第12話 探索員の試合 1-2
戦闘が長引いてる。
そう言うのは語弊があるだろう。
なんとか凌げている。いや、未だ敗けてないと言った方が正しい。
だが、どうだろうか。
敗けしか見えないような状況なんていくらでも異界には転がってる。この前のゴーレムだってそうだろう。
運よく切り抜けたに過ぎない。現にサユキも撤退を視野に入れていた。
もしも。
シロが襲われて動けなかったら────
あの状況でサユキが倒れてたら────
逃げるわけない。逃げるわけには絶対にいかない。
これは何れ来る対人戦闘の模擬練習。躊躇なんていらない。本番は敗けた方が全てを奪われる。
────地面を蹴ろ。
異界よりはるかに蹴りやすい地面。コンクリートが滑り止めの役割を果たし足運びは楽に進む。
前面に出た盾。
咄嗟に構えたように見えたそれは不意をついて出てきたものだった。
この盾を正面から突破するのが無理なら押しどければいいだけの話。
一か八か全体重を左腕の先に乗せ抜刀────
柄頭が盾にぶち当たり甲高い音と供にアサヒの防御が解けた。
「マジかよ!」
「はぁあああ!!」
一瞬出来た隙に刃を通す。
しかし、その軌跡は相手の刃でもって相殺されぶつかり合った。
────ここで下がれば振り出しに戻る。
ならばと殺された勢いを逆に利用して体を捻り打ち込む。
一撃、二撃と刃と盾、刃と刃がぶつかる連撃。後退からの攻め、交錯する剣撃をすれすれでかわしつくった隙に刃を打ち込むも叩きつぶされを繰り返す。
そして、かわした剣の後に迫る盾に視線が集中した時。
視界が逆転し剣を振り下ろされる瞬間が訪れた。
刀は────間に合わない。
逃げる────足は地についてない。
地に着いたと同時に迫る剣。
『ああ、ここで終わるのか』そう感じた刹那に蛍火が湧く。刀がまだ終わっていないと言っていた。
そして互いにガラスがはじけるような音がした。
しかし、ここで俺の記憶は途切れた。
────日の光。
穏やかな風にのった焦げ付いた匂いが戦の終わりを告げていた。
先頭に立つ男がにやりと笑う。
茜色の剣が鼠色の短剣に変わり懐にしまわれる。何度見ても不思議な短剣だ。
「いつかは、この戦いもこんな風に終わるんだろうな」
その男は言った。もう何度目かもわからない台詞に対して「終わればいいけどさ」と言っているのは横たわっている自分だった。
片手には白く美しい見慣れた刀。
朝焼けに染まる空が何とも清々しい。
「はは! 終わるさ」
朝焼けを見つめる一人の影がそう答える。
すると近くから足音が聞こえる。それぞれが瓦礫をかき分けたり踏み分けたりしながら集まる。
「ここも制圧だね!」
弓と鎖につながれた短剣を4本腰に差す。金色の長い髪は綺麗に結っている女性。
「今、悪魔避けの碑を建ててます。これでしばらくは持つでしょう」
月に光の紋様が書かれた服。修道女のような姿の空色の長い髪の娘が藍色の細い杖に祈りをささげ、ひとりでに動く岩の前にいた。
そして岩は一本の十字の柱となる。
その十字の柱の前に深々と石のフードをかぶった細長い剣を持つ者の像が建つ。
「さあ、行こうか!」
立ち上がる。
12人の影と供に────
────「……上が……」
誰かが叫んでる。
「立ち…………」
違う呼んでいる?
「立ち上がって────」
ふっと上体を起こした瞬間何かとおでこがぶつかった。
「ぐにゅあ!」
とても痛い。
目覚めると倉庫のような部屋にいた。少し埃臭いような感じのする場所だ。
けれどいつも嗅ぎなれているようなそんな場所。
耳をすませると賑わいを見せる店の音と店主の濁声が聞こえる。
どうやらファミリマの倉庫の中のようだ。
「……っくぅぅぅぅ」
場所がわかりホッとしたところでプルプルと震えている人が目の前に一人。
「いきなり起き上がるとは……予想外」
「す、すみません?」
いや、まてよ。なんで起き上がるとぶつかるような位置に顔が?
