第3話 初仕事 1-2
大宮異界前の広場。
明治初期にでも流行ったような装飾の街灯の下には3人の異界探索員がいた。
さて、彼ら彼女らがきっとこのランサアラネアレギーナ討伐に集ったであろうチームの面々なのではないだろうか。
しばらくそうなのか。そうでないのか。と思案しうろつく不審者ハルヒト。
せっかくチームを組むのだ。わからないってだけであいさつをおろそかにしてしまってはきっと心象も悪い。ならばここは勇気を振り絞って────
「こ、ここん、こんにちは! こ、ここは、ランサ・アラネア・レギーナ討伐依頼で集まった感じですか?」
ちょっと挙動不審に話しかけてしまった。いや大いに不審者になった。
その呼びかけに対してチームのリーダー核らしき男。少し見上げるだけの背丈で剣と金属と木材で作られた盾をリュックと供に背負う探索員が答えてくれた。
「ええ、そうですけどあなたも募集であつまった方……ですか?」
「はい! 白縫 春人(シラヌイ ハルヒト)って言います。よろしくお願いします!」
「これは丁寧に俺は石附 那音(イシヅキ ナオト)っていいます。気軽にナオトでいいですよ」
その自己紹介の後に彼の背に隠れているような姿勢で小柄な女性が話す。
「ナオト。この人も……でかい蜘蛛討伐参加の人?」
女性は短い弓と矢筒とナイフを腰に差しナオトと同じ革装備の胸当てと左手に金属製の手甲の装備をして気だるげな眼をしていた。
「ほら、タカラも挨拶!」
ナオトが背を押して前に弓矢を持つ探索員を前に出す。
「あぁ……大園 寳(オオゾノ タカラ)です。よろしく……」
「よ、よろしくおねがいします」
ちょこんっと挨拶をしてすぐに盾剣士ナオトの後ろに隠れた弓使い。その様子を見てナオトが笑顔を浮かべて弁明する。
「こいつ、昔からこうなんです。気にしないでくださいね」
「あ、はい」
「そうだなぁ、タカラのその人見知り症ももうちょっと良くなってくれたらな」
そう言ながら前に出てきたのは、長剣を持った男の探索員だ。
「カツは、もっと繊細になるべき。だって知らない人と話すなんてよくわからないじゃん」
「まあ、そうだけど、わからなくってもそこはニュアンスでいいんだよ。ニュアンスで!ってことで俺は、七々原 勝矩(ナナハラ カツノリ)っていうんだ。このナオトとタカラの三人でチームを組んでる。前線を支えるタンクだ。よろしくな! シラヌイさん」
これまた同じ革鎧で盾剣士のナオトよりはあまり背丈はないもののがっちりした体系だ。タンクだと自称するだけのことはありそうな風格でどこか優しそうな顔立ちをしている。
一言でいうならいい人っぽい。
「よろしくお願いします!」
しかし、街灯付近に集まってる人数が3人だけとは少ない。少なくとも3~4チームの合同と聞いていたのでてっきり15人か20人ぐらいで討伐に行くのだろうか。
周りを見渡してもそれっぽいようなそうでないような探索員がチームごとに固まっている。
一通り挨拶を終えてこれまた挙動不審に回りを見るハルヒトは勇気を出して問うのだった。
「あの……他にこの依頼で待ってる人っているのでしょうか?」
「ああ、あっちにいる4人も今回一緒になったチームなんですけど……」
そう言いかけた盾剣士ナオト。おもむろにこちらを見ては何か言いたげであるが言葉が見つからないでいる様子。
そんなナオトを見かねてか「一つ聞いていいですか?」とついにカツノリが切り出した。
「は、はい。どうぞ?」
「まあ、他意はないんだが気を悪くしないでほしいんだけど……なんで防具つけてないんだ?」
ああ、やっぱりそこ気になりますよね。
どこかのチームに参加しようとして断られる代表的な理由の一つ。
防具無しはお断り。
わかる。
だって自分の身を守るための武具一つも身に着けてないド素人が命を賭けた戦地へと一緒に行くわけで……そりゃ一人が足を引っ張ればみんな総崩れになりかねないし……尚更と思う。
だけど、そろえたくてもそろえられないし切実にお金がない。
