第3話 初仕事 1-3

 入場すると空気が変わる。


 ドア1枚隔てて遠く離れた外国へと急に来てしまったような感覚に近い気がするがいつもの異界へ入った合図だ。


 この地上の環境と異なる気配が緊張を呼び起こす。


 第5階層のランサアラネアレギーナ討伐にあたり目的地へ最短距離で向かうことになった。


 道中アラネアに遭遇しつつも順調に先へと進んで行く。倒したアラネアは放置され解体の作業すらする時間もなかった。


 とてももったいない……


 遭遇するアラネアを秒で片付けていく面々。


 するともう1つの駆け出しのチームメンバーだろうか。その1人が徐々にこちらへと歩調を合わせてくる。


 眼つきが少し悪く近寄りがたい印象を持つ長剣を持った革装備の男だ。


 革装備と言ってもいろいろある。今行動を供にしているナオトたちは恐らくスケイル・ハウンドの革鎧だ。一部鱗もついており頑丈そうな印象を受ける。


 一方今、近づいてきた男の革装備は……わからない。鱗がついているというより普通の革鎧のような印象を受けるが異界素材のものだろう。


 あまり関わり合いにはならないように一番後ろにいたはずなのだけれど、一人だけだと微妙だしちょうど4人だからとナオトたちのチームに半分混ざるような形で歩いていたのだが……


 革装備の男は、近くに来てじろじろとこちらを見る。


「よぉ! 装備はわすれてきたん?」


 第一声がこれだ。

 お金入ったら少なくとも胸当てとか買おう。この問で改めて決心をする。


「お、お金がなくて買えなくて……私服で探索してます」


 さあ、挙動不審になった。堂々とできない自分を呪いたい。


「まじかよ! いるところにはいるんだなぁそういう人。でなんでお金ないの?」


「いや、まぁ……ちょっと無職というかそれが長かったというか……」


「無職か! あはは!! まあ、そりゃない訳だな」


「ま、まあね」


「それにしては……その様子じゃ刀もうまく使えないだろ。俺が使ってやってもいいんだぜ?」


「いや、それは────」


 だるく絡まれてる中、このよくわからない長剣使いのチームメンバーだろう一人がこちらに気づいてやってきた。


 見た目は厳つい。プレート仕込みの鎧で前線に立って魔物とやり合ってるであろう装備の槍と盾を装備した長身の男だった。


 耳や鼻のピアスと赤茶色に染まった髪。


 あー。またなんか来たと思わざる負えないような印象の人が近づいてくる。


「こらこらキョウタ! まーたなんか困らせることしてるんだろ?」


 ダルがらみをしてくる長剣使いの名前はキョウタというらしい。


「いやいや、してねぇし! なんでこれからレイド戦なのに防具もっていないんですか?って質問してただけだから困らせることしてねぇし。な?」


 な? とか言われても現に困ってたと言えば困ってたから……な?


 言い返せるはずもなく心の中で呟いた。


 しかし、印象こそあまりよくなかったもののまともな人で良かった。人は見た目で判断できないというものだ。


 そして盾と槍の武器を背負っている長身の男は身長を半分にするくらいの勢いで頭を下げて言う。


 いくらなんでもそこまで頭を下げなくてもと思わなくもない勢いで少し身じろぐ。


「すみません。こいつってがさつっていうか無礼な奴なんで──俺は、クマシロ カイトって言います。同じ依頼を受ける仲間としてよろしくお願いします」


「いえいえ、大丈夫です。自分はシラヌイ ハルヒトって言いますので……こちらこそよろしくです」


 まあ、元はと言えば異界探索で身を守るのに必須で誰もがそろえてから探索する。その誰もが揃えるものを持ってない自分が悪いのですから……


「っけ!」と長剣使いのキョウタは吐き捨てる様にその場からチームメンバーのいるところに戻って行った。


「ああ……すいません。気にしないでください。いつもああなんで」


「大丈夫ですよ。あの、お互い……がんばりましょ!」

 

