第3話 初仕事 1-4

 突然の大きな衝撃。


 暗がりを懸命に照らす光は土煙を映し出し何が起きたのかわからない。しかし、うっすらとその先に見える大きな体が今まで戦ってきた奴とは違うということを肌で感じさせてくる。


 大きく土煙が太く長い脚に払いのけられ奴の姿が見えた。


 足の先は槍状で口元に飛び出た歯がカニのハサミのようになっている。


 目は4つ、頭部から腹部にかけての歪な黒色と紫色の唐草模様のような体色が危険な魔物であることを物語るように棘のある外殻で覆われ突き立てた8本の鋭い足先は地面に突き刺さり重みで沈んでいる。


 そして、奴は小さな人間たちが徒党を組んで挑んでくる様をあざ笑うように喉を鳴らした。


 聞いていた話と違う。


 予想以上に大きい。全長10mくらい言っていたが全然違う……20mは余裕であるんじゃないだろうか。


 やつの巨体を前に皆一様に立ちすくむ。


 そこへ慌てて槍を構えようとしたカイトは大蜘蛛の前で槍を落としてしまった。


 まずい。


 今一番近い場所にいるのは彼らカイトチームだ。キョウタは長剣を構えるも攻めあぐねており何もできないでいる。


 後ろにいる弓士と長剣士の女性2人も同様だ。


 ランサアラネアレギーナは叫ぶ。目の前で武器を取りこぼした絶好の得物を逃すまいと身を乗り出す。


『助けなくちゃ────』


 思わぬ巨体へ震える手で刀を構えようとしたその時、隣を勢いよく過ぎ去る二つの影があった。


 その影は二手に分かれ盾を前に抜いた剣を銀色に輝かせ大蜘蛛から繰り出された鋭い脚の突きを弾き返した。


「皆構えろ!! ケイ、さっきの巻き込まれた人はいたか?」


 我先にとカケルが飛び出したのだ。


「大丈夫だ。今のところ皆問題ない」状況を探るように周りを見つつランサアラネアとの距離を一定に保って弓士ケイは弓を射て牽制する。


「よし、シン! ケイ! 補助を頼む」


「わかった────」

「はいよ!」


 短剣を引き抜きすっと大蜘蛛の左足方向へと回り込むシンと右足方向へと距離をとるケイ。


「皆大丈夫だ。こいつはただ大きいだけだ! 動きを見ろ! 当たらなければ取るに足らない攻撃だ! 前衛は決して臆すな! 自分の中の臆病が顔を出した瞬間、奴はそこを狙う。カイトチームは予定通り左側面、ナオトチームも予定通りだ。その後適宜戦線離脱の報告を頼むぞ!」


「了解!!」

「了解です!!」


 カケルが手早く指示を出し大蜘蛛、ランサ・アラネア・レギーナとの初のレイド戦が始まった。


 前で槍のように突き出してくる脚を捌き切るカケル。


 ナオトチームとカイトチームもそれぞれ側面から攻撃を加えていく。しかし、長剣は奴の甲殻に弾かれ槍の攻撃もうまく通らない。


 大蜘蛛の足先は標的を変えに変えて皆を翻弄する。


 カツノリやキョウタ、長剣を持つ女性剣士がナオトとカイトを援護するべく回り込むと大蜘蛛もただ見ているだけでなく旋回して暴れることで囲まれないよう対処してきた。


────だめだ、なにをしていいのかわからない。


 なんとかして側面に取り入って攻撃を加えようとするも鋭く勢いの乗った足先に弾かれてしまい手も足も出ない。


 盾剣士のナオトと長剣を持ったカツノリは前で応戦している。弓士のタカラも中距離で弓矢をつがえて射るタイミングをうかがっている。


 そして正面を抑えている盾剣士のカケルが何度かやつの前足を防ぎ切った時、大蜘蛛は後ろ脚で勢いをつける動作をした。


「来るぞ!! 当たるなよ!! みんな一旦離脱だ! 奴が壁にぶつかったら一気に矢を射ろ!」とカケル。


 何度も地面を抉る足音が反響する。そして勢いの乗った突進で壁へと衝突する。


 タカラやカイトチームの弓士が矢を射て追い打ちをかけていく次の瞬間、杖を構えたミナが前に手をかざす。


「ステイティム・フラーマ!」


 幾何学模様に展開された赤い線は円を描き、その中心より赤い炎の玉が大蜘蛛めがけ飛んでいく。


「魔法だ」


 ぼそっと呟いたのは隣にいたナオトだった。まるでハトが豆鉄砲を食らったような表情をその場にいた誰もが作る。


 各自の持つ照明器具よりも明るく周囲を照らす炎の線は、とても幻想的な光景を生み出した。


 魔法なんて初めて見る。


 それに身近に本当に魔法が使える人がいるだなんて思わなかった。


 でもそれっぽい杖を持ってるし、ひょっとしたらあの人って魔法を使えるんじゃ?なんて思ってはいたが、いざ間近で本物の魔法を見せられるとやっぱりあっけにとられる。


 飛んでいく赤い軌跡は、ランサアラネアレギーナへとぶつかった瞬間大きく爆発し燃え上がった。


「はぁ……カケル今よ!!」


「ナイスだミナ!! よし! 前衛は一気に叩きこめぇ!!」


 やばい、魔法に見とれている場合じゃない。カケルの掛け声とともに前衛に立った者は一斉に大蜘蛛を囲んで攻撃を仕掛けた。


 硬度が高いと思われた脚の甲殻は次第に脆くなり、緑色の体液が滲みだす。


 大蜘蛛は足を槍のように使い囲んだ探索員を牽制したりしてやりすごすが、次から次へと繰り出される攻撃を受けながら追い詰められていく。


「よし! みんな、あと一息だ!!」とカケルの一声でめいいっぱい武器を振り下ろす。


「案外、楽に終わりそうだな」とキョウタが長剣を奴の甲殻へと見舞う。


「初のレイドバトルにしてはあっさりしてるけどいい経験だったな!」


 そんな終わってもいない戦いを振り返るようにカイト。


 そして繰り出される足の攻撃を防いでカイトが腹部へと槍を突き立て、そこへ自分もなんとか攻撃に加わろうと前へ出た瞬間。


「くぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 大蜘蛛より、とてつもない音量で発せられた鳴き声が洞窟中に響く。


