第7話 初給料 1-1

 爽やかに鳴くチュンチュン。きっと雀の鳴き声だろうと予想する穏やかな朝。


 一通り異界へと出る準備を整えて家を出ると白柴は飛び出してどこかへと行ってしまった。


 さすらいの白柴……保健所に取っ捕まるのではないかと毎回思案するが何事もなかったように帰ってくる。


 そろそろあの白柴とも長い付き合いになってきてしまった。


 いっそのこと飼おうかどうか迷うが飼ったとしても今の野良柴ライフスタイルは変わらないだろう


 飛び出して行ったら2~3日は帰ってこない気まぐれな白柴だ。飼うかどうかはまた帰ってきた時にでも考えるとしよう。


────それから、今日も今日とて懲りずに大木の異界第一階層を探索している。


 何度かカマイタチと出くわしたりしているが徐々に戦闘はこなれたものになり多少の時間と多大なスタミナ、集中力を消費して何とか勝ち進む。


 あの目にも止まらないスピードに届かなかった刃。それが徐々に追いつくようになったのだから多少の自信がついてくる。


 それに加えてあの猪獅子(イノシシ)と大蜘蛛(弱ったやつ)まで倒したのだ。今ならどんな魔物が襲い掛かってきたとしても勝てるような無敵感が足を前へと運んだ。


 奥へ進めば進むほどカマイタチ達が群れで行動していることが多く一度に何匹かと戦うようになった。


 1対1であれば1回叫ぶか叫ばないかで済むが1対多は声帯がいかれそうなくらいに爪をくらう。


 この痛みを味わう度に胃潰瘍を通り越して胃が口から出るんじゃないかと心配になるが1対多の戦いにおいて何故か前にもやったような感覚が両の手から伝わる。


────あれは雨の日のことだった。


 某は、主君の命に従い任務を遂行する。叔父上は「武士とは、己を律し主君を守る刀であることだ」と教えてくれはした。


 だが、俺がしていることはただの蛮行だ。武士としての誇りなどはない。


 相手を敬い。己の守るものを賭けて戦う。そんな理想の姿はそこにはない。ただ……ただ、あるのは主君の。


 主君が命ずるままに人を殺す殺人鬼がそこにいるだけだった。


 そして────時は来た。


「お前がここに残り敵を斬るのだ」そう言って主君は攻められた城に一人某を残し去っていく。


 最期の命だ。


 場内を土足で迫りくる足音と甲冑の音。迫る火の手。


 某の逃げ場なんてなかった。


 だが、この白き刀を譲り受けた時。某の心は決まっていた。某の命を、行き場のない農民を取り立ててくれたかの奥方に恩を報いるため「守ってほしい」と命じられたがままに……


