第4話 いつもと違う景色

 情けない悲鳴が木霊する。


 せめて……せめて、そんなやらかしたくなかった。


「ハルさん?!」


「ご……ごめ……ん。爪……」


「爪?! 爪がどうかしました?!」


「いた……い」


 俺の黒い手甲をはずし手を握ってまじまじと見るユキ。


「……え、すみません。とくに怪我をしてるようなところ見当たりません! 反対側ですか?!」


「ちが……」


「血? 血って?!」


 手を前に出してユキを止め。徐々に痛みが引き跳ね上がった心拍数も下がる。


「ごめん。カマイタチの爪が刺さっただけです。とくに何かあるわけじゃないので大丈夫」


「え? はぁよかった。 もうびっくりしました!」


「いやぁ、ははは。すみません」


「ってちょっとまってください?」


 じっとユキはリュックにいれた爪を見つめる。


「そんなに……この爪って痛いんですか?」


「はい……」


 ごくりとリュックに収まりかけていた爪に手を伸ばすユキ。だが手を掴んでその怖いもの見たさを制するのだった。


『やめておいたほうが身のためです』と……


 なんだか少し似た者の匂いを感じた瞬間だった。



 カマイタチにそれ以降出くわすことなくいつもの経路で樹木の多い第一階層を通り抜け、ト〇ロに出会えそうな気のトンネルを通る。


「なんだかト〇ロに会えそうですね!」


「次の階層でそれっぽいのに出会えなくはないですけどね」


「それっぽいの……ってなんですか?」


「まあ、あってからのお楽しみです」


 その実、出会えるのはマリモであるが……


 木のトンネルを下って降りた先は、第二階層の高くそびえる絶壁の山を背景にした森林に辿り着く。


 俺が前へと出て後ろに続くはユキ。その後ろからじっと見つめる視線を放つシロの順に移動した。


「高い山?……ですね」


 ユキが少し山と呼ぶには何かが足りないと言いたげな表情で見上げる。山というには不自然な造形をしており柱に近いのかもしれない山。

 

 そこへと向かうべく鬱蒼とする森へと入ると早速森に潜む魔物と出くわした。


「ククゥ」


 そう鳴く魔物はただ木の上でこちらを見ている。


「あれは……」


 大剣に手をそえるユキ。


「大丈夫。あれがさっき言ったマリモです。とりあえず何もしてこないです」


 緑色のコケのような体毛に覆われ、瞳は赤い小さな魔物。


「マリモ……あれがさっき言っていたト〇ロですか?」


「ト〇ロじゃないですけどね」


「大きさも似てないですね。ん~、よく見るとなんだかふわふわしてて可愛い感じがします」


「かわいい……?」


「可愛いですよ?」


「コマに乗って空を飛んだりしたら案外可愛いかもしれない……」


「それト〇ロですよね」


 赤い目が不気味で緑色の体毛は体を覆い隠し丸いデフォルメを生んでいる。どちらかというと悪魔かなにかに近いような……


 とりあえず感性というものは千差万別、変幻自在だと割り切っていつものようにマリモを無視して山へと歩いていく。


「あの……シラヌイさん。」


「どうしました?」


「なんだか……増えてるような」


 振り返ればマリモ。

 だがいつもと違って確かに増えている。


 1匹だったマリモがいつのまにか30は軽く超えているだろう数が付いてきていた。


「えぇ……」


 引き気味に声が漏れてしまったが、その下で警戒しないシロを見るとなんだか安心する。


『なにちらちら見てんだ』


 そんな顔でじっとこちらをじっと見ていた。


「さて、登りますか。ユキ……さんは命綱とか持ってきましたよね?」


「はい! 言われた通りに」


 フック付のロープを腰に巻いて準備を整える。そしてシロにリードをくくりつけて背中に巻いた。


「よし! 準備完了」


「っぷふ」


 特に面白いことを言った覚えはない。どこか変な事でもしたのかと自分の心に聞いてみる。


 いつも通り心当たりなんてものはない。


「ん、どうしました?」と冷静に聞いてみる。


 しかし、ヨゾラは口元を抑えて肩を震わせていた。


「いや、その……なんでもないんですけど。シロちゃんがへばりついてて可愛くて……その、ごめんなさい……ふふ」


 背を見ればシロと目が合う。いまいち状況が飲み込めない。


「シロちゃんを繋ぎとめるものはそれだと心もとないのでこれを貸してあげます」


 腰についているポーチの中からリュックのような形状をしているハーネスを取り出してくれた。


「え、えっとこれは……一体?」


「それで大きい魔物の素材とかポーチに入らない物を背負って持って帰ったりしてます。シロちゃんを背負ってあげる分にはちょうどいいかなってと思います」


 いやいや、ポーチからリュックが出てきたという摩訶不思議、奇妙奇天烈な光景を見てしまい動揺する。


 とりあえず、そのリュックでシロを背負った。


 自身で背負っていたリュックを前にシロを背に入れると思いの外フィットした。


「うん。しっかり固定できて不安定じゃないです。ありがとう」


「どういたしまして!」


 とりあえずポーチのことについてはどうなっているのか頭の中で処理が追い付かないのでロッククライミングしていつもどおり登山を開始した。


 ふと下を見るとヨゾラも難なく進めているのが見える。探索員をやり続けているだけあってこういうのにも手慣れているのだろう。


 登頂してシロを下ろす。たどり着いたヨゾラに手を貸した。


「ありがとうございます。────んー! 気持ち良い景色ですね。」


「ですね。最初、ここまで登るの本当に苦労してここから見る景色は格別だったのを覚えてます」


「つい最近登ったんですよね?」


「ユキさんと再会する前ですかね。ようやく登れて体力にもなんだか自信が付きましたよ」


「これだけのロッククライミングができたら……そうですね。その自信はいざという時の切り札になりますので大切にしてくださいね」


 その切り札というのはいまいちぴんと来ないが言いたいことはなんだかわかるような気がする。


 そしてあたり一面代り映えのしない異界特有の壁が見えるが天井より降り注ぐ謎の光で照らされた森の鮮やかな緑が映える景色を見ながら。


「探索って楽しいですね」


 そう呟いた。


「これだから、やめられない所がありますよね!」


 二人と一匹で見る景色は一人で見る時とはまた違うものがあるのを感じて第三階層へと向かった。


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