第2話 探索員の1日 1-3
カタカタといくつか聞こえる不穏な音。
ライトに照らされた4匹の影。
やばい────さすがに4匹を相手にするのは厳しい。さっきの一本道に戻ると判断して向かったが『うそだ』とつい声に出してしまいたくなるのを我慢した。
両側から聞こえるアラネアの近づく音が気配として伝わる。
先ほどまでにはいなかったはずの元来た道からアラネアが迫っていたのだ。しかも確認できる限りは5匹もいる。
やばい。まずい。どうして────こんな逃げ場のないような場所に入ってしまったのだろう。
両側よりアラネアは徐々にこちらへと迫る。
どうしよう。どうしようどうしよう──いや、どうしよもない。
他の探索員が来てささっと対処してくれるとかは────それは夢を見すぎだろう。
ヒーローが必ずしもピンチの前に駆けつけて事件が起こる前に解決できるようなことがほぼ無いように現実は残酷だ。
大体は、もうすでに終わってしまったという結果の後にヒーロー達は知るのだ。
であればだ。突発的で偶発的で奇跡的な危機的状況を脱するには、自分でどうにかするしかない。
このままもたもたしていたら最悪の事態に陥ることになる。
両方から4匹と5匹の計9匹のアラネアが迫ってきているのだ。いつかは、両方が来て9匹を相手にするしかなくなる。
どうしたらいいか。
4匹と5匹……そうか。数の少ない前方の4匹に狙いを定めて倒しに行く。あわよくば逃げる。
それだ。
だめだ。4匹とは限らない。陰に何匹かいるかもしれない。であるなら後ろは────後ろもだめだ。敵の数を把握しきれてない。結局のところ賭けになってしまっている。
もう、迷っている暇はない。時間の無駄だ。
臆病な心は捨てるんだ。脅威に対して過剰に恐怖を覚えるな。確実な未来はないように、ここで死ぬ未来があるわけじゃないんだ。
ゆっくり刀を抜いて構える。
凸凹とした洞窟に足を委ねて姿勢を正す。
心臓の音が耳元で鳴り響き、緊張を抑えるように深呼吸をした。
やがて呼吸が落ち着いてきて冷たくなった手の感触がもとに戻るのを待つ。
ここだ。
走り出す。
前方視認4匹。
アラネアも気づいた。すぐに戦闘態勢に入り2匹が飛びつきの攻撃を仕掛けてくる。
態勢を低く落とし込み重心を走り込んだ先とは違う方向へと急に左へと走る。
結果、2匹の攻撃は外れた。飛びついてくるとわかってたから避けるのは簡単だった。けれど2匹も同時に来るのは予想外だ。
予想外であるけど問題ない。
さらに目の前にいる2匹のアラネアも飛びつく姿勢を取った。
そうはさせない。
上段に構えた刀を一匹に叩きつけドリブルでもするように一匹のアラネアは跳ね上がった。
やっぱり斬れない。
横にいたもう一匹のアラネアが飛びついてくる。咄嗟に体をずらすが間に合わず当たってしまった。
「う!!!」
痛い。だが、泣き言は行ってられない。
後ろを見る。
後方に流れたアラネアは容赦なく攻撃を仕掛けてくる。刀を定位置に戻して一匹は、払いのけもう一匹の攻撃が腹へと直撃した。
飛ばされて、固い地面に転がる。「ぬぐぇあ!!」変な声が漏れる。
だが刀を叩きつけた一匹はなんとか無力化できたようだ。ぴくぴくと足を痙攣させて立ち上がれないでいるのが見て取れる。
刀を杖に立ち上がりアラネア達に視線を向ける。
視界が揺らぐ。心が折れそうだ。
どうしよう。逃げたい。
だが、無慈悲に横目に写るのは絶望的な状況が迫っているという現実だった。
5匹の集団だ。それに加えて4匹のいた方向からまた新しく3匹のアラネアが現れたのだ。
もうこれ以上はきつい。
頭の中がパニックを起こしかねない。いや、もう起きている。どうしたらいいのかわからない。
そんな状況でもアラネアの攻撃は来る。飛びついて服をえぐられて、それでもがんばって避けてを繰り返す。
逃げ腰の心と腰が無様に思える。なんで戦えないのかと────
瞬間、心の中の何かが斬れた。
刀を振り下ろしたのだ。アラネアが飛びつき着地した隙に上段から一撃。
アラネアが飛びついてきた勢いも乗ってたのか刃がすんなり入る。すると大量の緑色の体液を盛大にまき散らして倒れた。
「2匹目?!」
かなり、グロかった……グロかったけど今の感覚だ。
相手の勢いを利用してこちらの力にする。少し腕にかかる負担が大きくなったけど問題ない。
目の前にいる2匹が飛びついてくる。
『ここだ』
刹那、一匹の腹めがけてアラネアを串刺しにした。しかし、片側から飛びついてきたのアラネアの攻撃を胸に食らい大きく仰け反った。
「まだ……まだまだ!!!!」
あれ、頭に血が上ってるのかな。
視界が狭い。身体が熱い。
5匹の集団が到着して間もなく飛びつき攻撃が始まる。
3匹同時に来たが恐怖はない。まずいことには変わりないが、さっきの手ごたえならいける気がした。
1匹を狙うからだめなんだ。1匹だけがだめなら3匹同時にやればいい。
ここまで綺麗に足並みそろえて飛んでくるんだ。
やれる。
刀を横に一閃。うまく斬りきれなかったものの1匹は緑色の体液が周囲に四散。後の2匹は斬りつけた方へと叩きつけることができた。
「よし!」
残りのアラネアに気を配れてなかった。
