第10話 相棒 1-4
振りかぶられる重い石の大剣。その態勢で迫るゴーレムが大ガラスをも巻き込まんとする勢いで横薙ぎを振るい空を斬らせる。
ゴーレムは大きく大剣は長い。
だが、その大きさ故に身を屈めることによりやり過ごすことができた。
次に迫ろうとする大ガラスを横目に捉えたその時だった。
「ワンワン!!」
シロの鳴き声が危険を知らせていた。
通り過ぎた大剣が空を斬る音と供に戻ってきたのだ。身を屈めてやり過ごすことのできないそれは見事に当たってしまう。
圧倒的な力でもって吹っ飛ばされ石の壁に打ち付けられた。
頭の中がおかしくなりそうな衝撃だ。だが幸い石の壁に打ち付けられた所以外は何ともない。
咄嗟に動いた体が刀を盾にする。それから力に逆らわず衝撃を意のままに受け止めたのだった。
きっとあの場で地に足つけて攻撃防いでいたとしたら刀で受けたとしても無事では済まなかっただろう。
幸い。吹っ飛ばされたおかげで奴らと距離を取ることができた。
このまま撤退をする。
一心不乱に走り出す。
「出口、出口は……」
だが、戦いに気を取られていて今いる場所がどこかもわからなかった。
地面を鳴らす足音と羽ばたく音が近づいてくる。
選択肢はない。
迷いながらも走り出す。足を止めるわけにはいかない。
さっきいた場所と平原とを分ける木々の生い茂る場所を通り抜けた時だった。
「ワン!!」
シロが前にいた。
「ワンワン!!」
首を振り上げ前へと走り出す。
まるでついて来いと言っているような素振りで。
ついていくとすぐに見慣れた景色のある場所に辿り着いた。
一番最初に大ガラスと出くわしただろう森へと至る道だ。その森を通り抜けようとする。
もうすぐで出られる。
ここまで来てしまえばあとは二階層に上がるだけだ。大ガラスもあの鎧をまとうゴーレムも追って来てないようだ。
体が痛みだす。
何とか窮地を乗り越えることができたけれど強く壁面に体を打ちつけてしまった時のダメージが今になって響く。
それに加えてぎりぎりでかわした大ガラスの爪が腕に当たっていたらしく血が滲んでいた。
精一杯になると改めて自分の状況も正確にわからなくなってしまうのだと理解する。
さっきから鳴りっぱなしの鼓動が徐々に落ち着いてくるのを感じ周囲にスケイルハウンドがいないかを確かめつつ前に進もうとしたその時だった。
風を切る音が頭上より飛来する。
まずい、早く行かないと。そう気づいた時にはすでに遅かった。
頭上より飛来した音の主は、爆音を轟かせ進もうとしていた場所に激突する。
地面に突き刺さった2本の爪。身体を覆う黒い翼。
大ガラスだった。
獲物は逃がさないとでも言うような目でこちらを睨み地面に深く突き刺さった爪が威力を物語る。
「ワンワン!!!」
シロが大ガラスに向かって吠える。
だが、その足はどこか震えているようにも見えた。怖がっているのだろう。
それも当たり前の話だ。
自分より大きな脅威を目の前にしたとき恐怖を感じないのは命知らずだけがやれることだ。
シロは飼い犬ではなかった。
たまに家に来る保健所に捕まらない野犬もしくはペットショップ脱走犬だ。もしも野生でずっと過ごしていたのだとしたら脅威を前にしたとき必ず逃げるはずだ。
けれど、逃げはせずに立ちはだかるその脅威に向かう。
自分達では抗えないだろう相手に向かって勇気を出して吠えるシロ。
振り上げられた足が確実にシロを狙おうとしている。それでもシロは逃げない。どうして逃げないのか。
一匹だけなら簡単に逃げられただろうに。
このままではシロが斬られてしまう。
どうしたらいいかわからない。どうしたら────
振り下ろされた瞬間、身体が動いた。
「────さあ、もう大丈夫だ!!」
何が? わからない。
奴の大きな爪を受け止めた時に自然とその言葉が出た。
爪を押しのけシロを抱きかかえ走り出す。
「クゥ~ン」
情けない顔をしている。
シロは普通の柴犬だ。異界に連れてきたところでそれは同じだろう。
連れてきたというのは若干語弊がある。ついてきたというのが正しいが、普通に考えてこんな大きな魔物を相手に戦うというのはあり得ない話だ。
スケイルハウンドをごみのように串刺しにする大ガラス。
きっとシロも同じ目にあってしまうだろう。
「よく頑張ったな」
そう言って頭を一撫でして奴と向き直る。
ゆっくりと刀を納め手を添えた。
姿勢を低くしていつでも刀を抜ける態勢で刀から微かな光が零れるのを感じた。
心を澄ませ。
自分の強さを思い出すんだ。生きるための活力だけで戦ってきたのではないことを。
大ガラスがこちらを睨み。舞い上がった。
足を振り上げ重い一撃を食らわすべく飛んでくる。
蛍火が舞い上がる。『守りたい』という強い意思が刀を通して腕に伝わり体を包み込んだ。
大ガラスの迫る爪を横すれすれにかわし。
「天雷一閃(てんらいいっせん)────」
微かにつぶやいた言葉が消えるのと同時に右腕はすでに振られていた。
瞬間、雷鳴が轟き大ガラスの強靭な長い爪が粉砕する。
軌跡にあるもの全てを両断し尾と爪を斬られたカラスは飛び去った。
それを最後に意識が飛んだ────
「ハク! ハク! こっちこっち!!」
手を振る少年が一人。
追いかけるとおいしい何かをくれた。
呼びかける懐かしい少年は、その場に消え。途端に何かが焼ける音と匂いが視界を覆いつくす。
泣き崩れる少年は言う。
「みんな、みんな────」
ただ、ただみることしかできない。
それから刀を握る彼はどこか物悲しく寂しい後ろ姿をしていた。
「ハク……お前は、どこにも行かないでおくれ」
彼は血まみれの刀を地に刺して抱きしめる。
とても暖かくて懐かしい。
友の匂いだった。
────気が付くとゴツゴツした階段に身を預けていた。
「大ガラスは……?」
急いで起き上がり、体の痛みでうずくまる。
背中を打ち付けた個所が痛むのだ。
うずくまっているとシロが近づいてきた。
「ワフワフ!」
何かをつたえるように刀を地面に置いた。
「そうか……」
あの場で気を失った後にシロがここまで引きずって連れてきてくれたらしい。
防具には土がこすれたような痕がありシロの頑張りがうかがえる。
あの場で一人、気を失っていたとしたならスケイルハウンドか何かに息の根を止められていたかもしれない。
「ありがとうな。刀まで持ってきてくれて」
首元を撫でて「クゥーン」と情けなさそうな鳴き声で答えるシロの表情は、どこか満足気だった。
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