第11話 再会 1-1

 見慣れた天井。差し込む日の光。


 もげそうな体を起こそうとするも起き上がらなかった。


 第三階層で死にかけるとは思いもよらなかった────


 あの大ガラスと対峙して頑張って戦うがどうにもならず挙句の果てには突然現れた謎のゴーレムにでくわし殺されかける。


 あれは魔物なのだろうか……


 それにしても運がないにも程がないだろうか。


 加えて半ば三竦みだと考えていた状況が蛇と鷲に睨まれたウサギがいじめられるためだけの狩人の宴に化けってのが納得いかない。


 今の例え秀逸だ。


 まだそんな冗談を考えられるだけの余力があるのだから死ぬには程遠いのだろう。きっと……


 けれどあれが本当に3階層の難易度なのだろうか。一般的にみんなが言う難易度があれなんだとしたら探索員のレベルって高すぎないだろうか。


 普通チームを組んで行くところを一人で行っているハンデ。もといデバフがかかっていることを踏まえても難しかったようにも思える。


 結局、スケイルハウンドも狩れずレオボアとカマイタチの素材を持ち帰っただけの探索に終わってしまったのだから第三階層では何もしていないに等しい。


 少し挫折しかけている。


 こんな調子で続けられるのだろうか。


 大宮異界はすんなりと5階層まで行けたというのに大木の異界は

3階層で死にかけている。


 でも、それでも────


「燃えるなぁ……」


 一歩間違えれば死にかけていたにも関わらず懲りない思考に自分でも呆れそうになる。


 探索員になりたてほやほやの最弱新人。立ちはだかるのは未だ誰も踏破したことのない未知の異界。


 きっと……それを越えた時に今までの後悔を覆せるだけの力をつけられるのではないだろうか。


 今だ埋まらない何かを埋める様に俺はあの場所へとまた足を運ぶだろう。


 それが敵わなかったとしても────


 そして叶わない望みがあったとしても────


 決して理に適わなくても挑み続けるのだと思う。


 大木の異界、第三階層を越える難しさをポジティブにとらえ体を休め続けて空が茜色になった頃。


 とりあえず考えても埒が明かないので溜まった素材を売りにFamiliarMarket大宮店へと行くことにした。


 今回はスケイルハウンドの牙やら鱗やらがあるからきっと店主も驚くことだろう。


 身支度と荷物をあらかた風呂敷に包み込み車のエンジンをかけ、お酒は飲まないぞと心に決めた。


────車を降りると冬の寒さが体の痛みを刺激し茜色を通り越した空は真っ黒に染まった。


 キラキラと灯る光。


 あの時見えた景色もこれと似たようなものだっただろうか。


 誰かが作り出した光はどちらも暖かく何かがあったようにも思える。


 町を行き交う人々が段々と鎧や剣、弓なんかを身に着けた人に変わりいつもの通りを越えてわざと古めかしく作った店構えのFamiliarMarket大宮店の木製の扉を開いた。


 がやがやと話声が賑やかな店内。


 ゲームか何かでみたような仕事依頼報告カウンターと酒場に人が集まり今日一日を乗り切った勢いで酒盛りを始めていた。


 忙しそうにお酒を入れるヒロ君を横目に素材買取カウンターへと向う。


 今日は混んでいそうだ。


 素材を渡すべく数人ではあるが列の最後尾に並ぼうとした時だった。


 素材を売り終えただろう5人組の探索員。右腕には日の丸を中心に旭日の印のついた腕章をつけた人達がいた。


 旭日隊の人達だ。腕章の下に弐の文字があり二番隊に所属しているだろうことがわかる。


 調査。もしくは何か事件でもあったのだろうか。


 けれど彼らを見ると悪いことをしていないのに何故か捕まるのではないかという感じに身構えてしまう。


 旭日隊は1番隊から10番隊、調査隊からなる対異界犯罪の取り締まり機関。


 災厄の騒動後、武力を手放すことによる平和は過ぎ去り武力を手に平和を取り戻すため発起した新政府直轄の機関でありながら、その実国家資格を得た有志の探索員が協力し合ってできた組織。


 総隊長のツキシマ ユウシをはじめとした11人の隊長を中心として今日まで数々の魔物と武装集団から日本を守ってきた実績を誇る。


 今目の前にいる弐番隊は関東圏を中心に活動している隊で総隊長のスズキ ミチルは、すれ違う魔物すべてを弐つにしてしまう程の刀の腕前の持ち主だ。


 暗がりに魔物の血を浴びて赤く光る刀の軌跡から『閃血(せんけつ)の姫』なんて呼ばれている。


 そう呼ばれていることに対して本人はとても不服らしい。


 弐番隊で知っていることと言えばこんなことだろう。


 それから弐番隊隊員をちらっと見て何事もなく素材受け取りカウンターの最後尾へと着こうと彼らとすれ違った瞬間。


 左腕を掴まれた。


 え、あれ……え?


 それは声にならずだたひたすらに思考を停止させた。


 ただ腕を掴まれたにしては少し強引な掴まれ方をしている。びっくりを通り越してただ茫然としてしまい状況が飲み込めない。


 そして恐る恐る左腕を掴んだ主を見ると、そこには黒いコートの下に板金の鎧。腰には、その華奢な体に似つかわしくないほどの大きな剣を差した長い黒髪の女性がいた。


 どこか懐かしいような感じのする女性だ。


 だが────


 とても綺麗な人だ。


 腕を掴まれる理由なんて皆目見当もつかず縁も所縁もないはずと思案する。


 思案して人違いだろうと私案に至りどこかぶつかってしまったのであれば少し謝ってなかったことにしようと前に向き直ろった時。


「シラヌイさん……ですよね?!」


 名前を呼ばれた。


 だが記憶をさかのぼる限りこんな人に覚えてもらえるような活躍をした覚えがない。


「えっと、あの……」


 突然のことだったのでおどおどとしてしまう。それに加えて周りの視線が何故かこちらに突き刺さるのだからある意味カマイタチの爪より厄介なのかもしれない。


「よかった。本当に……よかった────」


 なぜか『良かった』と褒めてくるので少し照れ臭い。とりあえずその冗談めいた思考は置き去りにするとして『よかった』とは一体なんだろうか。


 そういえば旭日隊が自分の捜索に大宮異界第5階層まで行っていたのだ。


 もしかしたら彼女ら5人組は、行方不明になってしまった人間を探して今ようやく見つけたのだと思うと、それはそれは安堵の一つや二つするだろう。


 だが、どうだろうか。


 後ろ4人はいざ知らず彼女だけがそれを強く抱いてるようにも見える。


 きっと優しい心の持ち主なのだろう。世界があの日から変わらなかったとしたらきっと虫一匹殺せないような女性だったに違いない。


 であるならば────


「あ! ありがとうございます。あの日、捜索に来てくれた旭日隊の方々ですよね? その経緯については、あの店主から何となくは聞いていますよ」


「リュウさんからお話は聞いているのですね。でもあの日、シラヌイさんが見つからなくて……せっかく生きているってわかったのに本当に死んでしまったのかと思いました」


「はははは……実際のところ生きているのが不思議なくらいですよ」


『せっかく生きているとわかった?』何を話しているのだろう。


 生きているも何もとりあえずは死んではいない。どこか話が嚙み合ってないような気がする。


「なのでシラヌイさん……」


 神妙な顔つきで向かいあった彼女と目が合う。目を合わせ続けているのが少し照れ臭いが状況を把握できずに困惑する。


 そんなことを考えている間、真面目に視線を向けている彼女は続けたのだった。「あの時、助けてくれて本当にありがとうございます」と────

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