第8話 なぜ登るのか 1-2
ということで山登り開始だ。
とはいうものの山というには崖。こんな絶壁を登った経験なんてものはない。
この絶壁を登ってみようという決意をして初日は周囲に第3階層へと降りる道がないことを確認して次の日。
登る準備をした。
自分でもよくわからない。異界へ来て登山をすることに────
案外、山は高い。多分……そもそも第二階層が広くて大きさをよく把握できていない。
さすがに命綱なしに高さ……多分100m? いやわからない。
ある程度登って落ちたら死んでしまうようなロッククライミングはとても危険なのでファミリアマーケット大宮店で登山用品を何本かのレオボアの牙を代償に買った。
命綱を通す杭と長いロープ。
何かを成し遂げようとするとき必ず代償が必要であるというのを実感する。
店主からは「おいおい、異界の次は登山家にでもなるのかい?」って聞かれた。
「まあ、そんなところですよ」
そんなところではない────
登るべく上を見れば天国下を見れば地獄。どっちも死ぬことにかわりないと気づいた時人は案外吹っ切れる物だった。
登山をする決意を固めて3日目。
道中現れるカマイタチとレオボアもだんだん狩り慣れてきたところだ。
毎回足を踏み入れる度にまりもが増えてる気がする。
1日目に後ろについてきたマリモ達は10匹くらいで2日目にはこころなしかそれより1.5倍くらい増えていた。
増えたとしても何もしてこないマリモのことはさておき登ると決意した絶壁はとても大きかった。
そして買ってきた杭を壁に対し垂直に突き立て脇差の柄頭で叩いて刺していく。
こんなことをしてしまっては脇差がもったいないだろうかと思ったが思いのほか頑丈で傷一つついてないので良しとした。
なんてとても懐に優しい脇差なのだろう。思えば一度も研がなくても切れ味は変わらず切っ先も刃こぼれ一つしていない。
きっと神社に祭られる刀というのはとてつもない名刀を使うものなのだろう。
神社に祀られる脇差を杭を刺す金槌代わりにして3日目。
神からの天罰をもらった。
手足、腰、背中の普段使わないような筋肉の筋肉痛で動けず家から出られなかった。
「ロッククライミング恐るべし……」
罰当たりロッククライミング4日目。
夏休み、風邪をひいて休みを謳歌したい気持ちを抑えられず外へ出る様にまだ体が痛いが登りたい衝動に駆られて家を出た。
そんな状態で第二階層へと向かう。
マリモ達は明らかに増えていた。振り向けばマリモパレードと言っても過言ではないほどに。
赤い目が程よく森の中でアクセントを出している。きっとこれがエレクトリカルパレードというやつだ。
そんなバカなことを考えてないで登山だ。いやロッククライミングだ。
一つ一つ安全に進むためにピンを刺して体重をかけても抜けないようにしっかりと奥まで刺し込む。
丈夫なロープを一番最初の杭に引っかけて次の杭に通していく。これを続けていきながら登っていく。
登っていく毎に体が軋む。最初は腕があがらなくなるまでの筋肉痛に襲われ背中は疲労でいっぱいになり腕も足も痛くなった。
5日目、10分の3ぐらいまでのところまで命綱を取り付ける所まできた。そこそこ高い。
達成感がそこそこあれど恐怖感が心をわしづかみにする。
振り向けば天国のような絶景。下を向けば地獄。どっちも死者か亡者になるような気分を届けるロッククライミングだ。
ここまでで大体30mくらいだろうか。素人目線の手作業で取り付けたこの命綱が心もとない。
6日目。
とうとう新品の装備がファミリアマーケット大宮店に届いたという知らせを聞きつけたので取りに行った。
ぱっぱっぱ!と手早く新しく着た装備に試着室で袖を通す。
鎖帷子をまず着る。そしてその上に備え付けられる黒い甲殻の胴当てを身に着け肩当、手甲、腰当、脛当ての順に取り付けていく。
そして買っておいた探索員用のブーツが似合う。
それからそれぞれの甲殻を締めているベルトをしっかりと固定し刀を納めるフォルスター付きのベルトを巻いた。
完璧だ。
装備が様になるとここまで気持ちが変わるものなのかと驚く。最後に額当てをバンダナのように取り付け準備完了。
さあ、落ち武者スタイルの出来上がりだ。
製作者曰く和をモチーフにした探索員装備だそうだ。
「日本の兜の動きやすいような感じで、ちょうどあんちゃんも刀を使うだろう? それも加味して選んだんだぜ?」
店主にご厚意痛み入る。
痛み入るが……これはどこからどう見ても落ち武者を連想させるような……
黒い甲殻は元々凹凸のある棘のような外見だ。鎧のように肩の物は重ねられていたとしても見た目はうまい具合に綺麗には整えられていない。
