第10話 相棒 1-3
「オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!」
長く黒いくちばしを開き空に向けて叫ぶ。大きく広げられた黒い翼。それに包まれたスケイルハウンド達は、血まみれになり横たわっているのが見える。
止めにその長い剣に似た爪で突き刺したスケイルハウンドをごみのように振り払った。
ゆらゆらと立派にしならせる尾。何者をも包み込んでしまうような黒く大きな翼。
足は長く、先に剣のような爪が伸びている。
全身が黒くどこを向いているのかわからない瞳がこちらへと狙いを定めていると直感で感じ取ることができた。
カラスのような見た目の魔物と言えば、サングイスクロウという名前の魔物が大宮異界20階層を越えたあたりで出没するのを魔物図鑑で見た覚えがある。
だがその魔物は翼を広げれば全長4m程の大きさだと書いてあった。それに加えて集団で狩を行う魔物だと聞く。
一方で目の前に現れた魔物は間近で見る限り体だけでも自身の身長よりはるかに大きい。
長く伸びた爪に至っては身長と同じ大きさなのではないかと思えるほどに長かった。
奴はこちらに気づき長く伸びた足の爪を下駄のように地面に突き刺しながらこちらの様子を伺ってくる。
刀は常にどこからきても良いように構えておき、やつから一旦距離をとろうと目を離さずに後ろへ足を運ぼうとしたその時だった。
強い風圧を起こし飛んだ。
軽やかに宙に舞ったその勢いでこちらへと長い爪が剣の軌跡を描かせ襲い来る。
咄嗟に片方の爪を避け、もう片方を刀で受けるが一撃が重い。
受けたと同時に腕がしびれる。あのひと振りにはとてつもない力がかかっていることが受けた瞬間にわかった。
考えてみればそうだ。奴は飛んでいる。だが、飛んでいるが風圧で一瞬飛んでいるにすぎず振り下ろした時その爪には全体重が乗っかるのだ。
あの大きさだ。
飛ぶことができるのだからそんなに重いわけではないのだろうが人の重さなど軽く超えているだろう。
それを一点に受けるのはまずい。
奴は、ホバリングするような飛び方でこちらを執拗に狙ってくる。
次々と迫りくるとてつもなく重たい攻撃を仕掛けられ剛腕の二刀流使いと戦っているかのような錯覚に陥る程に巧みにその2本の爪を操る。
けれどこちらも敗けていない。スピードを語るのだとするならば奴はカマイタチに比べれば目で捉えられるほどに遅いのだ。
振り下ろされる爪を避けつつ奴の攻撃の手癖を観察していく。よけきれないものは刀で受け流し、よけれるものは必ずよける。
失敗は許されない。
あの重い一撃を食らってしまえば、たとえ頑丈な造りのこの防具でさえ貫いてしまうだろう。
受け流しては避けてをぎりぎりのところでこなし奴の攻撃を観察していると振り下ろし、よこの薙ぎ払い、突きと器用に使い分けているのがわかった。
そして二本の爪を同時に突きを繰り出す態勢へと持っていき強力な一撃をこちらに見舞う。
だが、そのようなわかりやすい攻撃を食らうわけにはいかない。
風を切る轟音を肌で感じながら避けきった時。こちらの刃がやつの身に届く間合いに迫れたのだ。
そして奴に食らわせるべく胴体へと重い突きをこちらも繰り出したときだ。寸前で飛び上がったのだ。
避けられた。
一瞬の風圧。飛び散る土埃。
軽やかに舞う黒い巨体が緑のリングで踊る黒いダンサーを彷彿とさせる動きで後ろへと下がる。
どこを向いているかわからない黒い目と合う。
ゆっくりと宙に浮かぶようホバリングして突風を巻き起こす。
首元をつたう汗。火照った体を冷やすには良い風だ。
両者睨みあう中で次の瞬間だった。宙に浮かび上がったタイミングで奴は踏み込んでくる。
その巨体の重心を低く保ちまるで獣が息をひそめて獲物にその牙を向けるかの如く素早く間合いをつめた。
1,2,3とリズムよく刻み込んでくる爪。攻撃の終わり際に攻勢に転じようとした時。黒い翼が盾となり刀を弾かれる。
態勢を崩すが強く踏み込めなかった自分の心の弱さに救われ大きく踏み外すことはなく態勢を元に戻す。
今までのパターンと変わった攻撃をしてくる。
どう考えても戦い方が常軌を逸している。しっかりと考えて相手をいかに殺せるかを手探りで試している感じだ。
初めて見る相手をどうやって料理したものだろうかとでも言わんばかりに軽やかに羽ばたきその身を宙に浮かばせている。
それから、何かコツをつかんだのかわからないが奴は一気に攻勢に出てきた。
はじける二段斬り上げ。迫る横薙ぎと縦斬りの組み合わせ。宙にておもいっきり体を捻り4回の回転斬りまでしてきた。
そんな戦闘技術をどこで習得したのか。
戦えば戦う程に自身への攻略方法を掴まれる恐怖が頭を過る。
その弱点は手数だ。
最初は試すつもりであったのか、そこまでの手数を入れての攻撃はしてこなかった。そして徐々にどういった動きをするのか。どうやって避けていくのかを見て攻撃のパターンを変えていく。
そして今。
2回斬り込んでは様子を見ていた奴の爪は、何連撃も繰り出されるようになっていた。
一撃でも食らえば致命傷となりえる攻撃を増やされ焦る心がミスを誘発させようとする。
