第11話 再会 1-2
述べられた言葉は感謝だった。
時間が止まるように思考が止まるのを感じる。なぜ感謝をされたのか、どうして感謝されているのか。身に覚えがなく人違いではないかと思う。
だが彼女はそう言った。
「ど、どういたしまして?」
『どういたしまして』なんて答えるのは誰かがしたことを奪うようなことではないだろうか。
なんだか心が痛い。
だが、それでも彼女は笑顔を作る。
嬉しさというより安堵のような────そんな笑顔だ。どうしてそんな眩しいものを向けられるのか。
きっと聞かなくちゃいけない。
ここで流されるがままであったが勇気を出して一歩踏み込んでみることにした。
「あの、すみませんが……あなたは?」
「……え? シラヌイさん、私のこと覚えていませんか?」
覚えている? やっぱりどこかで会ったのだろうか。けれどどこからどう見ても思い出せる要素がない。
「失礼ですが……」
「あはは……、そうですよね」
一度どこかで会ったことがあるというのならきっと5年以上前の話になるだろう。だが、5年も前では自分の心もとない記憶力では思い出すのにとても頼りない。
笑顔をうかべてからどこか寂しそうな表情をして──
「私です。ヨゾラ サユキです!」
ヨゾラ……その苗字を聞いた瞬間、思い出した。
6年前、今はもうつぶれてしまった仕事先に入ってきたバイトの娘だ。
懐かしい記憶がよみがえる。
仕事とかいろいろ教えたのを覚えている。バイト先を転々としていろいろな仕事を経験してみたいとかなんとかでとても物覚えが良かった。
働き始めてから1年経過するかしないかまでの付き合いのある娘。
あの日、店を後にして3人で一緒に逃げた────
だが色濃く思い出として記憶にあるはずなのに何故か思い出せなかった原因は、きっと彼女の見た目にあるのだろう。
当時は短い黒髪であった。けれど今は長い黒髪をなびかせ5年を経て大人びた感じが印象を変えたのだ。
どこかとてもたくましくなったような。そんな感じが彼女からは伝わる。
「5年……も前になりますからね。本当に……生きていてよかったです。思えばそれだけ時が経っているんですよね。忘れるのも無理はないですね」
「いや覚えていた。覚えていたけどヨゾラさんの印象というかなんかすごい変わってるというか……とくに髪型変わりましたよ!」
「もう、5年も経てば髪型くらい変わりますよ。髪型でわからなくなるとは思いませんでした!」
「いやぁ……でも例えるならポ〇モンの可愛いやつから最終進化したくらい変わってると思うんですよ」
「えぇ……それって遠回しにごついってことですか?」
「いやいや印象の話です。そうだ。たくましくなったって感じがします」
「ん~、言いたいことは何となくわかりますが……ありがとうございます! でもやっぱり……私、昔と比べると太くなりました?」
「その『たくましい』=『ごつい』から一旦離れません?」
なんだかとても懐かしいやり取りだ。そういえばこんな無駄話をしながら仕事をしたり時には互いにミスとかフォローし合っていたのを思い出す。
また、再会できるとは思わなかった。
昔の自分は今の自分にとってどこか遠いような手の届かないような位置にいる感じがしてもう何も戻ってくることはないと考えていたから……
この再会はなんだかとても嬉しい。
「ああ、いい雰囲気のところ悪いがユキ。そろそろ行こう」
二人の間に割って入ったのは長身で背には剣と盾、腰にかかるポーチと西洋甲冑のような藍鉄色の鎧と額当てをした男。
「あぁ、はい……シラヌイさんせっかく会えたのにごめんなさい。私今は旭日隊弐番隊に所属していて依頼された仕事の最中なんです……」
「見れば所属しているのはわかっているけど旭日隊に入れるなんてすごいですね」
異界探索員の有志が募って成り立つ組織であるが、実力が物を言う世界において半端な力量ではなかなか入れないのが旭日隊。
だが一方で志願すれば入れはする矛盾を抱える。
それは弐番隊などの番号を冠した隊に所属することが難しいのだ。志願したほとんどが調査隊といった分隊に入るのが一般的らしい。
そしたらどうやって番号を持つ隊に入るのかというと、ある程度の実力を示したり事件の解決や魔物を討伐することによって上に上がれる仕組みをとっていいるらしい。
以上がネットに書き込まれていた旭日隊の実態だ。
「そんなことはないですよ。やり続けていればシラヌイさんも────」
「ユキ~いくよぉ」
次々と店を後にするチームメンバーの人達。ヨゾラへと声をかけたのは背丈が俺の胸くらいの弓をかついだ娘だった。
「すぐ行く! なのでいきなり声をかけてすみません。これ!」
