予兆

林間学校

 たちばな さくの予感は当たった。


 ゆき りっつきかげ とは元からの親友のいわなが 常磐ときわも加えた4人組になった。ただそれは『なんとなくそうなった』わけではない。


 さく常磐ときわは5年1組、りっは5年2組。一方がもう一方の教室を訪ねるか、他の場所で待ちあわせないと合流できない。


 出会った日の中休みに4人で話した時はまだ携帯電話スマートフォンの連絡先を交換しようという話にならなかったし、解散する時に次に会う約束もできなかったので、またあの問題が浮上した。


 別のクラスの異性を訪問!


 それは最早、告白も同然!


 実際は告白でなくても訪問を目撃したクラスメイトたちからは勝手に告白と決めつけられ、キャーキャー騒がれることは必定!



 それは、とても恥ずかしい‼



 からは朝の時点でそういうのが嫌だと表明されていたこともあり、今後もりっとの交流を続けると決めたさくとしても、それは最後の手段と考えていた。


 だがさくが2人に自発的に会うための別の手となると、どこかで待ちぶせするしかない。それはそれでストーカー臭く、2人に気味悪がられて嫌われないかと思うと怖い。


 しかし、それしかないなら……と中休み後の授業中に悲壮な決意を固めていたところ、昼休みに2人のほうから1組を訪問してきて杞憂に終わった。


 正しくは、りっさくに会いに来た。


 はその付きそいで一緒に来た。


 当然、騒ぎになった。


 ただ女子が男子を訪ねたに留まらない。さくりっを登校時にトラックから救い、さらに中休みにはイジメからも救ったという話はもう学年中に知れ渡っていたから。


 そのヒロインであるりっがヒーローであるさくを訪ねたのだから、生徒たちに騒ぐなと言うほうが無理。


 だがりっは照れくさそうにはしていたものの、あまり意に介していないようだった。これまで彼女は気弱な印象だったのでさくは意外だった。


 りっさくに言った。



《助けてもらったお礼がしたくて、でも恩が大きすぎてすぐには返しきれないから、時間をかけて返していきたいの。だから……これからも、会ってもらえますか?》


《うん!》



 恩返し、それは人として至極当然の義理。それを果たすという名目で会い続けるのなら、それは恋愛とは別の話。少なくとも周囲にはそう説明できる。


 さくにはりっが恩返ししたいと言うのも嘘ではないだろうが、それを自分と会うための口実にしているようにも思えた。


 それはりっのほうもこちらに好意があるということ……と思ったが確証はない。もし違っていたら自意識過剰、恥ずかしすぎる。判断は保留した。


 ともあれ。


 さくは恩返しを受ける必要上、りっ携帯電話スマートフォンの電話番号・メールアドレスを交換し、SNSで相互フォロー関係を結んだ。いつもりっと一緒のため恩返しにも同伴するという、とも。


 そしてさくといつも一緒の常磐ときわもそこに同伴するということで、りっの両名と繋がった。言うまでもないがさく常磐ときわりっは元から繋がっている。


 4人組の完成。


 かくして4人は、登校時間も休み時間も下校時間も休日も、会える時間にはほぼ毎回 会って一緒に遊んだり勉強したりするようになった。


 いくら恩返しと説明してもさくりっが付きあっているという噂と周囲からのからかいは皆無にはならなかったが、りっが気にしていないのでさくも気にしないことにした。


 からかわれるのを嫌がっていただが、りっの付きそいという立場から彼女がその対象となることはなく、これで負担をかけずとも会えるとさくは安心した。



(これ、二股じゃ、ないよね?)



 相変わらずさくりっのことものことも異性として強く意識していて、それが後ろめたくはあった。だが一人に絞れない程度の感情はまだ恋ではないはずなので気にしすぎだろう。


 りっとも、とも、今の関係は友達。


 女友達が2人いるのを二股とは言わない。


 なんの問題もないはず。


 大体、どちらからも恋愛感情を告白されたりしていないのだ。どちらにもそんな気はなかったとしたら自分の自意識過剰、恥ずかしすぎる。


 こんなこと考えていてもしょうがない。


 今はただ、これまでは常磐ときわと2人でばかり過ごしていたのが、新しい友人たちを加えた新しい顔ぶれでの新鮮で楽しい日々を、存分に楽しもう。さくはそう結論づけた。


 なお。



《恩返し、自分から言いだしておいて内容は決めてないの。どうすれば喜んでもらえるか分からなくて。だからたちばなくんに決めてほしい。たちばなくんが喜んでくれることなら、なんでもするよ》


