第13話 肉球になでられて

 決して手を抜いていたわけではない。


 刀のリーチは短い。


 魔物との戦闘においてどうしよもないくらい接近してしまう。


 それが故にリーチの長い大剣、槍、弓といった武器が主流だ。


 そのリーチの長さを重視した結果。


 探索員の中には銃を使う輩もいるがコストが高く一撃で仕留めるには下層にもなると不十分すぎるくらいに役に立たなくなってくる。


 その点弓矢の場合は回収してリサイクルもできメンテナンスが容易で異界素材で作ったものや工夫を凝らされたものが多いため人気だ。


 それ故に剣や短剣を扱うには扱う者に力量が求められる。


 まして高い切れ味が売りの刀は刃こぼれしたら終わってしまう。


 一部の化け物が扱うのを除いて対魔物に対して不人気極まりない武器だ。


 初手の殺傷能力に関して以外の話ではあるが……

 

 だから最初の様子見はともかくとして手を抜いたはずはない。


 それだけは確かなはずだった。


 こういうことをしていると俺が一体何をしているのかがわからなくなる。こんなことをするような柄ではないはずなのに。


 暗がりの車の中。静かにいる運転手とすっと無駄に透き通るような声で助手席にいる奴は言った。


「ここまでくるとまあ、いろいろとままならないものですよね。アサヒ君からみて彼はどうでしたか?」


「はぁ……俺はこういうの好きじゃないが。あんたがマークしてるだけはあるだろうな。まさか俺と相打ちに……引き分けになるとは思わなかったさ。あとに気絶しちまいはしたが」