防具の無い今は修業時代ということで涙をおいしく飲んで行くしかない世知辛い世の中なのだ。
だからシンプルに理由を告げる。
「理由は……シンプルにお金がないだけなんです」
「そうか……ま、詳しくは聞かないよ。自分の命は自分で守るのが探索員の暗黙の了解だ。助けられる範囲では助けるけど、それ以上は無理だ。何かあった時はすまないが力になれないかもしれない」
なるほど何かあった時は見捨てる宣言だ。
いや、別にいいんです。見捨てられても防具ついてない哀れな初心者探索員ですからね。
「それで、構いません。呪うのは自分の懐事情ですから……」
「まぁ……なんだ。こうは言ったが俺としてはあんたを応援したいとも思ってるのも事実だ。正直なところ異界なんて怖い場所に何もつけずに行くんだから勇気あるよ。お互いに頑張ろうな!」
「はい!」
そこへぼそっと弓使いのタカラ。
「お金ないなら組合に────」
そう言いかけた言葉を遮り先ほどこの依頼に誘ってくれたミナと短い剣を複数腰に差した身軽そうな装備の男。重そうな長剣と盾を持ち甲冑を着込んだ男。弓と矢筒を腰に装備した男の4人が現れ「はい! 注目!!」と前に出た。
そしてリーダー核らしき長剣盾持ちのごつい男が話を始める。
「まず先にランサ・アラネア・レギーナ討伐戦のため、ここに集まってくれてありがとう! 俺は、引率を務めるチームのリーダー、眞下 翔琉(マシタ カケル)だ。この依頼は駆け出しの殻を破る絶好の機会だと思う」
透き通るような声で話し始める彼は、どこかとても頼もしいような……そんな雰囲気を感じさせてくる。
「異界探索員として中層に上がり、そこでうまく稼げるようになってようやく一人前なんて言われる厳しい世界だ。けれど今日はそこに至るまでの経験の糧としてほしい。そして、これが今回の前金で支払われる電子マネーチャージの小切手だ。申請人数分で等分してあるから1人1枚貰うように」
一人一人、手渡しで電子マネーをチャージできる四角いカードで何かが印字された前金の小切手をもらった。
小切手なんて初めてもらうからなんだか緊張する。
カードの但し書きには期間内に最寄の仲介施設か銀行、郵便局で異界探索員証明証を提示するとチャージされている額を受け取ることができるのだそうだ。
金額とかは書かれていないが発行年月日と依頼番号の数字が刻印されている。
貴重品なので財布の中へとしまって各々が準備万端という雰囲気になった。
「貰ってない人はいないか? もう人数分しか持ってないから無いと言われても困るが……さて、依頼遂行のためこれから大宮異界第5階層の傾斜地帯まで移動する。一度5階層へと到着した時に詳しい作戦内容について説明するから、それまでしっかりと着いてきてくれ! では異界へと入場しよう!!」
「「「「おう!」」」と各々で音頭をとって盛り上がる。
周りを見渡すときっと一回り年齢が若いだろう人達ばかりで少し肩身が狭い。多分、お酒の味もあまり知らない18歳から20歳くらいの子達で構成されているのかな。
自分も十分にお酒を知ってるわけではないけれど……
最初に話しかけた盾剣士のナオトも大学生くらいだ。
他の2人も同い年といった感じがする。今どきは探索員を育てるための学校もあると聞くから、そこで卒業して一緒に探索員になったメンバーといったところだろうか。
同じ境遇をわかちあう仲間や同い年の友達がいるって結構心強いだろうな……
さて一回り年上の新兵は無理しない程度にがんばって若い子たちの活躍を見守るとしようじゃないか。
こういう時、なぜか精神的におっさんになれるんだけどどういう心理効果なんだろう。
ここで一番考えなくちゃいけないのは足を引っ張らないことなんだと心の奥底にしまい込み一人一人、探索員カードをタッチパネルへとかざして異界へと入場していく。
ずっしりとした重い扉が開き全員が入場するのを待ってからゆっくりと閉まった。
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