第3話 初仕事 1-5
その声を聞き前線で戦っているカイト達にも動揺が走った。
「おい! いつだ。いつからいなくなったんだ?!」
前線を支えるカイトが必死に状況を整理しようとする。
「ねぇ、ナコを助けて大蜘蛛に撥ねられた時じゃない?! ナコは何か知らない?!」カイトとキョウタの斜め後ろをキープしつつ大蜘蛛を狙う女性が矢をつがえながら言う。
ナコと呼ばれるキョウタとはまた違う感じの長剣を手にしている女性は、おどおどとしながらもなんとか言葉を出そうとした。
「え、えっと……私、カケルさんに助けられて……それで……カケルさんとミナさんが後ろで怪我の処置をするって言ってて────」
「おいおい!! 話してる場合じゃねぇぞ!! 奴の勢いが止まらねぇ!! おまえら!! まだ動けるだろ!! 動ける奴は手伝え!!」
キョウタは長剣をかざして、いっぱいいっぱいになりながらも大蜘蛛の足を受け止めては流してを繰り返していく。
なんとか堪えているように見える彼らであるが、カイトのしっかりとした盾はボロボロになりキョウタの持っている長剣も刃こぼれが激しくなっていた。
「けど、カツが……」迷うナオト。
「カツがじゃねぇよ!! もうジリ貧なんだよ!! このままじゃ全滅すっぞ!」
「う……うんでも!、私──」
弓士のタカラが何かを言いかけたその時だった。
「だから!!────」
よそ見をしたキョウタ。大蜘蛛が足を振り上げ勢いよく弾かれてしまう。
「ぬあ! っく……くそぉあ……」
大きく飛ばされ壁へと背中を打ち付けた。
「キョウタ!! ぬああああああ!!!」
「「カイト!!!!」」
その一瞬の隙を突くように大蜘蛛はカイトを狙い槍で何とか対応するも突き飛ばされ転がりこんでしまう。
その瞬間、地面を鳴らす突進の合図が響いた。
たまらずカイトチームの弓使いが走り出す。なんとか起き上がろうとキョウタも震える足で立ち上がった。
やばい。なんとかしないと……見てるだけじゃだめだ。なにも、なにもできないなんて────
『呼吸を整えて』
ふと聞こえた言葉。どこか懐かしさを感じる。その言葉を合図に刀を再度強く握るが息は荒い。
「呼吸を整えろ」
反響する雑音が遠のく。
目を閉じて揺れ動いた灯が軌跡を描くのが見えた。すると確かな自信が心の中に湧きあがった。
あの巨大な蜘蛛に立ち向かうのは怖い。
怖いけどここで戦わないと後悔する。さっきまで必死でなんとかしようとしたけどだめだったのに────
だめだったけど、やらなくちゃ何も始まらない。
そうだ。
あの時もこんな感じだった。けれどこんなに必死になる必要なんてあるのか?
そもそも今日会ったばっかりで何も知らない人達だ。
戦闘にうまく参加できないのであれば足を引っ張るだけなんだし……逃げ出せばいいんじゃないか。
きっと見捨てたって文句は言われない。
自分の命は大事だ。異界は地上と違って未だ法律の届かない世界が広がっている側面がある。
あらゆる犯罪がはびこっていて取り締まることは難しく犯人は行方を異界に眩ませることなんてざらだなんてことを聞く。
そして被害者は泣き寝入りを余儀なくされるなんてニュースもある。
技術や今日まで培われた人類のすべてを凌駕するだけの夢のある異界。魔物から身を守る術を磨け守りたいものを守れるだけの力を与えてくれる。
それによって救われる人々は数多いのも事実。
しかし、その反面。犯罪の温床にもなっている悲しい現実。
自分の命に危険があるから見捨てたって、それはしょうがないことなんだ……しょうがないことなんだ。
だけど……死なせたくない。弱い自分を変えるために探索員になったんだ。
助けたい。
ここに集まった人たちは今日限りの他人であるかもしれない。
だけど、みんな生きている。そしてそれぞれに大切な人がいる。安全に帰りを待つ家族もいるだろう。
そんな人達が悲しむのは、嫌だ。
足が動く。前へと────そして、強く踏み込んだ。
「おい! うっぐ……防具無し!! やめておけ!!!」
雑音を取り払え、敵の行動を読め。
『生きているものが何かを成す時おのずとその初動は限られる』ふと聞いたことのないはずの言葉が頭の中を過った。
大蜘蛛の突進の姿勢から前のめりになりカイトへと走り込もうとする。
そして大蜘蛛の真横まで来て腹部に一突き入れた。
一直線に伸びた突きは以外にもすんなりと入りそのまま斬り上げる。
「くぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
再び爆音で発せられた鳴き声が洞窟中に反響する。
次の瞬間大蜘蛛から何か今までにない攻撃が繰り出されるような気がして咄嗟に後ろへと足を滑らせる。
これは直感だ。特に根拠のないような予測が大蜘蛛の次の動きを眼前に映し出す。
「来る!!」
大蜘蛛は3本ある足の偶数本をめいっぱい伸ばし、その場で風を巻き上げる様に回転したのだ。