「ははは。そうですか。そうでしたか。あなたはあなたで取られたくないって顔をしてるように見えましたからねぇ。ちょうどいいのでは?」


「……そろそろあんたらの狙いを教えてもらってもいいんじゃないか?  駆け出しの探索員なんて山ほどいるだろうに」


「私も把握しきれない秘密事項は多いのですよ────であるからして悪しからず。全てはあるべき秩序のために」


 3年前。ちょうどそのころからだ。


『すべてはあるべき秩序のために』


 この男、ケンダが頭角を現すようになり、こんなセリフが流行ってきていた。



────その日の夜、俺は寝る間も惜しんで異界へと入った。


「敗けたくない」


 コンクリートの地面とうって変わって蹴りずらい異界の地面。


 後続するは、なぜか見守ってくれる白い柴犬。


 そして大木の異界第6階層にいた。


 ダンゴムシだけしかいないと思っていた第6階層であったが、奥地へと足を踏み入れると次第に日の差さない空間へと出る。


 ゆらりと煌めく謎の白い光が周囲を照らし4階層や3階層で見た木々が森をつくっていた。


 ここも、それなりに広い。


 草をかき分け現れたのはスケイルハウンドだった。


 待ち伏せていたという感じではないだろう。たまたま出くわし奴の爪が頬をかすめる。


 うまくいかない。


 さっきの戦いやファミリマのカノとの話に感化されたせいか気持ちだけが前へ出る。


 強くなればいい。


 それはいつだ。


 すぐにでもなりたい。


 だが、なんのために強くなる。


 大切なものを守りたい。


 その大切なものはあるのか。


 誰もいない。


 敗けて何もなくなった────


 いや、もともとそういうものはなかった。


「あぁ、こうやってまた一つ命を無駄に踏み台にして戦うんだろうか」


 カマイタチにくらべ目にも止まる速度のスケイルハウンドの首元へとすれ違い様に切っ先が突き刺さり息の根が止まる瞬間を見届ける。


 その隙に横からもう一匹来るのをシロの唸る声で察知。


 刀で貫いた亡骸を叩きつけて一歩、そして次の一歩を踏み込んで二匹目の首が宙を舞った。


 静かに戦闘は終わる。


 大切なものか────


「そうだよな。シロがいたな」


「へっへっへっへっへ!! くぅ~ん?」


 近づいて首を傾げるシロにそっとシロのモフモフに顔を埋めようとした。


 ぽんっと肉球がおでこにおかれ拒否される。


「おい、ここでおあずけってありか?」


「……」


 シロは何も言わない。


「考えてもしょうがないか」


「わふ」


 とことことふさふさの草の上で丸くなるシロ。考えてみればもう日付も跨いでいる。


 シロも考えてもしょうがないというような面持ちで目を閉じている姿を見ると背中にのしかかった何かが吹っ切れたような気分になった。


「もうとっくに寝てる時間なのについてきてくれたんだな」


 ちらりとこちらを見るシロ。


『そうだぞ。お腹減ったぞ』


「そうか。ありがとうな」


『腹減った。ご飯の時間だ』


「なんだか。すっきりしたよ」


『そうか。良かったな。ところで飯はまだか?』


「帰るか」


 その日もまっすぐと5階層から1階層を抜けて無事に家に辿り着く。


 次の日、シロはなんだかご機嫌斜めだった理由に気づくのは後日の話。


────明くる日も異界へ通い続けた。


 サユキからの通知が届く。『次の日、何日か予定が空いたから行けます!』との内容だった。


 しかし、『ちょっとチームに誘われたのでそっちへ行ってきます。すみません』としょうもない嘘をついてしまう。


『どこの異界ですか?』『どこの階層です?』『あの異界って少し探索が────』といろいろ苦しい質問攻めにあった。


 なんとかごまかしつつやり過ごすと異界での探索のコツなども教えてもらいとても心が痛い。


 しかし、こんな嘘をつかなくてはならないのだろうか。


 正直に試合で敗けたからと言った方がいいのだろうか。


 だが、正直に話してしまったらあっちのチームでの不仲につながったりとかするのだろうか。


 なんだかんだで本人のやりたいようにするのが一番だが、サユキの優しさに甘えるわけにもいかないのもまた事実だろう。


 いらない心配だろうか。


 などと異界探索の道中ちまちま考えつづけている。


 こんなことを考えながら1階層、2階層、3階層と歩いて行くのだから余裕になったものだ。


 あれ以来3階層でカラス型の魔物も見ていないしゴーレムとも出くわしていない。


 あの2匹と出会わなければ特に大した階層でもないため一人考え事をしながら夕暮れじみた光景の3階層を歩いて行くのはなんだか心に来る。


 そして、ダンゴムシとスケイルハウンドが湧く6階層を抜け7階層。


 洞窟のような風景の階層は変わらず出て来る魔物も大して変わりはせずスケイルハウンドとダンゴムシのような魔物。


 そしてレオボアが2~3匹とまとまって現れるようになった。


 レオボアの集団はかなり厄介であったがなんとか切り抜けて先へ進むと。


「アー、アー、アー」


 そんな不気味な鳴き声が聞こえた。


 うっすらと仄かな光が照らされる7階層に『アー、アー、アー』と低音でリズムよく鳴く魔物。


 広くドーム状の場所。


 その場所を通らない限り先へと進めない経路になっており、その魔物の近くを通らなければならない。


 シロも唸っており確実に敵対してくる魔物だとわかる。


 とりあえず、あいつの視界にこちらが入っているはずなのに何の反応も示さないのがこの部屋へ入るのを躊躇させる。


 暗がりの中うっすらと目の部分が黄色に光り、体は浅黒い体毛に覆われ人型をしている。


 そして首から上がなんと狼に似た姿をしていた。


 アーという度に鋭い牙がちらりと見える。


「まるで人狼?」


 しかし、人を襲う程の体躯の良さそうな人狼のイメージとは裏腹にとても貧相な体をしている。


 異界はいつも常識外れ。この前のダンゴムシにしろ1階層で出会ったカマイタチにしろうかつに手を出すのは危険だ。


 反応がないのならこのまま外周を行けば良いのではないかと考えシロと顔を見合わせて一歩、また一歩とその部屋に足を踏み入れた瞬間、奇声があがった。


「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 反響するそれは耳をつんざくほどの勢いで鳴り響く。


 耳を覆い。シロも前足で頭を抱えている。


 そして、その音が止んだと同時に人狼は、目の前にいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る