第1章 異界探索員
第1話 -駆け出しの探索員- 1-1
ひんやりとした空気が頬を撫でる。
ここは暗がりの洞窟。今ここは洞窟の中だが場所は埼玉県のさいたま市、大宮。
そしてここは大宮異界だ。
先を照らすLED電球が視界をクリアにしてくれるありがたさを感じつつ目の前に現れた脅威について対処しようとしていた。
その脅威へと立ち向かうべく両の腕に握られているのは一振りの刀。
白く美しい真剣。
繊細な造りをしてるように見えて太くたくましい刀剣であるが、素人目からみてもそれが実戦で使うような代物ではなく芸術品として楽しむものではないかと思ってしまう程に透き通るような白さだ。
というと刀には何やら種類があると聞いたことがあるのだが生まれてから刀なんて握ったことなどはない。
刀について知っていることがあるといえば、鞘に納めて勢いよく切り出す居合斬りと学校帰りに剣道部の練習で見た『めん! どー! こて!』ってやつくらいなものだ。
そんな刀に対しての知識が素人レベルの人間が刀を握っている。
そして目の前に相対している脅威というのは人間ではない。
では一体何が目の前に現れているのかと言うと……
魔物と呼ばれる存在だ。
自分の半身には届かないくらいだから少なくとも体高1mはあるのではないだろう大きさ。
8つの足を持ち黒い刺々しい甲殻に身をつつむ。
初めて見た時の身の毛もよだつような感覚を体が忘れてくれないほどのでかい蜘蛛を相手にしている。
公式的に名前が付けられており通称アラネア。
こいつは大きさの割にすばしっこく急に飛びついてきては鋭い牙でかみついてこようとする。
まさに初心者にとってちょうど良い魔物だ。なんて言われているらしい。
幸い噛まれても……ちょいえぐれるくらいで済む。
幸いなのかは疑問であるが、ついこの前噛まれても今のところ体は動いている。
もちろん痛かった……
噛まれたところからの感染症とかは気になりはしたけれど傷が治った今も大丈夫なんだから自分の免疫力に感謝するとしよう。
両者にらみ合いが続き、アラネアが前傾姿勢を取る。
これが前へと飛びかかってくる合図だ。
案の定その体躯に見合わない昆虫的な素早さを披露しつつ一直線に飛んできたアラネアを刀で弾いて受け流す。
これだけの大きさとなると受け流すだけでも相当体を持っていかれそうになる。
崩れそうな姿勢を力いっぱい踏ん張って姿勢を崩さないように態勢を元に戻す。
それから着地した隙のあるアラネアへと上段から刀を「せいあ!!」の掛け声と供に振り下ろした。
振り下ろされた刀はアラネアの腹部と胸部の節部分あたりにヒットするが勢いが足りないのか刃が通らない。
アラネアを守る黒い甲殻が硬いのだ。
そもそも蜘蛛にカニやエビみたいな甲殻があるなんて初めて知る。
現実の蜘蛛は小さいやつしか間近で見たことないから意識なんてしたことないが魔物と地上の生物を比べるのは不毛な話だろう。
結果、刃は通らなかった。ゆるぎない事実だけを直視するとして、ここで諦めるほどメンタルを持っているわけではない。
通らなくても殴ったようなダメージがあるらしくアラネアは、腹を地面に打ち付けるように弾んで怯んだ。
その隙を逃さず追い打ちをかけるように何度も刀を振り下ろす。
振り下ろして、振り下ろして、振り下ろした。
ようやくお腹の節に一閃、入った所でアラネアは動かなくなっていた。
アラネアが絶命したのを感じ、にじみ出た緑色の体液まみれの刀をタオルで拭う。
小さな勝利は少しの余韻をもたらし荒れた呼吸を整えながら倒したアラネアを見つめた。
「ようやく一匹倒せた……」
こうして、一匹の魔物の討伐が終了する。
ミッションコンプリートだ。
心の中で安っぽいファンファーレが鳴り響く気がする。
けれど魔物を倒して終了というわけではない。
アラネアは、節毎にカニのような硬い甲殻が身をまもっているのだが、これが防具を作ったり武器を作ったりする上で売り物になる。
進んだ人類の科学技術をもってすればそんなもの必要ないはずだ。カラッと揚げて唐揚げにでもしてしまえばいいのかもしれない。
けれどそうしない理由がある。ただ単純にゲテモノ臭がするわけではなく必要になった理由は至ってシンプルだ。
ガトリング砲やミサイル、レーザー兵器等々……今日まで人を効率よく殺し兵器を如何に無力化するまで試行錯誤を練られた兵器達。近現代問わず古代に至るまでの武器。
それら近代兵器が魔物に効きずらかったのだ。
倒せなくはない。だだ、倒すことができない魔物もいたのだ。
その出鱈目で不合理と不条理極まりない事実は、少し森を歩けばネコ科の動物に蹂躙されていた時代に戻ったような恐怖に人類を陥れる。
なんてどこかのブログ記事にあった言葉で語るが、それだけ人類は、魔物を前に無力になってしまっていたのだった。
けど、一つの光明になった事実があった。
それは皮肉にも魔物が多数存在する異界の存在だった。
