第2話 探索員の1日 1-4

────何分経っただろう。


 いや、どのくらい時間が経ったかなんてわからない。気が付いたら蜘蛛の死体がそこら中にあった。


 真っ二つになっているもの半分切られて痙攣しているものまである。


「勝ったのか……」そう思った時足の力が抜けるような感じがして片膝をついた。


 体中が痛い。

 腕が足が背中が頭が……痛い。

 息がしづらい。


 こんなに無茶な戦いを強いられるとは思ってもみなかった。だって、今まで集団のアラネアは避けて一匹か二匹で移動してるような小物を選んで戦ってきたんだ。


 そして苦労して倒してきたのだから……いきなりこれだけの────周りをよく見るとさっきまで数えてた数と会わないことに気が付く。


 14匹だ。増えてる。


 目算も間違えてたんだ。「はぁぁ」力のないため息が出る。


 自分の未熟さに腹が立つ。うまくいかなかったり自分のせいで失敗するといつも何かにつけて自分が憎たらしく思えて仕方がない。


 もっとうまくできたんじゃないかとか。なんで器用にできないんだとか。よく考えれば完璧にこなせたんじゃないのかとかさ。全部結果論からの逆算でしか物事を見ていないから簡単に見えるんだろうけど────


 だから失望するんだろう。


 自分は何かの物語で登場するのならば途中ですれ違う村人みたいな立ち位置で主人公にはなり切れない人間だ。そうであることに気が付いた時自分は掛け算を習っていたのを思い出す。


 良いところ途中で主人公の怨敵だろう奴に『やだぁ~しにたくない~うぎゃあ』とか言いながら死んでく大役だ。


 なれるとしたらそんな役柄が妥当だろう。

 多分そうだ。うん。


 異界へ入る人って非現実的な刺激を求めたりする人が多いみたいだけど非現実の中にれっきとしたリアルな自分を放り込む度胸があるのだから恐れ入る。


 うん……考えてもその時のその人の気持ちなんてわからないからしょうがないのだけどね。


 現実と理想の差が大きすぎて立ち直れなくなりそうだ。

 さすがはボッチ系やられわき役。


 思考まで凡に至って共感能力まで皆無だ。ん?これって共感っていうのかな。


 「ん~!! もうやめよう」こんな自分はやっぱり嫌だ。


 卑下するのはいったんやめよう。性格上少しM気質があるのもおいておこう。


 とりあえず14匹のアラネアに囲まれてぼこぼこにされても生き残れた勝利を味わうのが心の平穏を保つのに良い。


 そこでゆっくりと痛む体を無理やり動かして解体作業に没頭した。

 服は、ボロボロだ。今着てる服は古着でとくに失ったところで痛くもかゆくもないのだけれど、着れる服がどんどんなくなっていくのが痛い。


 ファミリマで防具を一式売っているのをみたりするが、どれも高くてまるで高根の花だ。


 今14匹倒し回収できた素材を合わせて甲殻が28枚、足の甲殻83本でリュックがパンパンだ。


 残りはわきに抱えて持って帰ろうかな。


 甲殻1枚100円として足は10円……最低2800円と830円か。他にも転がってるのがあるからそれも拾っておこう。


 もうちょっと大きいリュックを買えばよかったかな。


 家にあった小さいリュックは、使いまわしは良いけど収納スペースに乏しく異界探索向けではない。


 そもそも異界探索向けのグッズをそんなに買うことなんてできてないんだけどね。


 あるのは暗がりを照らすライトとか怪我をしたときの救急箱ぐらいなもの。後は紙とメモ書きのためのシャープペンシルとビニール袋だ。


 体は痛いけど一瞬で2200円以上稼げたのはうれしい。


 それに異界は階層を経る毎に身体能力が上がるという奇妙な話がある。


 階層と階層を渡り歩いて階層が変わったと感じるあの妙な感覚と何か関係があるのかどうかはわからないが進めば進むほど異界探索員としては強くなる謎の現象がある。


 理屈は不明だし解明なんてされてないが身体能力が上がるのだ。


 しかし、強くなった分、進んだ先の魔物もグレードアップしているせいなのか過酷な環境と相まって下層は、そんな強くなったような探索員にとってもかなり厳しいらしい。


 魔物の数も増えたり単体で強力な魔物がいたりもするのだから怖い。初心者御用達のきもっちわるいスライムことアラネア一匹に『わー! きゃー! ひぃひぃ!』って言ってる自分には縁遠い話だろう。


 解体も一通り終えてその場を後にする。一本道を通り抜けていつもの探索ルートに入りほっとした。


 それから少しばかり探索を進めて、新たに出くわした1匹のアラネアを狩り合計21匹の討伐数になりルンルンだ。


『今までにない快挙だ! 新記録達成! New Record!』なんて頭の中でファンファーレが鳴り響きそう。いや響いた。


 とりあえず、字面に直すと虫の血肉がくっついた殻と切断した足まみれの気持ち悪くも心の満たされるリュックを背負ってひとまず地上に上がって売ることにする。


 ボロボロだし、もう帰ってもいいかな。いいよね……


 それに、ところどころ痛いし切り傷と擦り傷、打ち身……自分の負傷具合を把握していると本当にボロボロなんだなと理解せざる負えない。


 一気にアラネアを14匹も相手にしたのだからこのボロボロ具合は、ある意味勲章なのだ。


 満ち足りた心で地上へとたどり着く。


 そしてファミリマへと歩いていってお昼をちょうど過ぎたころ合いで人通りもある中、アラネアの甲殻を抱えて歩いていく。


 道行く人の視線が痛い。


 「あれ大丈夫かな?」「なんかぼこぼこだけど……」「私服? 防具はどうしたのかな?」「追剥にでもあったのか?」とちらほら聞こえてきてとても胸が痛い。


 大丈夫です。ぼこぼこにはされましたが……私服で来てます。防具追剥にあったのではなくもともと持ってません。それに追剥に出会う程人にも会ってません。


 そう心の中で弁明した。

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