《なんでも⁉》



 気になる女の子からそんなことを言われては、さくは『Hなことさせてほしい』しか考えられなくなった。だがそんなこと言えるわけない。


 助けた恩を盾に取って関係を迫るなど最低だ──という正義感もあったが、そもそも己の性欲を女子に知られること自体、性に目覚めて日の浅い少年には恥ずかしすぎて無理だった。


 りっだってそこまでする気はないのだろうし、ここは無難な要求をするところと分かっていたが、Hなことしか考えられなくなったさくはHなことしか思いつかなかった。


 それで──



〔一緒にいてくれるだけで嬉しいから、それで充分だよ〕



 ──と。


 実質『なにもしなくていい』と、恩返しと気負わず普通に仲良くしてほしいと答え、りっもそれで了承した。


 さくとしては元から恩に着せるつもりはないし、それで彼女の人生を縛っては逆に申しわけないので、これで良かったのだ。


 これで良かったんだ!


 ああでもHしたいな!



つきかげさんとも‼)



 返される恩のないとはなおさらそんな話になりようがないが、さくともSEXしたくてしょうがなかった。むしろそういうことを考えてしまう頻度はりっに対してより多い。


 だって、胸が大きいから。


 さくは決して女性の胸は小さいより大きいほうが良いという嗜好の持ち主ではない。どちらも味わってみたいと思っている。


 ただは小学5年生としては発育がいいほうで、乳房の膨らみが服の上からでもはっきり分かる。男子や二次性徴前の女子にはないその特徴に、ついつい目が行ってしまう。



《見てた? なんか用?》


《なんでもありません‼》



 その度にそのおっぱいに色々とする妄想が沸きあがり、友達に性欲を覚えていることへの罪悪感にさいなまれ、それが当人にバレる恐怖に怯え、何重にもドキドキして心臓がヤバくなった。



(こんなドキドキ、恋とは言えないよね)



 なおりっの胸はすとーんとしていて服の上からは少しは膨らんでいるのか少しも膨らんでいないのか分からない。なので向かいあって話していても視線を吸い寄せられる心配がなくて助かる。


 が、袖なしの夏服からのぞく首周りや腕、性的でないはずのその辺りの白い肌を見るだけでも、さくはそこにふれたりキスしたり、服を脱がせてその先の行為もしたいと考えてしまう。



(僕って奴は……!)



 さくはもう何度も、2人との情事を妄想しながらの自慰オナニーに及んでいる。いけないと思いながらいつも欲望に負け、その度に自己嫌悪になっていた。


 これではやはり告白などできない。この気持ちは恋じゃない。こんな奴が『好きです』とか言ってもHしたい下心で言っているとしか思えない。


 ただの性欲を愛と偽り告白するなど、愛という神聖な感情と、相手の尊厳への冒涜だ。そんなことは許せない。たとえHさせてもらえなくても2人を大切に想う気持ちは確かだから。


 ……と。


 内心では思春期の男子らしい懊悩をしつつも、表面上はただの仲良しグループとして2人との日々を送った。それは楽しくて、幸せで──


 世界が鮮やかに変わった。


 それまでとは比べものにならない濃密な時間。7月7日に出会ったばかりなのに、7月下旬の一学期の終業時にはもう数年来の付きあいのように感じていた。


 そして、夏休みが始まった。







 夏休みに入ってから数日後。


 林間学校りんかんがっこうの日がやってきた。


 それは学校の教師に引率されて生徒たちが山間部や高原にある施設に泊まり、野外活動や博物館見学などを行う校外学習。


 要は泊りがけの遠足だ。


 さくは何日も前から期待に胸を膨らませていた。なにせりっと一つ屋根の下に泊まれるのだから。


 そして当日の朝、宿泊用のバッグを担いで家を出て、近所の常磐ときわと合流して登校したさくは、学校に着くや校庭で待機している生徒たちの中に2人を見つけ、声をかけた。



ゆきさん、つきかげさん、おはよう!」


「おはよう、たちばなくん。いわながくんも」


「オハヨ。たちばないわなが


「おう、おはよう」



 明るく元気なさく、物静かでにこやかなりっ、素っ気ない、ぶっきらぼうな常磐ときわ、いつもどおりの4人だ。


 4人は夏休みに入ってからも毎日一緒に遊んでいる。今日も、違うクラスでも一緒に行動できる時間にはずっと一緒にいようと決めていた。


 が、さっそく〔一緒にいられない時間〕がやってきた。学校前に数台のバスが到着。宿舎まで向かうバスで、1クラスにつき1台。出発時刻になりさくは2人とのしばしの別れを惜しんだ。



