第2話 探索員の1日 1-1

 朝起きた。


 歯を磨いた。


 朝ご飯を食べた。


 日の光が差し込む部屋の中で、いつもどおりに、いつもやってるように、当たり前にする。


 普通の生活だ。


 けれど、ここから違う。


 ボロボロになってしまった服を片付けて別の古着に着替える。


 白い柄と黒い鞘の刀、同じく黒い鞘に白い柄の脇差の状態を確認する。


 黒くよどんだ色をした鞘から抜かれた刀身は磨いてもいないのに透き通る程の白い刃が輝いた。


 それと競い合うかのように脇差もとても美しい輝きを内に秘めている。


 今日も武器は絶好調ってことだろう。


 いつでも魔物を目の前にしても大丈夫そうだ。


────たぶん。


 しかし、ここまで刀身が美しいと観賞用の刀を振るっているんじゃないかと少し心配になる。

 

 今までの戦いを思い返し、自分の失敗ばかりを連想する。


 まあ……そんな心配してなくても振るう人間が未熟なんだから頑張るしかないんだけどさ。


 ベルトに付属しているフォルスターに刀と脇差を差して厚手のパーカーに袖を通した。


 探索に必要な最低限の道具をリュックに入れて背負えば準備万端。


 家のドアを開けて「いってきます」と誰かに挨拶をして駐車場へと向かった。


「寒いのは外だけで充分だってのにな」


 厚手のパーカーもあったかくするのに心もとない。


 けど、これが異界探索員スタイルだ。


 ごめん、嘘ついた。って誰に謝ってるんだろう。


 未知なる環境で魔物と戦うってのにパーカー、ジーパン、ランニングシューズ……『おいおい、そんな装備で大丈夫かよ? アイテムは持ってるだけじゃ装備したことにはならないんだぜ?』と初めて会った時の店主の言葉を思い出す。


 流行ってるのかなこの台詞。


 そりゃね。俺だってそう思うよ。


 装備できるアイテムを持ってるならまだましだ。


 アイテムなんて端から持ってないしRPGの勇者みたいに王様からヒノキの棒を買えるだけのお金すらもらっていない。


 元手はがんばればないこともないけれど……そんな状態でまともな装備をそろえられるわけがないじゃないですか。


 駆け出しの探索員の人達ってみんなどうやって最初凌いでるんだろ。


 それとも最初から稼ぎを目的に探索なんてしてないのであろうか。


 友達でもいたら話は別だが、新しくした携帯端末のiFunの電話帳、異界探索員のアプリでは登録人数0人という使えない状況……


 探索員入門サイトも探索の仕方とか武器の扱い方とか魔物解体集とかでお金のやりくりについての指南はない。


「聞ける人がいない────もう店主にでも聞こうか?」


 でも、そんなことで時間とるのも悪いか。


 昨日、素材を売りに出して周りを見た時。


 その場にいた探索員達の煌びやかな防具や大剣、弓、槍、盾を見て、いつかはこんな武器を背負った仲間たちと戦うだろう姿を想像して『チームメンバーいたらいいなぁ』っと……


 募集してもこないものはこない。


 参加しようとしても歓迎されないものは歓迎されない。


 ただそれだけのことだ。それだけのことで1人で探索をしている。


 車に乗り込み大宮駅前へ40分、いつもの駐車場へ止めてファミリマの前を横切ろうとした時だった。


 なんと声をかけられたのだ。


「あの、昨日お店に来てくれた人ですよね?」


 20代前半くらいだろうか。ツンツンとした髪型に鋭い目つきで身長は俺よりも高い。


 180㎝はないくらいだけどスタイルが良い。しっかりとしたスーツで胸にはFamiliar Market店員、咲楽 響助(さくら きょうすけ)のネームプレートがあった。


