第4話 その速度を追いかけて 1-3
それは静かな勝利だった。
爽やかな風が吹き抜け流れた汗を冷やしていく。初春と言えば暖かそうな雰囲気ではあるが地上では現在10℃以下の冬みたいな気温だ。
それに比べてここは暖かく。降り注ぐ光は太陽のように熱を帯びていて気持ちが良い。
さて、哺乳類のような魔物の解体はやったことがない。
とりあえず細長い頑丈そうな爪を解体することにした。
「しかし……」
この長く細い爪。触ったら折れてしまいそうな程なのにあんなにも激痛を生み出すのか……しかも服の上からでも激痛を与えてくれる特殊な代物だ。
これはひょっとするととても高く売れるのではないだろうか。
外見は黒々としており直刀のようにきれいに伸びきっている。それに対となる爪の長さは綺麗にぴったり同じ長さをしているのも特徴だ。
ここまで綺麗に同じ長さになるということは日頃研いだりしているからだろうか。
カマイタチの生態は謎まみれであるけれどポカンと開いた口の奥からは見た目に反してとても鋭い牙を隠し持っていた。
だが、一本一本の牙は細かすぎてさすがに売れないだろう。
それに、この長い爪を解体したとしても痛みだけを与えてくる不思議な効果が続いてる保証はない。
痛いのは嫌だ。だがしかし……試しだ。
試しにちょんっとつついてみることにした。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
どうやら効果はしっかりとあった。
もう試してみようとか考えるのはやめよう。
絶対だ────
わけのわからないものはわからないで一旦保留にしておくというのは大事で好奇心で動くべきじゃない。
いつか身を滅ぼしてしまう。
少し涙目になりながら爪をリュックの中にしまおうとそっとつまむ。しかし爪がリュックの淵に突っかかり手に刺さった。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
もうやだ。声がもたない。
お金になりそうな危険な爪を鞄の中にしまい解体を終えて前へと進む。ここから大木の異界の本格的な探索がはじまった。
かつて異界は地下へとつながるような構造をしている物だと考えられてた。
けれど地下へと抜けたり上へと進む場所もあったり、謎の遺跡や廃墟があったりと奇妙な世界が広がっており異界にもいろいろな種類があるのが今の常識らしい。
そんな中、全体的に共通して言える部分が第1階層というのは全体的に穏やかで探索員初心者が行き来するのにはとてもちょうど良いということだ。
出現する魔物も弱い上に過酷な環境であることもない。
しかし、この異界は違った。
木の根で張り巡らされた地面は歩きにくく目で追えないくらいの速さの魔物と遭遇する。
外傷を負いにくいという点では楽なのだろうか……
たまたま近所にできたにしてはとても運がない気もする。
そんな難易度とは対照的に高い木々から零れる光はキラキラと輝いていてとても美しい。
きっとそれだけがこの異界を探索するうえでの唯一の救いなのかもしれない。
そんなことを考えつつ道なりに進み続ける。すると聞きなれたカマイタチの近づく音に反応して刀を構え応戦した。
気づいてからの初動に遅れはないはずだ。だが爪と刀が何度も交わり痛みで胃がキリキリするのを感じる。
カマイタチが空でステップを踏むように軽い身のこなしで刀を避けて襲い来る瞬間。
奴の軌道は、刀を避けつつ俺の体へ向かう。
爪を当てられ痛みをこらえながら次の攻撃に備える。避けられては構えて狙う。これを繰り返した。
徐々に慣れていった目は次第に奴の動き。いや、先が見える様になってきていた。
そして奴が刀を初動で避けるべく飛び出しこちらの懐へと爪をたてようとするのと同時に刀をただ奴の軌道上に添えた。
すると高速で迫るカマイタチは刀の軌道上を通過して勝手に斬れたのだ。
体に触れた爪の痛みに悶えながら勝利をかみしめる。
「2……匹…………目!!!!」
危険物を取り扱うように慎重に爪を回収して先へと進む。
道中もう1匹のカマイタチの爪を回収し大木の異界第一階層の探索を終えた。
今日の収穫は、爪が6本だった。異界探索をしても収穫0を繰り返して貯金を切り崩す毎日であったがそれも今日で一旦終了だ。
当たったら激痛の走る爪はどうみても特殊な効果が付随している。
これは高く売れるぞ。
なんてことをまたにやにやと考えながら来た道を戻る。
するとドスドスドスと重量の乗った足音が迫ってくるのが聞こえた。
静かにその場で何が来るのか恐る恐る身構えていると足音は次第に大きくなってくる。
そして不思議な葉の茂みから急に姿を現し鋭く太い角のようなものが眼前に飛び出してきたのだ。
びくっと反射的に体が反応し横へと飛ぶ。間一髪、突進を避けると木の壁にそいつは激突した。
「ブルルルァァァアアアア!!!」
「ぐぬぁあ」
自分も太い木に顔から突っ込んでしまう。
両者、壁にぶつかりよれよれと立ち上がり互いににらみ合う。
急に現れた太い角の正体は、角ではなく牙でそいつはカマイタチに狩られていたイノシシだった。
顔は猪、体はライオンのような奇妙な魔物。漢字に直すと猪獅子(イノシシ)だろうか。
イノシシ科なのかネコ科なのかはっきりしておいてほしいところではあるがそんなことを考えてる余裕もなく奴は突進してきた。
魔物からしてみたらはっきりさせる筋合いはないというものであるが単調な突進であるかのように見えたその挙動。