 恐らく長身の槍盾使いはリーダーなのだろう。あれをまとめたりしなくちゃいけないのかと思うとリーダーというのは大変だ。


────大宮異界、第5階層。


 探索は順調に進みいよいよランサ・アラネア・レギーナのいる第5階層へと突入した。


 初めての階層であるため、階層を降りたという感触を感じつつ歩いていく。


 4階層までは市で管理される設置されたLED証明があったが5階層からはそれがない。


 光の差さない暗闇に包まれた洞窟で各々が照明になる懐中電灯やらランプやらを取り出した。


 現在、公式で公開されてる地図を手に取り場所を確認すると現在は地図上で西南西部分。


 大まかにいうと左下の入り組んだ場所にいるみたいだ。


 地形は険しく急な坂道やごつごつとした岩が行く手を阻む。ついていくだけで精一杯だ。


 先頭を進む10層から20層を探索してるっていう人たちは、すいすい進んで行く。


 この依頼に誘ってくれたミナって人はとても動きずらそうな恰好なのに涼しい顔をして通るんだから探索経験の差を感じる。


 それに歩きずらい中でもしっかりとアラネアは現れる。


 長剣と盾を装備した今回のレイドのリーダー。カケルは、地形が変わろうとどんな立ち位置でも何のそのといった具合に剣を振るい次々とアラネアを倒していく。


 自分の刀であそこまでできるのかな。今は無理だけどいつかは出来たらいいな。


 敵に囲まれ刀を振るい一閃。


『っふ……遅い』とか言っちゃったり……けれどその台詞は言われる方なきがしてきた。


 せいぜい必死になって戦ってどうしよもないくらいにボロボロになりながら最後に運悪く死ぬ。


 なんて未来にならないように頑張るしかないんだけどさ。


 できれば勝ちたい。でもそんな敗けてしまうような未来が見えてしまうくらいかっこいい物と無縁である自分を呪いたい。


 先輩方の力に見とれながらようやく大きな空間が広がる場所に辿り着く。


 地図で言うと最北端にある大きな空洞にいるみたいだ。


 洞窟は広く。水がところどころ雨水のようにたまっては流れを繰り返している。


「さて情報によれば、ここからランサアラネアレギーナのテリトリーに入る。出現個体は一匹、複数いる情報は今までない。ランサアラネアレギーナは、大型のアラネアと思って差し支えない。全長15m、体高10m程度。鋭く硬い足先やハサミのついた前足なんかで攻撃してくる。あとは、圧倒的な重量に任せた体当たりなんかが攻撃パターンだ。よって作戦はこうだ。まず俺らが先行して奴の正面を抑える。新人たちはその間側面から攻撃を仕掛けてほしい。それでだ。どっちがどの方向から攻めるかを話し合ってほしい」


 この場には4チーム(ボッチチーム込み)がいることになる。


 長剣盾使いのカケル率いる引率チームと盾剣士ナオト率いる3人のチーム。


 そしてさっき絡んできた長剣士のキョウタと長身の盾槍使いのカイト率いる4人チーム。


 カイトのチームのあとの二人はフードを目深にして背に剣を背負った長髪の女性と軽装で弓矢を持った女性だ。


 そうなんだよな。


 異界で身体能力の上昇を加味すると女性と男性の力の差がなくなってくるのが異界の不思議な所。


 だから、女性が自身の身長を超えるような剣を持ってたりしていても不思議じゃない。


 弓矢じゃなくて剣や斧、槍で戦っていても非力さは感じられない。


 どういう仕組みで身体能力ってあがっているんだろうか……解明しようと研究に乗り出してるところの記事を読んだことはあるけど未だ不明みたいだ。


 二つのチームリーダーのナオトとカイトは話合った結果。


 ナオトチームは左側面、カイトチームは右側面から攻撃をすることになった。


 ボッチチームは、数合わせのためナオトチームに配属される。


「ま、この作戦は、前回討伐から3カ月くらいに出現するランサ・アラネア・レギーナ討伐恒例の作戦だ。それで、それぞれのチームの盾役がやつのヘイトを請け負うことになるが無理だと思ったら退いて構わない。その時は俺がしっかり前に出てカバーするし短剣を持ってるシンと弓士のケイがみんなのカバーをするから安心してくれ」


「おう。安心して攻防に専念してなぁ」と弓士のケイ。

「……」シンは何も言わず遠くを見る様に暗闇を見ている。


「そして、奴の攻撃パターンというのがある。アラネアでいうと飛びつきだな。パターンは全部で2つ。一つは突進だ。これは単調で突進をする前に後ろ脚で勢いをつける特徴がある。比較的避けやすいだろう。二つ目は、槍のような鋭い前足による突きだ。これは素早く避けるのは難しい。前衛の皆はこの関門を突破できるかが攻略のカギとなる。以上がランサアラネアレギーナに関する攻撃の前情報だ。パターンは少ないがどれも巨体の威力が乗るため十分注意するように、ここまでの作戦と奴の攻撃手段について何か質問のある人はいるか?」


 反響音が幻想的で石が転がる音が響いては静寂に消えを繰り返す。


 そんな沈黙の中で仲間内で互いの顔を見合わせたカケル。


 「さあ、行くぞ!」と意気揚々と広い洞窟に足を踏み入れた。


 暗がりを照らす淡い光たちは、広い暗闇の中を少しずつ慎重に進んで行く。


 それぞれが初めてのレイド戦。


 大きな魔物と戦うことが前提な戦いに緊張感を抱きながら平地ではなくごつごつとした岩場を歩いていく。


 10分程道なき道を進んで行くと先ほどまでと違った異変が皆の足を止めた。

 

「近い……」


 そっと静かにつぶやいたカケルの一言だ。なのに皆の耳に届く。


 微かに聞こえる人の物ではない足音が皆の緊張を高まらせていた。


 しかし、その音源の主はいない。


 見渡しても一面真っ暗で見通しが悪い。

 けれど何もいないというのは何となくわかった。


 ただただ、反響する異音だけが不気味に木霊している。しばらくしてその異音が消えた時、風を切る音が聞こえた。


「皆!! 後ろへ!!!」


 一瞬だった。

一生懸命その場から離れる。


 離れるのと同時にとてつもない地響きと爆音が耳をつんざき心臓を叩いた。

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