しかし、加工と固定のおかげで着心地は抜群だ。
下地の鎖帷子、鎧を取り付けたら今までにない防具をつけているというような重さを味わう。
よくわからないがここで異界探索員になったんだと実感した。
落ち武者ではあるがとてもぴったりだ。
そして、新しい防具に身を包み第一階層。
ポカンとしたような無表情の子カマイタチが草と草がこすれる音をたてて近づいてくる。
「来る」
そう感じ取った時には一歩遅かった。
いや、一歩速かったというべきだろう。斬り上げる動作はカマイタチにあてるには遠く、距離を見誤った。
カマイタチとの戦闘は常に予測が強いられる。
素早く動く相手の体がどの方向を向いてどういった姿勢でいるかを感じ次に動く方向とスピードをなんとなくの裁量で読んで攻撃を加える。
だがどうだろう。
防具を着込み安全対策ができたはいいが、今度は防具を着た上での動きに慣れていない。
カマイタチの爪が触れそうになる。
その時心の中でこう思った。
『ふっふっふ、馬鹿め。幾度となく味わい煮え湯をがぶのみさせられたその痛み……今回は味わうことなどないだろう。なぜなら!! 今の俺には初めて買った初任給手取り並みの頑丈な防具があるのだから────』
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
初任給手取り並みではどうやら子カマイタチの爪からの激痛はまもってくれなかった。
新しい防具を身につけながらの戦闘は思いのほか慣れるのは速かった。動きが鈍るなら新たに調節すればいい。
こちらの動きはどうあがいても子カマイタチを越えることなどできないのだから、あとは調節して敵の動きとこちらの動きのリズムを合わせるだけだ。
さあ、ここからが本題だ。
新しい防具で挑むロッククライミングはまた違う。
そのおかげかうまく進めずにいた。そして事は起きた。一瞬の出来事だった。
フワッとしたような感覚に襲われたのだ。
『え、どうして?』なんて言う暇もなく足を滑らせたのだ。
地面が見える。命綱を寄せようとするも手から離れたロープ。外れてしまったつなぎ目。
もう駄目だった。
高さは多分50mくらい。頑張れば助かるだろうか。刀を岩に突き立ててみようとするも落下時の回転速度を上げるだけだった。
今までの記憶が沸き起こる。昔あった出来事、家族と過ごした思い出。一人で遊んでたあの日々。
いやこれは余計だ。
これで終わるのか。あっけないその終わりと一緒にもう開くことがないだろう目を閉じた。
終わってもよかったんだ。
「くくくくくくくっくっくっくくっくぅ!!」
鳴き声がしたのは自分の意識が遠のく時だった。
目が覚めるとそこは崖周りだけ木々の生えない草むらに体を預けていた。体が痛い。腕と足を軽く打ち付けたようだ。
確か、上から落ちて……何故か助かっている。
見上げる程高い場所から落ちたというのに何故か生きている。
命綱を設置した箇所まで戻ってみると、緑色の抜け毛が落ちているのが見えた。まさかと振り向くも周りには何もいない。
そういえば落ちた瞬間、あのまりもの鳴き声がしたような────助けてくれたんだ。
理由はわからない。なぜか、あのまりもは助けてくれた。
優しい……難易度。なのだろう1~5階層でなかったら死んでいたところだった。
足と手が震える。間一髪のところで助けられた。
草むらにごろりと寝転ぶ。生きているんだと実感し今日のとこは帰ることにした。
あれから、家に戻っては登りに行って家に戻っては登りに行ってを繰り返した。そして、とうとう頂きが見えてきた。
この第2階層は広い。
鬱蒼と茂る森にぽつんと切りたつ山。敵対する魔物はおらず落ちた時に助けてくれる優しいまりもの存在。
とても不思議な階層だった。
そして……ついに登った。到着した。
山の頂きには黄色い大きな果実のなる木があった。抱えるほどの大きな果実。
そうか。
まりもはきっと果実と勘違いしてキャッチしてくれたのだろう。
この柔らかい果実をひとつ、頑張って刀で斬り取り崖から落としてみると緑色のざわざわが集まったのが見えた。
「なるほど──」
そして点になった黄色い果実は森へと消えた。変わった生態系だ。大きな黄色い果実の成る木のそばに下へと続く人工的な石畳の階段が見える。
第3階層へと続く場所がこんなところにあるのは一種の嫌がらせだろうか。だが、そこから望む景色は素晴らしく。晴れた日のような天井と雲、そして生い茂る森林を背景に座る。
第二階層の不思議な生態系と異界の綺麗な景色を堪能してしばらく山頂で休むことにした。
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