第4話 その速度を追いかけて 1-2

 木漏れ日が差し、穏やかな風が吹き抜ける。丸い葉は舞い上がり刀は空を斬り爪が刺さる。


 腕がしっかりついているのか疑いたくなるほどにとてつもなく痛い。


 握っていた刀を落とし地面にうずくまる。


 これがいけなかった。


 無防備になった所へとカマイタチは方向転換し背中へ細い鎌を入れた。


「ぬおおおあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 声が枯れる。


 背に入れられた一撃は脳を震わせるほどの痛みでもって叩きこまれた。


 本来であれば刺しこまれたというべきだろう。だが、痛みの程度それを越え叩きこまれたという方が正しいとすら感じる。


 その後、蹴りをいれられ前に転がった。


 死ぬほど痛い。意識を辛うじて保つのでいっぱいいっぱいだ。


 外傷が無いのが唯一の救いではあるが……そうだ。


 痛みがあるだけなんだ。怪我はしないし出血も何も起こらない。リスクは痛みを感じるだけなんだ。


 ということはこの痛みをがま────


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 小さい体で高速移動を繰り返す小動物は容赦なく痛覚を直接刺激する爪を叩きこんでくる。


 我慢できるわけがない。刺されるたびに棘の付いた鋭いナイフで内臓を抉られるような激痛に襲われる。


 もうだめだ……逃げよう。この異界は、やっぱり自分の手に負えるような異界じゃない。


 また、出直そう……


 構えても刀は追いつかず目でとらえることすらはばかられる神速の身のこなし────だがどうだ。


 これを捉えられるようになれば成長できるのではないだろうか。


 神速の魔物を捉えられるようになった時、きっと昨日みたいに何もせずにただただ立っているだけで終わるような情けない自分じゃなくなっているはずだ。


 あの時……最後には自分は奮い立った。だけど、そんな勇気や無謀さがいつもあるわけじゃない。


 不釣り合いな力の差を第一層から感じることのできる異界。しかもそれが激烈な痛みを伴うという代償を払うだけで挑むことができる。


「練習にはぴったりなんだ……」


 気をしっかり持て、手も足も出ずただ逃げて他の異界へ行くような甘い考えで、この先きっと生き残れない。


 昨日みたいに自分より格上の敵と対峙した時、また逃げるのか。


 ポンコツで凡人で何をしても中途半端にしかできなくて……どうしよもないボッチで、大切なものも守れない。守れる力もない。


 ないものだらけだ。


 ないなら無いで仕方ないからあきらめるのか。


 違う。


 変わらなきゃいけない。


 もう二度とあの日みたいに家族を失った絶望を味わうのなんてごめんだ。せめて、もう守るものなんてなにもないが……


────せめて。


「強くなりたい!」


 これは痛いだけだ。


 刀を取れ。そして目の前のどうしよもない強敵に立ち向かうんだ。


────構えろ。


 ここからが本領発揮だ。


「せいぁあああああああああああ!!!」


 枯れかけた声で必死になって叫ぶ。今までの自分とは違う。変わるんだと変わったんだと昔の自分に言うようにカマイタチへと刀を振るった。


 しかし、振るった刀はいともたやすく避けられ長く鋭い爪を叩きこまれる。


「ぐぎゃああああああああああああ!!!!」


 足が、足が切られ……いや付いてる。まだ動く────


 まだまだ────


「ふおおおああああああああああああ!!!!」


 反撃の刃は届かない。

 これでだめなら次を────


「ああああああああああああああああ!!!!」


 また打ち込まれる。そして打ち込もうとするも避けられる。

 