異界に出現する魔物をなんとかして倒して得た素材や鉱石、木材といった素材で作った防具と武器が不思議なことに魔物を効率よく倒せる唯一の方法だったのだ。
異界の物でつくった武器や防具を使うと魔物を簡単に倒せるようになる。
それが人類が魔物に打ち勝つための一つの転換点となったのは間違いない。
それから魔物や異界で採れた素材を元に多種多様な武器、防具が作られるようになっていったのだった。
だからこうして、今日も魔物を倒して解体し素材を得る。
そんなこんなで魔物を解体する。自分の命を守るため今日の稼ぎを得るために。
ところどころふさふさとしている毛が気持ち悪い。頭部に並ぶ4つの目が黒光りしている。
蜘蛛の目って4つだったかどうかは覚えてないが少し気持ち悪い。とりあえずそれは置いといて甲殻、腹部も外して余すところなく売り物に変える。
最初にこれをしたときは全身鳥肌まみれで、もうやりたくないと何度も思った。
でも、人というのは不思議で、こんなグロテスクなものをずっと見続けていたら…だんだん慣れてきてしまうのだ。
解体自体は刀と一緒に持っている脇差でちょいちょいちょいっと節ごとに切れ込みを入れそれぞれを引きはがし乾かす。
そして持ってきたリュックへと入れて持ち帰る。
一つ100円から200円の間で売れるのだからまとめてアラネアを倒して解体すれば良い収入源になるのが、この異界のうまみポイントだ。
今のところの稼ぎというと、アラネアの甲殻4つで最低400円、足の甲殻は一つ10円くらいで80円。占めて480円は稼げたと思う。
後は、素材の品質を見て判断される。
今日の収入は、アラネア3匹分で「1400円くらいか……」
「少ないなぁ……」
世間では一攫千金の夢のある場所と揶揄されるが溜息が零れる。
現実は、いつだって甘くはない。
どうしてこんな有様なのか。疑問に思うのもなんだか疲れるがアラネアは基本的に集団で動いている。
3~4匹、多くて5~6匹の集団で、この異界を徘徊していることが多い。
だから倒せない。
一匹にこれだけの時間をかけているんだから……2匹でもやっとだし、3匹なんて無理をしなければ厳しい。
集団を見てはそっと後ずさり。一匹を見かけては『よっしゃ!今日の得物だ!!』といった具合に駆けて行く小物感あふれる自分がとても情けない。
「そろそろ、17時か」一日中、ここ大宮異界を歩き回って稼いだ金額が1400円。
時給には直したくないのが正直なところ。
アラネアの甲殻を入れたリュックはスカスカで持ち運ぶのに苦労はしない。そんな物悲しい鞄を背負って地上を目指した。
階層状の来た道を戻って地上まで上がるのは、そこそこ疲れる。
ワープしたりセーブポイントでもあれば楽なのにって思うけど、そんなネコ型ロボットも真っ青になれる道具やシステムは存在しない。
けれど、決められた場所に転移できる不思議な現象があるのは最近判明したらしい。それも異界の不思議な所だ。
なんでも、今まで謎だった異界へ入場したところの脇にある少し広い場所があるのだけれど、地面には謎の模様が描かれていて25階層を突破した異界探索員が、後日謎の模様が描かれている部屋へと転んで入ってしまったところ光に包まれて消えたという事件があった。
事件は、しばらくして消えた異界探索員が戻ることによって収まるのだが、以前探索した25階層の場所へと転移できることが発覚した。
そこまで行っていた時間を短縮できるのはでかいけど、同じ模様の書かれた地面のある広場へとしか転移できない。今も理屈について研究されているけれど、まったくもってつかめていないらしい。
まあ、1階層から4階層まで来て息を切らしている駆け出しには、無縁の話なんだろうな。
階層を上がったり、降りたりする時。石畳でできた、いかにもそれらしい階段がある。
それが、各階層を繋いでいて階層が変わった瞬間はわかりやすい。
そんな階段がないこともあるみたいだけど階層を降りた時は、なんだかよくわからない感覚に襲われる。
いまいちぴんとはこないけど、階層が変わったんだなっていう感覚だ。一度経験すると2度はないので初めて訪れた場所は、そういう感覚に陥る。
4階層から1階層まで広い洞窟の景色やほかの異界探索員が魔物を倒しているところを横目に地上へと上がった。
1階層から地上に出ると鉄格子、大きな鉄の重い扉。そして横には赤色のランプのついたタッチパネルが存在する。
そこに自分の証明写真の入った探索員証明カードをかざすのだ。
対魔物討伐許可異界探索員証 No.05454649
氏名:白縫 春人(しらぬい はるひと)
生年月日:1999.03.25 年齢:26歳
初級探索員 届出武器:刀、小刀等
探索員になった時に支給された異界探索員証明カードをかざし「ピコン!」なんて軽い効果音と供に赤いランプが青色に変わり外の空気が入ってくるのを感じる。
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