 某は刃を振るおう。


 1対多数。今までそんな戦闘はいくらでもあった。野盗に襲われた時、戦場で敵陣へと突っ込んだ時。


 大事なのは、聞くこと。そして心の眼で視ることだ。視覚に囚われず、眼で見たものだけが真実だと頑なに信じぬことだ。


 全体を一つの流れとして捉え、刀に身を預けよ────


 両手に伝わる熱い感触。カマイタチが2匹、二手に分かれ攪乱しようと素早く周囲を移動する。


 2匹を眼で追うのは不可能に近い。だが……


 周囲を流れる音と風。ふとした瞬間こと切れる様に流れが止む。


「ここだ」


 そっとつぶやいた時、擦れ違い様に1匹。血しぶきをあげ転がり込む。そして2匹目は目の前にいた。


 そう知覚したと同時に刃が斬りあがり首に一閃。


 とてつもない激痛が走る。気が付くと爪を当てられていた。


 激痛で叫ぶ。だが、同時にどこかこの言いえない成長を感じて喜んでいる。


 痛い。だけど嬉しい……なんだかもう真正のドMになってしまった気がする。


 だが、勝てるか勝てないかわからない敵へと一生懸命に立ち向かった結果倒せたのは素直に嬉しい。


 正直……命のやり取りだからあまり気持ちの良い物じゃない。魔物だって生きているんだ。


 この殺生が無益にならないためにも……こいつらを糧としてより強くなって見せる。


『陽光さす森の中。いつかは強い探索員になることを夢見て、ハルヒトは決意で満たされた』


 訳の分からない台詞を脳内で一人遊びしながら歩むそんなドM道の道中。突然茂みの奥より枝で作られたトンネルを発見した。


 風が吹き抜ける枝の洞窟。それは奥まで続いていて下へと延びていた。


「これは……」


 第二階層へと降りれそうな道だ。


 いつもの謎の石畳で作られた階段というわけではないので判別が難しいがきっとそうだと思う。


 多分……


 時刻はお昼を過ぎて午後2時を回っていた。


 ここで先へ進んでもいい。だが進んだら帰ってこれる時間帯はとても遅くなりそうだ。


 異界は、外の状況なんてもちろんわからない。


 だからこそ時間の感覚というのが次第に狂ってくる。いまだってそんなに探索したような気はしないのに時計を見るとお昼を回っていたし……


 思えば、あれから一度も素材を売りに出してなかった。


 ランサアラネアの件の連絡とかないままだったし……いや、このiFunに連絡が着たことなんてそもそもないのだけれど……



 ということで、今日の大木の異界探索を切り上げて大宮のファミリマへと向かうことにした。


 車で向かうこと1時間。


 早い時間にも関わらずあたりは真っ暗になった大通り。


 その並びにあるファミリアマーケットの看板に向かって仄かなガス灯のような明かりが零れる店にたどり着いた。


 木目調の観音開きの扉を木のこすれる音と供に開ける。


「いらっしゃい!」と久しぶりに聞く濁声の店主が出迎えてくれた途端表情が一変した。


「か……刀のあんちゃんじゃねぇか?!」


 店主は何故か驚く。いきなり大声を出されて周りがこちらを注目する。とてもやめていただきたい。


「え、あ。はい刀のあんちゃんで……す?」


 ああ……そんな大声出すもんだから他のお客さんが驚いているじゃありませんか。


 目立たずその並んでる素材を売りに来ただろう探索員の後ろに並んで売りたいのに。


 目の前で素材売買のやりとりをしていた店主がわざわざ切り上げてこちらへとくる。


「ほ……本当に……あんちゃんなのか?」


『本当?』とは一体なんなのだろうか。


 仮に俺の偽物いたとして、わざわざ真似てもろくなことにならなさそうな底辺探索員に成りすますのだから是非ともお目にかかりたいところだ。


「本当にと言われても……しばらく来てないとはいえ他の店には行ってないですよ?」


「そうか! なんてお得意様根性みせつけてくれるじゃねぇか。俺は嬉しいぜ! ってそうじゃなくってだな? まあ、とりあえず無事ならそれに越したことはない。ちょっと鑑定が立て込んでてな。今助手も駆り出してるくらいに忙しいんだ」


 さっきまで店主が鑑定をしていた隣のカウンターで小さい背丈の眼鏡をかけた子がこちらをみて「どぅもー」と一言。


「いつになく繁盛してますね」


「いつになくじゃなぇ。いつもだ! それにあんちゃんが来る頃合いは何故か空いてたからな。とりあえず隣のファミリアバーのカウンターに座っててくれ、詳しい話はあとでしよう」


「あ、はい」


 詳しい話があるらしい。


 無理に人を引き留めるのは店主らしくないといえばらしくない。


 もしかして……受けた依頼の達成報告か失敗報告の期日みたいなのなんてあっただろうか。


 それって契約違反ってことになるのか……もしかして何か罰則とかあったりして……


 考えてみたらそうだ。受けた依頼の報告についてあまり確認してなかった。


 ふと溜息が零れる。

 素材を売りに来ただけなのになんだか胃がもやぁっとするのを感じながらカウンター席へと着席する。


 すると「お久しぶりです。ご注文はいかがなさいますか」と見たことのある店員がいることに気づく。


 そして思い出した。少し前の朝だ。ファミリマの店の前を通った時に声をかけてくれた店員だ。


 ぴしっとしたスーツのお店の服。背は高く180はないだろうがありそうなほどに大きい。


 きっちりと整えられた黒髪と褐色の肌が特徴の男の店員だ。夜になるとこの店は、明かりを変え暗めにして昼間とは少し雰囲気を変える工夫をしている。


 その暗さに溶け込んでしまうような。そんな印象を覚えた。


「お、お久しぶりです」


 ご注文と言われても……メニューがない。とりあえず昼間のカフェではなく今はバーとしての時間帯だ。


 お任せで頼んでみるのもありかもしれない。だが……

 

「懐に優しいお酒でお願いします」


 ずっと素材も売りに来てないし、依頼もどうなるか……それにカマイタチの爪もいくらになるかもわからない。そんな状況下で贅沢はできないな。


「懐……」


「はい。最近稼げてないもんで……」


 へんな質問だっただろうか。


「わかりました」


 だが、彼は眉一つ変えずに淡々と手を動かした。


 いろいろな器具を巧みに使って後ろの棚のお酒と冷蔵庫にあるソーダを取り出す。その後に黄色いどろっとした液体の入った瓶とレモン、卵を手に取り準備を整えたようだった。


 まず卵をミキサーで泡状にしてから氷をお洒落な銀色のタンブラーに積める。


 それからシェイカーというのだろうか。そのシェイカーの中にお酒と思われる透明の液体と絞ったレモン、粘性のありそうな液体をいれてシェイクした。


 3本の指先が触れるシェイカー。


 両の手から伸びる3本の指により支えられたシェイカーは今にもどこかに飛んで行ってしまうんじゃないかと思うが思いのほかがっちりと固定されてる上にシェイクする勢いがすごい。


 ある程度シェイクし終わったようでお洒落な銀色のタンブラーにソーダと一緒に注いでいき氷の音をたてずに静かに素早くかき混ぜた。


 最後にあらかじめ輪切りにしたレモンを刺しストローを添えて出来上がりのようだ。


「お待たせしました。こちらシルバーハニーフィズになります」

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