「え、あ……? は、はい?」


 さあ、初動で挙動不審。


 心の中で因を踏んだつもりはないけれど磨かれてないコミュニケーション能力が日の目を浴びた。


 だが、その男は一言。


「あの……頑張ってください」


 そう一言だけ添えた後に「おやすみなさい」と言い残してお店の中へ行った。


「おやすみ……なさい……?」


 朝陽が目に入りすこし目がくらむ。とても眩しい。


 頑張ってくださいって激励かな。


 なんだかうれしいけど『もっとがんばれよお前?』みたいな嫌味をわざわざ言いに来る人なんていないよね。


 それにおやすみなさいっておはようと同義語だったっけか。


 コミュニケーション不足って自分の中の常識や概念すらも捻じ曲げるんだろう。


 そこから大宮異界入口へとたどり着き頑丈な扉を前に異界探索員証をタッチパネルへとかざした。


「ガコン!」と重い扉が開いて深呼吸する。


「さあ、今日も稼ぐぞ!」


 湿った空気。


 暗がりの洞窟。


 雰囲気は洞窟探検家だ。


 ごつごつとした岩に歩きずらい道と異界に入ったという空気を味わって手短に第1階層と第2階層、第3階層を駆け抜けていく。


 上層の階層もなんだかんだでかなり広いのだが、踏破できる難易度も決まって低い。


 それ故に趣味や娯楽、楽しさを求めたりゲームをするような感覚で魔物を狩る人達がそこそこ多いのが特徴だ。


 それに副業ついでに魔物を狩ったり資源を採取したりって人が大体8時を越えたあたりで多くなってくる。


 つまり、1~3階層程度では人が多くて魔物を倒せずにうまみが少ないことが多い。


 アラネアも1~2匹で疎らに現れるし、大宮異界の上層は基本的に敵対する魔物はアラネアしか出現しない。


 そう言うこともあり、ここは探索の初歩を築く上でとても都合が良い。


 報酬も甲殻のため比較的駆け出しの間では高く売れるものが手に入りやすい。


 そこで稼ぐんじゃない! 学ぶために探索しているんだ! という名目の上でならこの上なく快適だろう。


 命の危険も限りなく0近いし……


 こうして、すれ違う人達がチームを組んで歩いてたり、アラネアと戦っている姿を横目にしながら黙々と歩いていく。


『孤独とは自由。黙って歩けばいいのさ』ハルヒト。


 ハードボイルドチックに心の中で唱えた言葉が切ない。


 だんだん人通りが少なくなったのも我が道を行くかのようで少し心にくる物があるのがなんとも言えないところだ。


 さて、道も険しくなりアラネアも集団で行動し始める階層に突入した。


 第3階層から第4階層へと続く石畳の階段を下っていく。


 以前にも降りたことのある階層だからなのか階層が変わったなんていう雰囲気は感じられない。


「さあ、今日も稼ごうか」


 そう呪文のようにとなえ以前マッピングした道を歩いて行く。


 マッピングと言っても簡単な作業だ。異界では方位磁石が使えない。


 故に何もない紙に進んだ道のりを線で示して目印を記入する。


 そして簡易的な地図を作る。


 一度方位磁石を持って大宮異界へ来たことがあるのだが……階層を越えれば北だった方向が南になったり東になったり、歩いてる道の方位が変わったりと役に立たなかった。


 そんな現象が異界では普通に起きるのだ。


 それに加えて携帯端末のiFunが使えない。


 だから、必要な時、緊急事態が起きた時でさえも連絡を取ることは不可能だ。


 無線とか電波をその場で発信して受信する類の物であれば同じ階層の人同士で話し合うことは可能らしいが階層をはさんでしまえばできなくなるそうだ。


 そんな、誰かと話す機能のついたものを使う機会があればいいが、今の自分にとっては必要のない情報だ。


 自虐気味にいつも通りソリストな自分をネタに独り言を唱えつつしばらく歩くと人の足音じゃない異音を聞き取った。

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