「結構あなた石頭ですよね。でもま、いいですよ。私も不注意でした。うなされてるからどうしたものかと思ってみていれば……あなたと話すのは初めてでしたね」
「ああ。店主の助手の────」
すると彼女はいきなり声をあげた。
「じょ! しゅ!!……それも良いですねぇ。響きだけだけど。でも私は助手じゃないのですよ! ファミリマの正社員であるところの異界遺物鑑定士────を目指しているバイト」
『バイトかい!』と突っ込みたくなるのを我慢する。薄暗くいまいち把握は出来ないが目の前にいるのは丸眼鏡をかけた首元まで伸ばしてそろえた髪型。
ボブカットというのだろうか。
不思議な感じのする女性だった。
「よ、よろしく。俺は」
「いや、あなたの話は何となく聞いてます」
行方不明の一件もあるし多少有名になっちゃっているのだろうかと思いつつ彼女は続けた。
「全裸で異界に刀を振り回しに行く死にたがり野郎────」
「ちょ、それ誰が?!」
「あ……お口はウサギさんで」
「ウサギ?! いやいやいや。だれが言ったか多少検討は付くけれども!」
「あ、そうなんだ。毎日虫の皮拾って一人で喜んでるって噂もかねがね……それでうちの店の前で盛大にやってくれてましたがお体は大丈夫です?」
「あの?! それも店主が?」
「いや、お客」
「客かぁい……地味に傷つきますよそれ」
「事実を言ってるだけだから、いちいち気にしてたらきりがないぞ? いい? 事実を言っているだけで特に不自然な事じゃないのです。事実だからね?」
とりあえずほぼ初対面なのにもかかわらずどこかぐいぐい来る話のテンポについていけなさそうな感じはあるが弁明したい。
たとえそれが事実であったとしてもだ。
「あの事実って言葉を連呼しないでいただきたい……とりあえず体は特に何ともないですね。剣とかもろに食らっても大丈夫なのはなんだか不思議な気分ですが」
「耐衝石をつかった試合は最近流行ってるからね。でも効果時間がきれた瞬間はダイレクトに入るから気を付けなくちゃいけない。何ともないならいいけどね」
「ありがとうございます……」
「礼ならリュウさんに言って。お姫様抱っこでここまでつれてきてくれたんだから」
「まじっすか……」
「人生初のお姫様抱っこ?」
「そんなことを聞いてどうするんすか」
「いや、人生初のお姫様抱っこをはげた筋骨隆々の中年男性に持ってかれる青年の気持ちが知りだいだけ」
「いい趣味してますね!!」
「人生楽しく。暗いものとはおさらばさ。がモットーだからね。なんともないなら行くといいですよ。試合の結果はどうであれ状況を見るに敗けたのはわかりますし」
そうだ。敗けたんだ。
どうしよもなかった。
賭けの結果でいえばサユキとはチームを組まないという約束だ。
「はぁ」なんていっちょ前にため息が出る。
どう……断るか。
チームメンバーを作るとか出過ぎた目標だったのだろうか。
イズオ アサヒと行っただろうか。彼の言う通り異界にはいろいろな出来事がある。
良いことも悪いことも。
そんな中で仲間を失うことだってある。
それを守れるか。助けられるか。
その責任を果たせるだけの強さが俺にはないって至極当たり前な現実を。事実をまじまじとたたきつけられた。
「んー。弐番隊のアサヒに戦いを挑むなんて君も肝がすわってるというかなんというか。そう気を落とすなよ。旭日隊はそれだけ死線を潜り抜けた猛者が集まっているんだからさ。ね?」
「聞くことは変なのばかりでしたけど優しいですね」
「よせよせ。褒めても素材の値上げ交渉には応じないからな? 変ってなんだ」
「俺じゃチームメンバーを作ったところで守れない。作る資格なんてなかったんだ。それがわかっただけでもいい試合だったよ」
「ほほう。君は阿呆か何かか?」
「敗けた自分には何とも言えないですよ」
「一回敗けたくらいで何落ち込んでるんだい? 全裸で刀を振り回す死にたがり野郎って言われるくらいだからてっきりメンタル超合金だと思っていたけどナイーブなんだな」
「全裸じゃないですよ」
「そこだけ否定するなよ。とりあえず駆け出しの探索員が誰かを守るとかそんな自惚れは捨てることだね」
「まあ……ね。力がなくて敗けた俺が何かを言えたものじゃないけどさ」
「旭日隊は寄せ集めの集団とはいえ人を魔物や異界犯罪の手から人々を守るって理念というか目標みたいなのがあるから偏ってるんだ。それに君はどちらかというと守られる側って感じだしね」
「わかってはいるつもりですよ。でも結局無駄な努力だったのかなって」
「何を落ち込んでるのか知らないけど、みんなそんな悩みは抱えているもんさ」
「俺は……」
「新政府になってから政府自体が自衛目的で異界探索員になるのを勧めているし海外じゃ政府主導で異界の力を得た兵士を作るのに躍起になってるって話だしね」
「今、そんな風になってるんですね」
「まあね。だからそんな中でどうしても犠牲者が出るのは当たり前の話なんだよ。だからって行動しないと、またあの日みたいにたくさん人が死ぬ」
ああ、そうだ。だから俺も刀を────
「経済も異界ビジネスで大きく変わった世の中じゃね。だからまずは強くなるためにその過程で死なないためにチームを作るのさ。そして強くなったら……守って行けばいいんだよ」
「そうか。強くなって」
「守ればいいだけの簡単な話」
こんなことをまさか教えられるなんて思いもよらなかった。強くなる過程で死なないためにチームを作るか……
「なんか……すっきりしたよ」
「よくわからないけど特にまとまった話はしてないよ。でも何かを得たなら金払え! 受講料2000万円ローンも可」
「そんな金のある人間に見える? でもその台詞どこかで」
「懐かしいでしょ? 昔見たアニメだ。甲斐性なしってのはなんとなくわかるから安心して」
「失礼だけど歳いくつ?」
「もう17だ。立派な大人の女性」
「まだ子供じゃないか」
「子供言うな! お酒の味は知ってるよ?」
「飲んだことあるんすか?」
「夢の中でな」
試合に負けて誰かとチームを組む資格すらなかったんだと思った。けれど、女子高生に教えてもらうことになるとは思わなかった。
「そういえば名前は?」
「ネームプレートあるじゃん。って作業着置いてきてた。私はカノ メイ。流離の鑑定士メイちゃんって通り名がつく予定だ。気安くメイちゃんって呼ぶなよ?」
「じゃあカノさん」
「固い。メイちゃんって呼べ」
「お、おう。今日はありがとう。俺は行くよ」
「おう。達者でな!」
「メイちゃんもね」
「そうだ。君の名前は?」
「俺はシラヌイ ハルヒト。メイちゃんのプラス10歳年上だからシラヌイさんって敬って呼んでください」
「なれなれしい! 嫌に決まってるでしょうハルヒト」
「あ、そっすか」
それから店主に店の前でドンパチしたことを謝ってお礼を言って店を後にした。
さて、少しでも敗けないために強くなるぞ。なんてまた柄にもなくそう硬く心に決めた日になった。
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