一度受ければ腕がしびれ、二度受ければ心がおられる。三度受ければ態勢を崩され、四度受けたらきっと死んでしまうだろう。
まずい。
奴はこちらがきっと格下だろうことを確信し息の根を止めるべく連撃をするようになり攻撃が激しくなってきた。
巧みに繰り出される回転攻撃と突き。
突きの初動は反射神経でどうにかなるものではなく気づいた時にはもう刀と爪が触れ合ってしまう程に速い。
それを寸でのところで見切り命を繋いでいく。
息があがる。受けてしびれる腕が徐々に上げるのが難しくなってきたほどに体は疲労にまみれる。
ここまで奴の攻撃を食らわずに済んでいるのはきっとカマイタチとの素早い戦いと痛みががあってこそなのだろう。
おかげで今も素早い攻防を……いや一方的な攻めを受け切れているのだから。
気が付くと、石の柱がやたら多くなっている場所に戦場は移動する。
スケイルハウンドの死体もどこか別の場所に行ってしまったかのような錯覚に陥るがそんなことを気にしている場合ではない。
このままではただの消耗戦だ。
だが、ただやられて引き下がるくらいなら。
ここで死んでしまうくらいなら。
誰かを守れるだけの力があったことをここに示したい。
ここで渾身のバックステップをして足を後ろに運んでいき奴に間合いをつめさせ攻めさせた。
主導権を握れ。
相手にこちらは取るに足らない敵だと認識させろ。奢り高ぶった時そこに付け入る隙は生まれるはずだ。
そして、2連撃の斬り上げを見届けて初めて奴の体に刀を入れようとした時だった。
響く地響き。唸る地面が揺れる。
すると空から何か硬い塊が降ってくるのを見て咄嗟に全力で後ろに避ける。大ガラスも反対側へと飛び難を逃れたようだった。
そしてその降ってきた何かが何なのか理解できずにいた。
白く硬い石の塊。
先端は刃のような形状をしており何かの彫刻めいた造りのものが落ちてきた。
そして、地響きのした先には、それが降ってきたのではなく振り下ろしただろう者の正体があったのだ。
白かっただろう体は苔むし、立派な西洋甲冑にも似た石の兜と岩のような鎧で身を包み体中の関節を石埃でゴロゴロと鳴らしながらこちらを見る巨大な石像がいた。
石像……というには何か違う。磨かれればさぞやとてもきれいな芸術品にもなりえるその鎧を身にまとう石像は見上げる程の大きさがあった。
大ガラスよりも大きいその巨体は、自身の身の丈よりもある大きな剣を持ち上げ両腕でがっちりと構えなおし大剣を天に仰がせる。
大ガラスは叫んだ。
獲物を横取りする気かと。
だが、物言わぬ石像はなにも答えない。
いや、これはただの石像ではない。ゴーレムの類ではないだろうか。思えばここいら一帯にある岩は何か奇妙だ。
異界にゴーレムの存在を常識として知っておくべきなのかはいまいちよくわからないが生まれて初めてゴーレムを見たことになる。
それに周囲には歪な模様が描かれていたり、何かの柱がころがっていたりと文明がそこにあったと匂わせるようなものがある。
そして、ゴーレムがたたずむその先には折れてる柱と何本かの折れてない柱が立ち並んでいる。
それらを守っているのかもしれない。
だが、ずっと大ガラスとの戦闘で周囲を観察しきれていなかったが随分と場所を変えてしまったようだった。
シロ……
シロはと後ろを見ると相変わらずこちらをじっと見ていた。
良かった。相変わらずだ。
それから三竦みのような状態がしばらく続いた。
けれど三竦みというには力の均衡がとれていなさすぎる気がする……
オオタカとクマがにらみ合う延長線上にたまたまオオタカに狙われてたウサギがいたというのが正解だろう。
であるのならば期待しないわけにはいかない。
獲物を占有すべく命知らずのオオタカがクマとやり合うその瞬間を。
上がった息がもとに戻っていく。痛かった腕と足も徐々に回復していった時、始まった。
先んじて攻撃を仕掛けていたのは構えたまま微動だにしていなかった苔むした鎧を身にまとうゴーレムだった。
奴はその巨体と石像というニュアンスに引きずられないスピードでこちらへと踏み込み重い一撃を加えた。
土煙が舞う。
地面が圧力に耐えかね爆発するように弾ける。まともに食らうことは想像したくないほどの威力だ。
何故かこちらに的を絞っており攻撃を仕掛けてくる。そして思いの外、素早いゴーレムだった。
その瞬間をついて大ガラスがこちらに爪の2連撃を見舞い刀で受け止めるも宙に飛ばされてしまう。
まずい。
まさか、オオタカとクマが共謀してウサギをいじめ倒してくるとは思わなかった。
完全に1対2の不利な状況。しかもその1対2は完全に格上の敵が相手だ。
背中が痛い。
変な姿勢で落ちたせいだろう。うまく受け身を取れなかった。
だが、奴らは迫る。
走るゴーレム。軽やかに飛んで近づいてくる大ガラス。
なんとまぁ、絶望的な光景だろうか。
迫る爪を刀でしのぎ、巨体より繰り出される重い一撃は命を削りながら避けていく。
こんな状況が長く続くはずがない。
そして時が来てしまった。
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