次々と背にアラネアがぶつかる衝撃が走る。前に飛ばされ。仰け反った先でもアラネアの飛びつきを食らってしまい。
ぼこぼこと被弾する。
腕に、腰に、足に、背中に次々と攻撃を当てられた。
痛い。痛い。血が流れる。
緑色じゃない。自分の赤い血だ。こんなところで────死ぬのか。
序盤のこんなところでか。運が悪すぎやしないか? いろんな人が順調に進んでるだろう上層でアラネア(きもわるいスライム)なんて呼ばれてるような弱い魔物にぼこぼこと襲われて死ぬ。
きっと死体を見つけた人は『アラネアにやられるってやば(笑)』とか思うんだろう。
下らないことを反射的に考えた最中でもアラネアの攻撃は止まない。
なんとか抵抗しようと刀で弾くも弾いた後に襲い来るアラネアの攻撃にあたってしまう。
そして弾いたアラネアも倒しきれず再び立ち上がって襲ってくる。
加えて前方にいた3匹も加わっていた。
気が付いたら8匹もいる。
アラネアの攻撃が頭部にヒットしてぐらっと視界が揺らいだ。
その時だった。刀の振るい方、握り方……そして、この刀の使い方を思い出したように駆け巡ったのだ。
「なんだ? これ……」
走馬灯?にしては、体験したことないはずなのに前に一度どこかでこの刀を握ったことのあるような既視感が手を通して伝わってくる。
やるしかない。
ぼこぼことぶつけられたりえぐられたりして痛みだす体に鞭を撃つ。
姿勢を正し、足の裏からお腹の中心にかけて力を添える。手は柔らかく、そして硬くならず強く握りしめ前を見た。
飛びついてきたアラネアは嫌にゆっくりだった。
すると上段から振り下ろしたそれは今までと違うのを感じる。
切っ先に力が流れ飛びついたアラネアを斬った。
文字通り。
斬れたのだ。二つに。
四散した胴体は緑色の体液を巻き散らした。
しかし、次に来たアラネアの攻撃は食らってしまうが違う。さっきまでのような揺らぎはない。
力の流れに反発せず受け流してから腹に力が入り姿勢を直すのがわかる。
衝撃に逆らわずに受けて流し姿勢を維持する。そして着地したアラネアを撫で斬りにし頭胸部と腹を真っ二つにした。
「4匹目」
まるで、経験がいきなり積まれたような感覚だ。
なんだか気持ち悪い。そんなことは言ってられない次の飛びつきが来る。これをしゃがんでやり過ごし通りがかりに突きを入れた。
思いのほかさっくりと刃が通り串刺しにできた。そして串刺しにしたアラネアを払って地面へと叩きつけ。5匹、6匹、7匹と倒していく。
息が切れる。身体が痛い。
残りが5匹……増えてる?
そんなことは、もう関係ない。アラネア達はこちらを囲んで飛びつくタイミングをうかがっているようだ。
ここで、背後の一匹が動く。
案外わかってしまえば刀を後ろに振る勢いで、その1匹を持ってくことが出来た。下段より切り上げた勢いはアラネアを弾き飛ばすのに十分だった。
今のは、刀の先に勢いが乗り切れていない。
なぜなのか。
さっきうまくいったのだが……もしかしたら、うまくいったときは一点に力が集中して綺麗にアラネアが斬れていくのを感じた。きっとこの感覚が重要なんだ。
「悪いけど、試させてもらう!」
痛み出す体に力を込めてアラネアに向かう。
飛びついてきた一匹を荒れ出しそうな呼吸を抑えてすっと刀を入れるイメージで前に振り下ろす。
心臓がバクバクいっている。少し斬れたが入りは浅く真っ二つにするには至らなかった。
「違う……」
さっきみたいにうまく斬れない。
刀にかかる力の軌道を一転に集約するイメージで振るんだ。
その時に力んではいけない。身体を固くしてはならない。
あくまで自然体に呼吸をするように刀を振り下ろす。
『柔らかい赤子の手をその手に握ってつぶさないようにする。この感覚だ』
なんで、こんなこと知ってるんだ────
わからない。どうしてそんな知りもしない刀を振るう情報が脳内を駆け巡るのか見当もつかないが懐かしさを感じる。
ずっと昔、遠い昔にこんなことを毎日やっていたんじゃないかって、やったことのないような記憶が手からにじみ出てくる。
背中が痛い。
アラネアがまた体当たりをしてきた。背に気を取られてると横から攻撃が飛んでくる。
何とか攻撃を払って流す。その時アラネアを叩きつけることができたがまだ立ち上がってくる。
まだ立ち上がってくる。怖い。蜘蛛のくせに恐れを知らないとかあるのだろうか。
なんで立ち向かってくるのか。
斬られてる仲間を横目になんで俺のことを襲うのか。容赦のない攻撃は確実に俺の体力を奪っていく。
こいつらも必死に生きているんだ。生きて恐怖があるかもしれないその体を鼓舞させて何匹も仲間を殺している無慈悲な人間に立ち向かっているんだ。
初心者にうってつけの雑魚とかまさに入門。魔物を倒すならアラネアとか……地上だと散々ないわれようだが、こいつらは雑魚なんかじゃない。
今を一生懸命生きて繋げようとしている立派な生き物だ。
怖いなんて言ってられない。もうとっくに命は賭けられているんだ。
集中力をあげろ。
剣の先を研ぎ澄ませ。
あの時見たものはこんなものじゃなかった。今全力で向かってくる命に敬意を。 全身全霊で応えろ。
その時、光が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます