第8話 異界に祀る

 大木の根元。不自然にある石の階段。


 第4階層への入り口を前に二人と一匹は立っていた。


「すごいあっさりと見つかって拍子抜けというか……3階層でこの調子だとこの先やっていけるか……」


「そうですねぇ……さっきのようなゴーレとシラヌイさんが出くわしたって言う大きなカラスが異常なだけで常識としては、ここまで難しくないです。なので安心してください。むしろここを一人で攻略は難しいので────」


 じーっとこちらを見つめるサユキ。ついでにシロ。シロの言いたいことはよくわからないがサユキの言いたいことは何となくわかる。


「っく……早くチームメンバーを見繕えと?」


「ですね! 集まるの期待してますよ?」


「それはなんというか……皮肉?」


「違いますよ! 多分──私もついているので大丈夫ですって!」


────そういうものなのだろうか。


 チームメンバーが集まらないのは、もはや受け入れつつある。


 しかし、三階層で手酷くやられ気味な感じであるのにこの先、進んで行ってしまったらよりひどい魔物に出くわすんじゃないかと不安になる自がいるのも事実だ────


 前を行くヨゾラを見る。


 チームメンバーがいるというのはこんなにも頼もしいものなのだと改めて思い知らされとりあえず頑張ろうと心に決めた。


「どうしました?」


「あ、いや。特になにも」


 しばらく階段を下ると霧が立ち込めてくる。


 薄暗いが真っ暗というわけではなく先ほどとは違った湿気の含む気候になったのを感じ第4階層へとたどり着いた。


 小奇麗な階段を降りる。


 次第に踏みしめている石畳とは対照的にボロボロになった石畳に出迎えられ、これまでと造りの違う道がまっすぐに続いていた。


 両脇には生い茂った森といくつか設置された灯篭。目の前には大きな鳥居があった。


「鳥居!?」


「鳥居……ですね」


「クーン……ワンワン!!」


「あ、シロ!!」

「シロちゃん?!」


 鳥居をくぐり我先にとシロが前へと行ってしまった。


「今まで先に行くようなことはなかったのに……」


「行きましょ! 追いかけないと見失います」


 互いに目を合わせて頷きシロを追いかける。深い霧の中シロの後ろ姿と足音を追いかける。


 不気味なほどに静かな空間の中。先へと進んでいくと謎の石像が中央に立つ場所へとたどり着いた。


「っく、わくわくしますね……」


「ははは……」


 未知の場所で相変わらずのユキを他所にシロは、その石像の前で何故か右前足を当てながら静かにおすわりをしていた。


「石像……下には何か文字がありますね」


 何が書いてあるのかはわからない。


 3階層に入った時に見たあの文字と似たようなものであると感じる。


 ゆっくりとその文字に向き合いシロに触れた途端。何かが頭の中を過った。


「終わりを招く神獣の神器に呼応せし剣に。愛しき者の瞳に命と尊を」


「……」

「……?」


 え、読めた。


「あの……まあ……」


「いや、なんかこれ読め────」


「ま、まあ! 人は誰しもそういう心をもっているものですからね」


 じとーっとこちらを見るサユキの瞳はそう物語ってない。


「ち、ちが────」


「私は、そういうの嫌いじゃないですよ!」


「な、違う! 違います! これ、ここに書いてあるやつなんですって!」


「ハルさん……恥ずかしがらなくてもいいのです。こういうものに歳は関係ありません! うん。恥ずべきこととではないのです」


「いやいやいやいや! ユキさんは、俺をどうしてもそっちの人にしようとしてますけど、そう書いてあるんですって!」


「仮に、そう書いてあったとしても……意味が、ねぇ? 終わりを招く神獣と呼応する剣、神器……プフ。そのどれもがこの石像に当てはまるわけでもなく。そもそも謎だらけで何が何やらって感じではありますが……」


 少し鼻で笑ったのを見逃さない。だが、サユキの言いたいことは何となくわかる。


「確かに……」


「それに、この石像。犬……ですよね? そしてシロちゃんの後ろ姿が可愛いです」


「う~ん……」


「とりあえず、石像についての謎がいろいろと加わりましたが……ハルさんを知れてよかったです」


「違いますからね?」


 そんなやり取りを続けてもあたりは静寂に包まれていた。


 壊れた灯篭が石畳の外側に配置され、反対側に通り抜けることのできる道が続いている。


「とても好奇心をくすぐられるような遺跡の匂いがします……」


「石畳、鳥居、謎の石像って続いてますからユキさんのわくわくした目をみたらなんかわかりますよ」


「わかっちゃいます?! けど、なんだかこの場所はとても寂しいところのような……そんな感じがします。胸が締め付けられるような……何か忘れ去られたような」


「それは、どうして?」


「わかりません……勘としか言いようがないのですが、どこかこう……寂しい感じが。ハルさんはしませんか?」


 そしてその問いには答えられなかった。


 初めて来たはずの場所。懐かしいようで寂しいような。そんな感じが心のどこかでしているのを認めたくはなかった。


「くぅ~ん」


 寂しい鳴き声を上げたのはシロだった。


 何を感じているのかずっとシロは中央にあった石像を見つめている。


 言いようもない矛盾の中、何もない場所を後にしてまっすぐに伸びる石畳の道を歩いていく。


 やがて鳥居をくぐりあっけなく第5階層へと続く階段を見つけたのだった。


 するとサユキ。


「さて、今日の探索はここまでにしましょう!」


 まだ、これからという時にどうしてと思う自分がいるが……


「って、もう17時回ってるんだ」


「そうですよ? 探索というのは常に冒険の連続なのです。時間も早く過ぎ去りますが、常に無理なく探索できる範囲を決めて休むのが生き残るための最大の方法になります」


「ほとんど遺跡見てたような────」


「さあってっと! 今日はゴーレムの剣とかいろいろ手に入れたじゃないですか! 早く鑑定とかしに行きましょう!」


「いや、気になりますけど」


「まあまあ、ハルさんのおかげで倒せたようなものですし大手を振るって帰りましょ!」


「う~ん。今日はなんか頑張った気がする」


「そうです! でも帰るまでが探索ですから気を抜かないでくださいね?」


「でも、なんかそれっぽく終わらそうとしてません?」


「そ、そんなことないですよ」


 4階層はあっけなく終わり石像の方向を見つめ続けるシロは、なんだか寂し気な表情を浮かべていた。



 地上へ出るころには日は沈み異界の中とは対照的に夜空が広がっていた。


 戦利品を鑑定ついでに揃えた方が良い装備を見ようということでファミリマ大宮店へと来ていた。


 車の中からゴーレムが持っていた大きな剣を取り出し担ぐ。


 いつもの賑わいを見せるファミリマへと大剣をかついで入店した。


「いらっしゃい!」


 するといつもの濁声で出迎えてくれる店主。軽く首を下に「ども」っと挨拶する傍らでサユキ。


「こんばんは!」


「お、黒い姉ちゃんじゃねぇか……って、おお? おやおや? そうかぁ。とうとう刀のあんちゃんにもねぇ。できたんだなぁ?」


 店主はニヤニヤとこちらを見る。


「……できたとは?」


「決まってるだろう?」


 そう言って俺にだけ見えるように小指を立てる店主。


「はぁ……違いますよ?」


「まあ照れなさんな! 若いってのはいいねぇ──で素材の売り込みだよな? 随分と大物を仕入れてくれたな」


「ちょっといろいろありましてね。本題に入る前に何かしら前置きが必要なお店なんです?」


「そう硬いこと言うなって! ほら、整理券! 黒い姉ちゃんも」


「ありがとうございます!」


 そして二人で得た素材をカウンターに預けて鑑定してもらっている間に装備品売り場へと向かった。


「これです。これです」


 サユキが指をさした先にあったのは解体用ナイフだった。


「ナイフですね」


「ハルさんずっとイタチやスケイルハウンドを倒した時も脇差を使っていたじゃないですか?」


「あぁ……」


「せっかく綺麗な白い脇差なんですから解体用ナイフみたいに使っちゃもったいないです!」


「ん~。そういうものなのでしょうか」


「そうですよ! ハルさんの刀と脇差すごい手入れされてるじゃないですか。脇差もしっかり戦いに使えそうで、刀なんかあれだけ戦闘を重ねても刃こぼれひとつしないですし。どこの刀なんですか?」


「どこ……」


 うちの神社に祀られてた刀を使い続けてるなんて、なんだか言いづらい。


 けれど、どんなに使ってもどんなに敵と相対しても、この刀は刃こぼれ一つせず今まで来ているのは事実だ。


 せっかく買った砥石も無駄になるほどに。


 不気味なほどに斬れる刀。


 どうしてこれがうちの神社にあるのか。


 どうしてこんな業物が祀られているのか。


 売ったらいいお金になるのではないだろうか。


 そんな疑問を胸に刀を手にしてしばらくした後に思ったが神社に一緒に納められていた書物にその答えがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る