さっと何かを書いて切り離した紙に書いてあったのはIDだった。
「私の異界探索員IDです。後で連絡をください。また……お話しましょ! それじゃ、また」
「あ……はい。仕事頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。絶対に……連絡くださいね!」
そう言い残して店を後にした4人を追って行くヨゾラだった。
なんだか嵐のような出来事だった。
去っていくのを見届けてから列へと並ぼうとした時、周りの刺々しい視線が注がれていたのに気づく。
とりあえずはただの被害妄想だと思いたい。
注目を浴びた後に順番がやってきてニヤニヤと笑う店主がいた。
ニヤニヤとしていること以外はいつもの店主。
ネームプレートにはリュウ トキミチの名前が刻まれている。いたって平凡な店主だ。
だが、とても不敵な非凡な笑みなのは確かだろう。
なにか面白い物でもみたと言わんばかりの笑顔を作っているからだ。
「いらっしゃい!」
「またおねがいします」
「今日はそこそこの収穫だねぇ。この番号で待っててくれな!」
「はい────」
いつものように店内を少しばかり散策しようとしたときだった。
「で、ところでさっきのは一体何だったんだ? ここからでも伝わるいい感じの雰囲気だったぞ?」
とても面白そうなものを見る目でこちらを見ている。
「自分もびっくりしている所ですよ。でも自分もよくわかりません」
「まあ……青春だねぇ。あんちゃんにも春がきたんじゃないのか?」
「今は初春ですけど冬ですね」
「あはは、ちがいねぇ! それじゃちゃちゃっと査定済ませちまうから待っててな! 春が来るよう祈ってるぜ?」
それは余計なお世話というものだ。
暇つぶしにこの前のカクテルが美味しかったのでヒロ君のところへと向かい座席が空いていたので席に座る。
「いらっしゃいませ」
店の雰囲気と違いやや硬めに挨拶をして出迎えてくれた。
「こんばんは。この前のお酒、とても美味しかったですよ」
「ありがとうございます。ただ……」
『ただ……』なんだろうか。沈黙し重い空気が流れる。
なぜ場が少し凍るような感じになっているのか理解できずにいてこちらから理由について伺うことにした。
「あの……えっと? どう……しました?」
「すいやせんした!!!」
感謝の言葉の次は謝罪だった。なんだか今日はもうお腹いっぱいだ。
「え、ん? え……?」
言葉にならない疑問符が口から出てきては消えていく。もうキャパがいっぱいいっぱいだ。
「アニキが、車でいらしてるなんて知らなくて俺、俺……アルコールを!!」
「あぁ、アニキ……?」
「すいやせん。俺が半人前なばかりに気使わせてしまいました!」
「あ、大丈夫……うん。大丈夫ですから。ね?」
今度はなんだか違う視線が突き刺さるのを感じる。今まで澄ましたようなクールさから一変、この変わりようは想像できずにいた。
「なにかケジ──いや責任を取ります! こんなことをいうのもなんですが……何がよろしいでしょうか!! もうなんなりと好きにしてくだせぇ!」
今けじめって言いかけたような。
えっと……なんだかこっちをきっちりと、そしてしっかりとした熱いまなざしという名の鋭い眼光を突き刺してくる。
完全にこの人はあれだ。あっちの世界に片足突っ込んでる系の人だ。道を極めようとした類の人だ。
直感がそう告げた。
それに何がよろしいでしょうかと問われたところで────
でも、それなら……
「それじゃ、また何か美味しいやつを一杯おねがいします。あれは、自分も車できてるって言わなかったし飲んじゃったのが悪いですからね。でも美味しかったですよ。ヒロさん? は気にしないでください」
「そ、それでいいんですか?」
「言いも悪いもそれで大丈夫ですよ。今度は店主に出したのと同じようなノンアルでお願いしますね」
「は、はい! 寛大なお心遣いありがとうございます! 命を削った一杯つくりやす!!」
なんだか削らなくていいものまで削りそうで怖い。
「あ、えっと……あとすいません。俺の名はハノです。ハノ ヒロツグっていいます
。名乗り遅れてたいへん失礼致しました。適当にヒロと呼んでくだせぇ」
「そうですね。ネームプレートもないですし名前は多少気になっていたところです。自分はシラヌイ ハルヒトって言います。呼びやすい呼び方でいいですよ」
「はい! シラヌイさん!」
再会に始まり、謝罪へと変貌したこの一時をしっかりと車で帰れるよう作るカクテルを見ながら待ち時間をゆったりと過ごすのだった。
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