その実、単に駆け抜けるものではなくこちらへと距離をつめるものであった。
太く鋭い牙を剣のように扱いながら攻撃を仕掛けてくる。
その勢いは止まらず。
何度か当たりそうになりながらも刀でそれを防ぐ。
しかし、体重の乗った勢いのある牙の攻撃を防ぎきることは容易ではない。
受け流してなんとか隙を作り一太刀入れるもやはり、分厚い毛皮が邪魔をしてうまく斬れない。
「ブヒャアアアアアア!!」
斬られたことに腹を立て牙による攻撃に加えて前足に潜ませてた鋭い爪が顔を出し、その爪でもって斬り裂かんと二足歩行気味になりながら攻撃を仕掛けてくる。
のしかからんとする勢いのあとに大きく飛びつこうとしてきた。
だが、その重量で飛びつかれてはとてもじゃないがかなわない。
大きく飛ぶ奴の下をくぐり抜けて避ける。こちらが元居た場所の後ろにある木をやつの爪が抉り取る。
その威力はすさまじくこいつの本領は、長く立派な牙ではなく鋭い爪と筋骨隆々の体にあるのだと悟った。
だめだ。
今の自分じゃ勝てないんじゃないだろうか。刀を振り下ろして斬れたとしても分厚い毛皮に守られた体に傷を入れるなんて無理だ。
しかも奴も必至になって攻撃してくる。そんな最中に勢いの乗った攻撃を加え奴の毛皮ごと斬るなんてどうしたらいいんだ。
もう逃げたい。
木の壁を抉り取ってこちらへと向き直ったイノシシは、5m程はるだろう巨体であるにもかかわらず素早く距離をつめてくる。
繰り出される前足を刀で払い。すれすれで長く太い牙を避ける。距離をつめられては避け、つめられては避けを繰り返し体力が徐々に削られていく。
心臓が悲鳴をあげる。
汗が滴り落ち体の水分が奪われていく。筋肉が悲鳴をあげてしっかりと力を入れることができない。
後ろへと下がった瞬間、隆起してる根に足を取られ尻餅をついてしまった。
「しまっ!!!」
もう駄目だ────
「ブフアァアアアアアア!!!!」
何も起こらない。だが、両の腕の先に重くのしかかりる物を感じた。
ゆっくりと目を開くと血が滴るのが見えた。
咄嗟に突き出した刀がイノシシの頭蓋に突き刺さっていたのだ。大きくカッとひらかれた黒い瞳に色はなく。
先ほどまで荒かった鼻息は止まっていた。
力なく四肢をだらりとしたイノシシがゆっくりとのしかかる。とてつもなく重い。そしてすごい熱い。
イノシシの体温がとても高いのだ。
よく見ると体から湯気のようなものが出ているのがわかる。
5mもの巨体をあれだけの速度で動かすのだ。きっと大くのエネルギーを消費するのだろう。
たぶん……
あっけない勝利だった。
ゆっくりとイノシシの重さから抜け出していく。立ち上がり頭蓋に突き刺さった刀を抜くと血がピュッと飛び出た。
血が零れて滲んでく地面。力なく横たわる巨体の儚さが物語る。
カマイタチを倒した時もそうなのだが、可哀想だと感じてしまっている自分がいる。
ゲームとは違う。刀を振るえば命が消える。
助かる命は今のところ常に自分一人でただただ一人よがりに今日を生きるために命を摘み取っていく。
異界探索員は異界の探索を主とした職業だ。
異界へ入ればこんな魔物がゴロゴロといるのだ。ましてや今いる場所なんて第一階層……
この先にはより強力な魔物がいる。一瞬のためらいが今後必ず命取りになるだろう。
魔物に恨みはある。
だけど目の前の魔物は自分から大切なものを奪っていった魔物じゃない。
「なんだか、どうしたらいいかよくわからないや……」
こういうのを考えるのって結構今更なんだ。
刀を振るえば命が消えるなんて……もともと刀なんて人を斬る道具だったわけでそれを俺が魔物を斬るための道具にしてるだけの話。
そもそも今日を生きるために命を斬り取っていくのって当たり前の話じゃないか。異界が現れる前だってそうだったはずだ。
日々、見えないところで食べるために殺される家畜や植物。危なし、いらないからと処分される愛玩動物達。アラネアだって……
案外何一つ変わってなんていないんじゃないのだろうか。
「なら、せめて……」
斬り取った命に対して敬意を常に持つべきなんだ。
さっと脇差を取り出し5mある大猪を解体する。大蜘蛛には及ばないにしてもなかなかの巨体だ。
今回は、毛皮を剥ぎ取ってみることにする。
戦利品は大きな牙2本と毛皮、切り出したブロック肉をいくつか持ち地上へと戻った。
日は沈みかけていた。
毛皮のことはよくわからないので処理方法をネットの知識を頼りにとりあえず洗って血と脂肪を取り除いて干してみたのだけれど……
「とても臭い…………」
鼻から手が離れない。多分……干せば匂いは幾分かわからなくなるまではよくなるだろう。
突然、茂みがカサカサと揺れる。するとずんぐりむっくりとした白い柴犬が姿を現した。
「わん!」
一吠えして物珍しいものを見たような顔でこちらへと着た瞬間。
「きゅうんんんんんんん?!?!?!?!」
なんて鳴き声しながら鼻を何度も前足で撫でながる。そしてやばいやつを見るような顔をして何故か目が合った。
何度もだ。
素早く元居た位置に戻ると鋭い視線をジーっと向けてくる。
『ようよう! とんでもないもん持ってきたなおめぇ』って顔をしているのが一目でわかる。
『わかる。その気持ち』と心の中で応えるが『わかるなら捨ててこい』と無機質な柴犬の表情が物語る。
とりあえず、この匂いに耐えられないので家の中に入り嫌がる白柴を引きずり込んで風呂に入ることにした。
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