が止まってて調査をしていただろう探索員が行方不明になったんだったっけか。


 ふと大蜘蛛の足を外して甲殻を剥ぎ取っているとしぼんではいるもののそこそこ厚めの肉のような何かが姿を現す。


「なんだか食べられてそうだな……」


 そんな偏食欲を振り払いへとへとになりながらも解体を進めていく。何度か意識が飛びそうになるほどの眠気が襲ってきたがなんとかこれを堪えた。


 そして、ようやく持ち運ぶことができそうで高価そうな部分を切り取ることができた。


────結果。ランサアラネアレギーナの頭殻が2枚、腹殻が5枚、牙が4本、足の甲殻が9枚、1枚1枚の解体に成功し大きくリュックの中には収まりきらない。


 素材を剥ぎ取って再利用するのは探索員として奴を殺したせめてもの礼儀な気がするので持てる分は持ってリュックにしまえる分は詰め込んだ。


 そして出口へと歩き出す。


  立ち上がるのもつらい体。だが解体することだけは欠きたくはなかった。来た道もよくわからない暗い洞窟。


ふらふらとした足取りで洞窟の起伏に足を取られそのまま転んでしまう。


「もっと強かったらな」


 しっかりみんなを守れたのだろう。


「もっと頭が良かったらな」


 あの状況でもしっかり筋道を立てて動けてただろう。


「もっと勇気があったらな」


 大きくて怖い相手にも立ち向かえたはずなのだろう。


 そんな無い物ねだりをして力の及ばない自分に苛立ちを覚えながら、そこで意識が途切れた。


────暗い洞窟の異界の中で意識が途切れて随分と立ったと思う。


 ランサ・アラネア・レギーナの討伐が失敗して自分が帰ってこないことから通報を受けた旭日隊か自警団が派遣されきっと助けに来てくれるだろうなんて淡い期待は、固い洞窟の地面に『おはようございます』と挨拶をして目を覚ます。


 自警団は、対魔物のために組織された警察組織の一部だ。


 けれど異界が現れて地上にもたびたび魔物が姿を現すようになったこの時代。


 最初は、この世の終わりなんじゃないかって思う位の天災染みた生物たちが世界を蹂躙しようとした。


 その魔物たちは今の時代に英雄と呼ばれる存在に駆逐され今もこの世界を魔物達の手から守るため英雄たち活動をしている。


 そして英雄の一人が作った組織が旭日隊だ。


 1番隊から10番隊。そして調査隊からなる国営の組織。


 魔物と探索員がらみの治安維持を目的とした組織が4年前に発足したのが始まりだ。


 基本的には異界の警察みたいな位置づけに近く構成員は全員、例外なく異界探索員で英雄の総隊長を始め12人の隊長を中心に活動している。


 彼らの仕事の内容の一つに要請を受けた行方不明者の捜索も含まれていた。


 つまり、自分がここで遭難した。若しくはけがをして動けない場合も彼らが要請を受けて出動することになっている。


 それが来ないということは……


「見捨てられたかな」


 ランサ・アラネア・レギーナってもともと話によると10mくらいの大きさだと聞いた。10mって言うと路線バスくらいの大きさだろうか。


 だけど、奴はそんな大きさじゃなかった。15mあってもおかしくないんじゃないかな。


 初めて見るからそう思うだけなのかいまいちぴんと来ないからわからないけど。


 そんな相手を前に皆を逃がすため一人で時間稼ぎに残ったんだ。死んでるって思われてても不思議じゃない。


 睡眠をとったおかげか少しだけ体が楽になった。ところどころ打ち身と擦り傷で痛い箇所が多いけれど骨が折れてるとかそういう致命的な傷はない。


────多分。


 それから立ち上がり洞窟を歩く。しばらくして壁に当たり、ここがどこだか全くわからず迷子になってしまう。


 心細く、どうしたらいいかわからない中考えに考えて……その場で唸っていたところで思いついたのが出口が一つなら壁伝いに行けば出れるのではないだろうかという安直な解決策だった。


 心細さと出られないことへの恐怖って時として柔軟な思考をもぎ取ってしまうのだろうから怖い。


 そのまま、壁伝いに歩くと案外少し歩いてから出口に到達した。


 それからはもらっていた地図と現在地を照らし合わせてアラネアの集団に出くわさないように地上へと向かう。


 ようやく出口へとたどり着き探索員証明カードで扉を開けると外は真っ暗で人通りもなかった。


 ぽつんと街灯が照らす夜道はとてもきれいであるがここでもまた心細さを味わう。iFunを見ると表示された時刻は02:22。


 ぞろ目の深夜だった。


「見捨てられたんだな」


 そして、そう呟いて歩き出したのだった。

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