鉄樹開花
アニメやゲームとは違う現実での爆発。
動画やTVニュースでしか知らなかったその音を聞くのも、巨大な火柱が上がる様を見るのも。生では初体験の
火柱はすぐ収まったが、出火元の双腕重機ボガバンテはその後もごうごうと燃え、もくもくと黒煙を噴きだしている。
ボガバンテの位置と自分たちのいる場所とは距離があったため直接的な被害はなかったが、熱気はここまで伝わってくる。映像では感じなかったその熱が、これは現実だと告げている。
それでも
だってボガバンテの燃料に引火した原因は明らかに車体を外から裂かれたことで。それをやったと思しき
(ありえない……!)
頭の形、全身の黄色に黒の縞柄から虎を模していると分かる、四足歩行ロボット。
自分の好きな搭乗式巨大人型ロボット兵器が実現するか知りたくて現実のロボットの開発状況を調べた経験から、
スタイルが良すぎる。
現代のロボットはどこの物も、言っては悪いがもっとダサい。技術的に機能と美観を両立させられず、機能を優先した結果だ。
だがこの
ガォォォォッ‼
口を大きく開けた
炎は
ウワァァァ‼
生徒たちの悲鳴。
『皆さん、こちらへ‼』
「列になって避難を‼」
その証拠にここの工場長のお爺さんと、ボガバンテを運転していた
「「「邪魔だ! どけェ‼」」」
だが教師3人が指示を無視して一目散に走りだした。進路を塞ぐ、教師が守るべき生徒たちをはね飛ばしながら。それに憤ったのを引金に、生徒たちも完全にパニックになった。
「あんの、腐れ先公どもがァ‼」
「地獄に落ちろォ‼」
『皆さん慌てずに! 慌てずに!』
「みんな、僕たちも!」
「ああ!」「「うん!」」
「僕はみんなを見失わないように最後尾を走る! みんなは絶対に後ろを振りむかないで、前だけ見て走って! いいね⁉」
「心得た!」「「分かった!」」
こちらを追ってきてはいない。
人間自体は標的にしないのか。
もっとも人間には火事だけでも充分な脅威だ。早く逃げねば。工場敷地内の建物のあいだの路地をひた走る。その周囲の建物も燃えている。もう辺りは火の海だ。
(燃えるの、早すぎない⁉)
最初に引火した建物から、あまりに離れた位置からも火の手が上がっているのを見て、
(冗談じゃないよ‼)
道理で火の回りが早いわけだ。今や逃げる先にも炎が見える、これではいつになったら安全な所へ逃げきれるのか分からない!
「「はっ、はっ!」」
息を切らして前を走る
前に集中していないと走る速度が落ちて、それだけ逃げ遅れる危険が増す。後ろを振りかえるなと言ったのもそのためだ。後ろから来る他の避難者と衝突する可能性も高くなるし。
「ついて来てるか!」
「「「うん!」」」
前を向いたまま自分と女子2人の安否を確認した
火事なんて、みんな初めてだ!
ましてや、あんな機械の化物!
自分も。好きな人型ではないとはいえアニメのようなロボットが現れた、こんな場面に遭遇すれば喜ぶ人種だと思っていたが、いざ実現したら少しも嬉しくない。
大切な人たちを失うかも知れない恐怖でそれどころじゃない!
(3人を、守らなきゃ‼)
そう気を張っていても、ジワジワと不安がにじんでくる。周囲の悲鳴、バチバチと火の爆ぜる音、肌を炙る熱気、噴きだす汗、乾く喉、もつれる足──ドンッ‼
「⁉」
後ろから走ってきた誰かが振った腕にたまたま当たった、ではなく。明確に、こちらを転ばせようと押してきたのが力の伝わりかたから分かった。
走りさるその人物と、その隣のもう1人が一瞬こちらを振りかえった。7月7日に
(あいつらぁ!)
逆恨みの仕返し、にしたってこんな状況で! 自分たちのしたことが相手の命を奪いかねないと分かってないのか⁉
胸が悪くなるが、今は奴らに構っている暇などない。後ろで自分が転んだことにも気づいていない3人に早く追いつかな──
ガラガラガラッ‼
横から倒れこんできた、崩れた壁の残骸が、咲也の眼前の通路を塞いだ。それだけならアスレチックの要領で登って越えるが、残骸が炎上していては近寄れもしない。
「……は?」
気づけば
「なに、コレ」
本当はもう分かっている。
でも分かりたくなかった。
だから、カッコつけて──
《僕はみんなを見失わないように最後尾を走る! 3人は絶対に後ろを振りむかないで、前だけ見て走って! いいね⁉》
なんて言ったせいで。
はぐれても気づいてもらえなかった。
自分で種を蒔いていては世話がない。
とんだ間抜け。
運良く2回、
3人のことは心配だが、そちらは
それより自分の身を守らないと、生きて3人と再会できな──それを意識してしまったら、もう駄目だった。
「あ、アーッ‼」
自分は
火事場で逃げ遅れた、要救助者。
「死にたくない、シニタクナイ、しにたくない‼」
3人が死んでしまうかもという恐怖に抗う中で、無意識に頭から追いやっていた
「だったら動け、僕‼」
この道はもう通れない。来た道を戻って迂回するしかない。どういう構造かも知らない敷地内で、自力で逃げられる道を探しながら。
そんなの無理と思いながらも、やるしかないと、
迷った。
複雑な構造はしていないのかも知れないが、炎で通行不能になっている箇所があちこちにあるために、工場敷地内はすっかり迷路と化していた。
「ふッ、ざけんなァァ‼」
いつしか
理科の実験室のような場所だった。
床がツルツルで、清潔感があって。
ただ小学校の理科実験室よりずっと広く、また机でぎっしり占められてもいない。代わりに咲也にはなにか分からない様々な機材が置かれており……その奥に、
……。
……。
人型ロボットだった。
全身は明るい緑色で、金色に縁取りがされている。両眼に見えるライトは黄色く点灯している。頭の左右から後ろ向きに伸びるアンテナが、どことなく東洋龍を思わせる。
高さは目測で……4mほど? 搭乗式では小さいほう。バスの中で
そういう、自分の愛する、ロボットアニメに出てくるような、搭乗式巨大人型ロボット兵器そのものに見えた。つまり
アニメの主人公機でも通じる。
シルエットは人のより縦に潰れて横に伸びた印象だが、数多の創作上のロボットには、こういう体型も珍しくない。
(
ここにあるのだから常陸建機か、違っても同じ常陸グループの会社が作ったはず。常陸建機製のボガバンテとは毛色が違うが、同じ社内でも開発者が違えばそういうこともあるだろう。
この手のロボットの開発状況は常にネットで調べているので、自分が知らなかったということは未公表の機体だろう。まだ世間に見せるほどの完成度ではない? とてもそうは見えないが。
(考えても分からないや。今はそれより)
この部屋の端のほうの火もどんどん広がっている。命の危機はもうそこまで迫っている。けど、これが期待どおりの代物なら。
少し火に当たっただけで壊れはしないし、中まで火は通らない。これに乗って動かせれば炎の壁を突破して避難できる。
「あった……!」
頭部の根元、首周りの装甲の前側が、少し浮きあがっていた。中に通じる
【BLOOM】……ブルーム。
こいつの名前?
確証はないが今はそう思おう。
ガチャッ‼
「ああ……ッ!」
そこは夢にまで見たロボットの
四角い箱型の空間。
座席の前・左右・上の壁をモニターが覆い、機外の景色を映しだしている。正面モニターの下には計器類の並ぶコンソールパネル。
座席の左右にはグリップが左右横向きの操縦桿らしきレバー。グリップを握った時、親指で押す位置に複数のボタン、人差指で引く位置にトリガーがついている。
サブモニターに隠れて見えないが、両足の足裏にペダルを踏んだ感触がある。これも左右一対、同サイズ。
「完璧、だ‼」
なんだよ
この
自分がずっとずっとロボットを操縦したいと思っていたのは、こういうインターフェースでだ‼
「動かせる!」
ハッチは開きっぱなしだった。モニターの電源もついたまま。コンソールパネルには車のキーらしきものも刺さったまま、エンジンはかかっているはず。
さっきまで試験でもしていたのか誰か乗っていて、火事になって機体をそのままに逃げたということだろう。これならすぐ動かせる。
「よし、行こう、ブルーム‼」
機体に意気揚々と声をかけ、左右のレバーを握っていざ発進──と思ったところで、
「コレ、どうやんの⁉」
この2つのレバーと、2つのペダルを。どう操作すると、ブルームはどう動くのかが。つまり操縦方法が、分らなかった。
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