 近くにいた者は耳を抑え強烈な鳴き声から耳を守る。爆音が治まった瞬間に奴は勢いよく上へと跳ね上がった。


「み、皆退け────」


 あの巨体を飛び上がらせるだけの力を秘めてるとは思えない足で5mは優に飛んだだろう。


 そして、皆が取り囲んでいた場所へと落ちた。


 土煙が舞う。その場で踏ん張りなんとか大蜘蛛が落ちた衝撃から身を守るが何人か吹っ飛ばされたようだった。


 今がどういう状況なのかがよくわからない。


 だが、今この一瞬でやつの何かが変わった。ボロボロになった体からは言いえぬ闘志を感じさせ命の最期を燃やし尽くさん勢いで迫る。


 その突進の直線状にはフードを目深にかぶる長剣使いの女性がいた。しかし、吹っ飛ばされた彼女は何とか起き上がろうとするもうまく立てないでいる。


 このままではまずい。どうにか────どうにかしないとと考えている最中。


「くっそぉおおおおお!!!!!」と大声を出して前へ出るカケル。


 そして女性を軌道から逸らしてはねられた。


「「カケル!!!」」


 ミナはカケルの元へと行く。しかし、大蜘蛛の暴れっぷりは止まない。前へと立った盾剣士のナオトもあっけなく弾かれてしまい手が出せない。


 カケルはミナに言う。


「目論見が外れた。────頼むなんとかして……」


「わかった。ここに残してはいかない。立てる?」


「ああ、なんとか……」


 何もできない。どうしたらいいかわからない。


 それなのに……


 その間ケイが周りをまとめて攻撃の支持を出していた。


 今なおランサアラネアレギーナの前では何度も叩き合い、避け合い、防ぎ合う戦闘が繰り広げられている。


 不慣れな戦場で前へ出て戦うカイトとナオト。必死にカバーに入るメンバー。


 どうしたらいいのかわからない。だが、急いで前へ出てナオト達へと駆け寄って先頭に参加しようとした時、大蜘蛛の突きでナオトがここまで飛ばされてきた。


「ナオト! 大丈夫か?!」カツノリがこちらを見てから大蜘蛛を引き付ける。


「ああ、なんとか……ごめん!」とナオトは立ち上がろうとした。しかし、うまく立てずにうずくまってしまった。


「だ、大丈夫ですか?!」


「大丈夫……だ。少し腹に重いのを喰らったが幸い防具は貫通していない……しかし、やつの攻撃は勢いを増すばかりだ。俺たちだけでどうにかなるような奴じゃない」


「はねられたカケルさんの容態は…………」


 後ろを見る彼は、周りを見渡す。しかし、何かを探すように再度周りを見る。


「なぁ、カケルさん達は今どこに?」


 後ろを見ると先ほどまでいたカケルさんとミナさんがいなかった。いや、ケイさんとシンさんは……


 見渡しても先ほどまで補助に徹していた二人も見当たらない。


「シラヌイさんだったっか。さっきまでいたカケルさん達は?」


「さっきまで後ろに……」


 いや、まて今どこかで休んできっと態勢を立て直しているに違いない。


 けれど、待てども探しても見つからず今回のレイドを率いた4人はどこかへと消えてしまった。前で応戦する皆は、手一杯でそれどころじゃない。


「まさか────」


「畜生!! 見捨てられた」言葉を遮るようにナオト。


 激しさを増した大蜘蛛の攻撃で防戦一方になり炎の魔法を喰らおうとも致命傷には至ってないようで勝ち筋が見えない状況だった。


 加えて、ここは大蜘蛛のテリトリーのような場所。


 マップではこの広い空間が、ただただ広がっているだけで入り口以外の出口はなく。帰るには元来た道を引き返すしかない。


 つまり、通りがかった探索員に助けてもらったりする可能性は限りなく0に近い。通りがかるとするなら、調査に来た行政の異界観測員か運が良ければ旭日隊が────


「うああああああああ!! 足が!! 足があああ!!」


 カツノリが足を抱えて地面に倒れ込む。


「カツ!!!」


 大蜘蛛の攻撃は止む気配はなく。無慈悲に鋭い足先が彼に襲い掛かろうとしたがカイトの盾でもって防がれた。


「なんとか後ろへ!!」


 タカラがナオトを戦線から引き離し遠くへとなんとか運ぶ。


「カツ!! しっかりして!! 包帯と消毒!! 血が! 血が」


「ぬあああ、痛てぇ!」


 処置をするタカラ、そして周りを見てようやく気づく。


「ねえ……カケルさん達は?!」


 ナオトは俯く。

「カケル達は逃げた。俺たちを置いて」


「嘘だろ?! 痛てぇえ! タカラもう少し」


「ねぇ────私達見捨てられたの?!」

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