それを後方へ飛び攻撃を回避する。
彼の仲間たちはその隙にとカイトを後方へと引き上げる。
手が震える。足がすくみそうになる。鼓動は加速し、いつ命を落とすかわからない恐怖が全身を襲う。
冷や汗が止まらない。
握りしめた刀が震え奴の回転の勢いが徐々に収まった時、はっきりと目が合い異界の硬い岩をもえぐるだけの強度を誇る槍のような足先がこちらへ勢いよく向けられた。
大蜘蛛の右脚から来る刺突攻撃を紙一重で避け自分の態勢が崩れたところを大蜘蛛の左脚が容赦なく攻めてくる。
しかし、その攻めを刀で受け流して対処する。
思考では追いつけない程に速い。考えるより速く戦況は目まぐるしく変わる。
考えるな。
頭の出来なんてよくない凡人が切り抜けられるような戦いはここにはない。
知覚するより速く動け。
敵の体の動きを見て反射的に予測しろ。
集中するんだ。
集中が途切れた時、即ちそれは死を意味する。
割れかけた甲殻から緑色の体液が流れ体を怒りの色で染めあげる大蜘蛛。
そして、脚先より巻き上げられた何かが目にかかった。
「?! しまった────」
咄嗟に刀を盾のようにし、奴の足先をガードする。間一髪串刺しは免れたが大きく後方へと飛ばされ岩に強く叩きつけられた。
息がうまくできない。背中と脇腹を打ち付け転がる。
白黒と世界が暗転した。
「おい…………おい!! 大丈夫か?!」
誰かの声が聞こえる。
「かなり飛ばされてたぞ。いやいや、それよりもやばい! 奴がこっちへ突進しにくる!!」
「みんな! 一か所に固まっちゃだめだ! 分散して!」
大蜘蛛の突進が皆を襲う。分散して避けるも大蜘蛛はカツノリを執拗に襲おうとする。
「カケルさん達は、どこへ行ったんだ?!」
「わからない。私を助けてそのあと……」
「話してないで助け────」
大蜘蛛の足先を必死になって避けるカイト。何度か足先を弾いては負傷したところを庇いながら逃げ回る。
「さっきまでそこにいたケイさんとシンさんもいないんだよ!!」
「どうしたら……どうしたらいいの?!」
不安に駆られる声が聞こえる。
うまくできなかった呼吸はしばらくして正常になりつつあるがまだうまく立てない。
「みんな落ち着け!!! カイトさん!」
そうみんなの声に届けたのはナオトだった。
カイトは長剣でなんとか大蜘蛛の前足を受けては逃げ、受けては逃げと繰り返し彼は必死に答える。
「なんだ?!!!」
「まだやれるか?!」
「んなわけない!!────」間一髪足先の攻撃を避けるが切られた痕から血が滲んでいる。
「後ろから攻撃を仕掛ける!! もう少し頼む!」
「ああああ!!! 早くしろぉお!」
「わかった!! カイトさん! それと茶髪の君! それともう一人のナコさんかな!」
「は、はい!!」
ナコが返事をする。しかし、茶髪の君と呼ばれただろうキョウタが反応してどこか不満げにつっかかった。
「茶髪の君ってなんだ? 俺はキョウタってんだ。さっきからお前役に────」
「す、すみません。なんでしょうかナオトさん!!」とナコがキョウタの発言を鞘で小突く。
「今カイトさんが大蜘蛛の攻撃を受け持ってます。その間奴の背中はがら空きで、しかもミナさんの魔法で傷ついてる……なのでそこを突きましょう!」
「チャンスは今ですね。キョウタ君! やるよ!」
「ちぇ! 釈然としねぇ」
「ここにいる三人でやります。倒しきれるかどうかわからない。多分無理だと思う。その間に他の人は離脱をお願いします。タカラ! なんとか動けない人を連れて先導してくれ!」
「うん、わかった。絶対生きて帰ってきてね」
「ああ!」
一行は、二手に分かれる。カツノリにタカラが肩を貸す。カイトチームの弓士が護衛し出口へと向かった。
大蜘蛛はその瞬間を見逃さず突進しようと前傾姿勢を取るが
「せいああああああああ!!」
大声を出し前に立つカイトが大蜘蛛の体に槍を叩きつける。
「いまだ!!」とナオトに続きキョウタとナコが続き大蜘蛛の背を一斉に攻撃し始めた。
大蜘蛛の咆哮が木霊し暴れ狂う。動くたびに重量で足先の地面がえぐれ体を回転させた。
そしてカツノリは、距離をとって息をあげながらその場に座り込む。
3人は打ち込む。ありったけの力で大蜘蛛を殺すべく長剣を振るい。何度も割れかけた甲殻に叩きこんだ。
しかし、そんな状況も長くは続かなかった。先にキョウタは負傷し、ナコが大蜘蛛のターゲットになった瞬間大きく弾き飛ばされた。
加えてナオトは、攻撃を受けるも大蜘蛛の後ろ脚に強打され気を失う。
最悪な状況となってしまった。
「!! ナオトさん!!! くっそぉぉおおおおおおお!!! 俺はあきらめねぇ!! 絶対に絶対に諦めねぇぞぉおおお!!!!」
その時だ。歪む意識の中、『あきらめない』その言葉に呼応するように刀を杖に立ち上がる。
「行かなくちゃ────」
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