ゆきさん、つきかげさん、またあとで」


「うん、またね」「じゃーね」


「リッカ、急げよ」


「分かった! 2人とも、じゃ!」


「はーい♪」「バイバイ」



 担任の命令で呼びに来た常磐ときわに急かされ、さくは2人と手を振りあってから1組用のバスに乗りこんだ。座席は窓際、隣に常磐ときわが座る。


 バスが、発車した。


 担任やバスガイドの話が終わると、すぐに車内が騒がしくなった。クラス一同で同じバスに乗る機会はこういう時に限られるので、その非日常感だけでもう皆テンションが上がっている。


 そして外にはしばらく見慣れた景色が続き、車内では携帯電話スマートフォンの使用が禁じられているので、することが限られ自然とおしゃべりの率が高くなる。さくも、隣の席の常磐ときわに話を振った。



「大きい車って、いいよね」


「ああ、いい……」


「だって改装すれば──」



「「ロボットの移動基地になる!」」



 声をハモらせた2人は顔を見合わせ、ニッと笑いあった。創作上のあらゆる搭乗式ロボットは当然、人よりかは巨大だが、それでも大型車両に積みこめるほどには小さい物も存在する。


 それから2人は『このバスを改造して客席を取っぱらい、後ろ半分をロボットの格納庫にし、前半分を指令室にする』などと空想を膨らませて語りあう。


 久々のロボット談義だった。


 りっはロボットに全く興味がなかったので、4人の時はこういう話ができなくない。さく常磐ときわも、自分の趣味の話を興味のない人間に無理に聞かせるような男ではない。


 反面、りっの好きなファンタジーやオカルト、の好きな宇宙の話題には2人とも付きあう。無理に合わせているわけではなく、それらはロボットほどではないが2人も好きなジャンルだからだ。


 彼女たちのせいとは思わなくてもロボットについて語る機会が減って、欲求不満だったらしい。抑圧が解放されたことで時を忘れて話に花咲かせ、気づけばバスはどこかの湖畔を走っていた。


 夏の太陽をキラキラ反射する水面。


 バスガイドの声がマイクで響いた。



『こちらは【かすみ うら】……日本で2番目に大きな湖です』



 社会科の授業で習った。


 地名の暗記など退屈でしかないが、そうして習った土地を実際に目にするとなんだか嬉しく、勉強した甲斐があったと思う。霞ヶ浦がある都道府県は……そう、茨城いばらきけんだ。


 学校から北東へ向かったバスはとうきょうから出て、隣のけんを抜け、さらにその隣のここ茨城いばらきけんへと入っていた。その名のとおりいばら──つまりを県花とする、花の都。


 林間学校の宿舎もこの県にある。


 もうそんな所まで来ていたのか。


 バスはほどなく湖の近くの工場で停まり、さくたち生徒はそこで降ろされた。看板に書かれた社名は【じょう りく けん 】──世界有数のけんせつかい( 建機=重機 )メーカー。


 宿舎に着く前に、これからここで社会科見学。ここはクラス別行動ではないので、バスを降りたさく常磐ときわと共にすぐに2組のりっと合流した。



たちばなくぅーん♪」


ゆきさん!」


「……よっ、たちばな


つきかげさん。さっきぶり」


「「いわなが(くん)も」」


「……おう」


『ようこそ皆さん!』



 拡声器を使った男性の声。ここの人だろう、朗らかな笑みの作業着ツナギ姿すがたのお爺さんが生徒一同を歓迎してくれた。そして一同はその人に、工場内のとある重機の前へと案内された。


 それはショベルカー、車輪がたいで覆われ、大きな機械の腕を持つ、工事現場でよく見る車。ただし眼前のそれは普通なら1本のアームを左右2本持ち──



 まるで、ロボットのようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る