「んあああああああああああ!!!!」


 叫ぶ。

 カマイタチの爪が体に叩きつけられるたびに何度でも。


「うがあああああああああああ!!!!」


 何度も叫ぶ。 


 届かない刃は震える。


「ふああああああああああああああああああああ!!!!」


 届かない刀を届かせるように何度も挑戦して何度も敗ける。


「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 もうだめだと心が折れかける。だがあきらめたくない。

 絶対に退くものか。


「おあああああああああああああ!!!!」  


 なぜだ。

 なぜこうも攻撃が当たらない。


 縦横無尽に動くから読みずらいのか。


 ならばその先を見ろ。


 考えるんだ。


 どうしたら刀をより効率的に扱えるのか今あるすべてを使え。出し惜しみをした先に待つのが死であるのなら精一杯やりつくせ。


「えあああああああああああああああ!!!!」


 今のは少し奴の軌道を逸らすことができた。そうだ、少しずつだ。少しずつでいい。それでいいんだ。


 凡人が1日に進める距離なんてたかが知れている。


 そして何度も打ち合った。いや、打ち込まれ続けた。


 挑んでは刺されそのたびに痛みに泣き叫ぶ。もう駄目だと思った時とりあえずわけめもふらず逃げて激痛に耐えながら大木の異界の入り口で休む。


 そして────挑む。


 そのサイクルをひたすら繰り返し、声帯もちぎれるくらいに叫んで血反吐が出た。


 こうして1日が終わり、徒歩2分の道のりが何キロにも感じるほどの疲労を抱えて溶けるように眠る。


 眠って起きた後は、もちろんまた大木の異界に入る。


 挑む。


 叫ぶ。


 逃げる。


 挑む。


 叫ぶ。


 逃げる。


 寝る。


 そしてまた挑む。


 これらを繰り返した。


 そんな声帯のちぎれるような生活を続け数日経った頃だろうか。数日かどうかもいまいちわからなくなってきていた。


 痛みに慣れ声帯を酷使することがなくなった。


 痛いものは痛い。


 幸か不幸か痛みに慣れてきた。あまり良い気はしないのだけど……まあ痛いだけなんだ。


 痛いだけなら何とでもなる。


 恐怖が薄れると次第に刀を振るうスピードがなぜか増した。


 迷いがなくなったと言えばいいのだろうか。いまいちこの感覚にしっくり来てない。以前は届きすらしなかった刀が今は違う。


 すれ違い様に奴の爪に一太刀あてられる程度には振るえるようになっていた。


 その瞬間、今まで感じてきた苦痛と疲労よりも過度な幸福感が脳内を過る。きっと脳の報酬回路が狂ってきたのだろう。


 認めたくない。


 刀の切っ先がやつに触れた瞬間、言いえぬ達成感と幸福感に見舞われた。


 しょうがない……やっぱぶっ壊れたんだと思う。


 そして、毎日来る日も来る日も、雨の日も、風の日も、雪の日はなかったけれど晴れの日も、お腹を壊した日は休んだが何度も何度もカマイタチに戦いを挑んだ。


 すると見えてくるものがあった。

 ここに生息しているカマイタチは表情のない顔をしている。


 丸く口を開けつぶらな瞳と言えばいいのだろうか。黒い目も丸く不気味な顔をしているような魔物だ。


 しかし毎日見ていると一匹一匹違う顔をしているというのがわかった。


 少し丸い目の歪んだ奴や口が楕円形になっている奴、毛皮の色が少し違うやつと様々なカマイタチがいた。


 それに奴らは狡猾らしい。


 今は1対1で戦いをしているが他にもこの戦いをそばで見ている仲間がいるみたいだ。


 この異界は、カマイタチの他にも魔物が出現する。


 他に生息しているのはイノシシのような魔物だ。こいつも探索員の魔物図鑑には掲載がみあたらないので多分新種なんだと思う。


 大きさは5mくらいでかなり大きい。


 2本の長い牙が口からまっすぐ伸びていて足は蹄だと思っていたが違う。ライオンのような肉球と爪がついていたのだ。


 簡単に言うと、顔は猪で体がライオンだ。毛皮は分厚く刀は通りにくい。

 一度戦ったことがあるけど刃が通らずに逃げる道を選んだのはあまりいい思い出じゃない。


 そんな、生態系の頂点に立っていそうな魔物なのだがカマイタチの得物らしい。


 カマイタチは、イノシシを追い詰め何度も執拗に細長い爪を当てる。


 痛みに泣き叫ぶイノシシは必死に立派な牙で応戦する。けれど獲物がへとへとに弱り切った時、周りに隠れていたカマイタチが一斉にとびかかり長い両腕の爪を間髪入れず叩きつける。


 そして必死の抵抗もむなしくイノシシはついには力尽きてしまったのだ。


 ゆっくりとイタチはイノシシの亡骸に近づきあんぐり開いた口でむしゃむしゃとイノシシの肉を食べていた。


 獲物を痛みで狂わせ失血を伴わせずに狩って弱ったところを集団で叩きこむといった狩猟方法なのだろう。


 つまり自分は、やつらの得物で……弱っていくのを待っている。もう弱ってるはずなのになぜ襲ってこないのかは不明だ。


 けれど獲物は倒れない。


 そして奴らを学んだ。


 人の一番強い武器であるところの経験を何度も痛みに耐えながら習得した。


 かなうはずがないと諦めていた強敵に。刀が届かないと最初はあきらめていた奴の素早さに。


 そして痛みを代償に経験を積み重ねる。


 動く。


 横へ、前へ、後ろへとステップを踏むより速く空を蹴って移動するような滑らかな軌跡。


 その軌跡すらたどれない中ついにすれ違い様に爪を自分の肩にあてられた痛みをこらえ後ろへと抜けようとするカマイタチに遂に────


 一太刀入れることができた。あっけなかった。


 前へと伸ばした刀をすれ違い様に引き駆け抜ける先を予測して一閃。


 斬られたカマイタチは血しぶきをあげながら転がり周囲の木々がざわつく。


 痙攣したその手足は次第に動かなくなり息をしなくなったのを見届けてからゆっくりと刀身に着いた血を拭う。


 ここへきて数日、いや1週間くらいだろうか。ここへ初めて入った時から数えるなら1年くらいだろう。


 ようやく大木の異界、第一階層を進むことができた。


「ようやく。前に進むことができた……」

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