六花の誓い

 未公開の業務用アーケードロボットゲーム【こうゆうアーカディアン】を世間より一足先に遊ばせてもらった4人が2チームに分かれ──



■ Aチーム ■

 たちばな さく

 ゆき りっ


■ Bチーム ■

 いわなが 常磐ときわ

 つきかげ



 ──による1回戦がAチームの勝利で終わってすぐ、メンバーチェンジして2回戦が始まった。りっと、2人は順々にさくとチームを組むと決めていたので、そのとおりに。



■ Aチーム ■

 たちばな さく

 つきかげ


■ Bチーム ■

 いわなが 常磐ときわ

 ゆき りっ



 さくはどちらと先に組むか訊かれてりっを選んだ上、1回戦でを倒したことでの不興を買ったのではと不安だったが、一緒に戦うとは上機嫌になったので安心した。


 各人の機体も1回戦の時と同じ。


 最終的に、咲也機ブルーム龍牙りゅうげそう】はまた常磐機ブルーム柘榴ざくろ】と1対1で戦い、今度は負けた。しかし直後、先に六花機スノーフレークを撃破していた小兎子機クレセント常磐機ブルームを狙撃してこれを撃破。


 試合はAチームが勝利した。


 常磐ときわは試合には負けてもさくとの戦績を1:1にできて満足げだったし、も1回戦の不振を挽回するかのように活躍して勝利してご満悦の様子だった。


 りっも敗れはしたが戦闘は楽しめたようで笑顔だった。そしてさくは……常磐ときわに負けたことは悔しいが、そんなことより誰かが不機嫌になったりせず全員で楽しめていることが嬉しかった。


 それから一休みし。


 今度は4人で複数プレイヤー協力モードに挑戦して、CPUの敵軍団が待ちうけるステージをいくつも攻略した。


 1発でクリアできることは稀で何度も全滅したが、勝てるまでリトライし、そうする内に各人の腕前と連携も磨かれていった。


 そして日が暮れた。







 暗くなったロボットテーマパーク【ロボットしまえん】を鮮やかな電飾が彩る。その夜景を、さくたちは園内を練り歩く3階建ての家ほどの大きさの象型ロボットの背中から眺めていた。


 そこは平らな床が敷かれたバルコニーになっており、さくたち4人はじょうりくグループ総帥に連れられて、ここでテーブルを囲んで夕食を取ることになった。


 ロボットに乗って遊んで。


 ロボットの上で食事する。


 これより贅沢なことがこの世にあろうか、いやない(反語)。さくはその幸せごと、園内のショップで買った(総帥のオゴリ)チーズバーガーを噛みしめた。美味しい……疲れた体に沁みる。


 さくはつくづく思った。



「楽しい時間って、あっと言うまだね」


「そうだな」


「そうだね」



 常磐ときわりっに続いて、も頷く。



「ホント……でも実感では短くても、疲労はしっかり時間分だけ体にキテる……や、むしろ時間以上? かなりハードな運動したくらい疲れてるんだけど。ゲームでここまでなる?」



 その理由を総帥が教えてくれた。



「座りっぱなしでゲームするのに運動というイメージはないかも知れんが、アーカディアンはレバーを動かす両手とペダルを踏む両足の運動量が、かなりあるからのう」


「「「「あ~」」」」


「みんな、このあと帰ったらしっかり休むんじゃよ」


「「「「はい」」」」



 楽しかった一日が終わろうとしている。その前にさくは総帥に訊いておきたいことがあった。これも口止め料の一環で、教えてもらえるだろうか。ダメ元で──



「総帥さん」


「ん? なにかな、ゆきさん」



 さくより先にりっが総帥に話しかけていた。いつになく真剣な表情で、緊張した様子で、重大な話と分かる。さくは終わるまで待とうと、りっの話に耳を傾けた。



こうどうの選手には、どうしたらなれますか」


「うむ。それには最低限、アークの運転免許証と、機甲道の選手ライセンスが必要じゃ。どちらも取れるのは16歳からじゃな」


「高校1年生……5年後かぁ」



 高校1年は(仮に数えれば)小学10年。


 小学5年の現在の倍……気が遠くなる。



「じゃが教習自体は15歳から受けられる、ようになる予定じゃ。なにせアーク自体が未公表なんで正式にはまだ決まっとらんが、公表後すぐに法整備されるよう政府と調整しておる」


「その教習を受ければ、選手になれるんですね?」


「資格は取れる。じゃが実際に選手として試合に出るには当然、アークが必要じゃ。それを持つのも維持するのも、整備士などのサポートスタッフを雇うのにも、莫大な金がかかる」



 うっ、とりっが呻いた。



「それじゃ、お金持ちの子しかなれない……」


「いやいや、そんなことないゾイ。そのお金は普通スポンサーが出すんじゃよ。企業──会社が、見込んだ選手の出資者となる」


「関係ない会社がお金を出してくれるんですか?」


「関係なくはないとも。会社は自分とこのロゴを描いたアークで戦ってもらうなどして、選手に自社の宣伝をしてもらうんじゃ。それもビジネス、他のスポーツでも普通にある話じゃよ」


「しっ、知りませんでした」



 さくも知らなかった。これまで興味なかった分野の話だ──と、フライドポテトを摘まもうとしたさくの指が空振りした。


 話を聞きながら食事を続けていたが、もうポテトもバーガーも食べきって、ドリンクは飲みきっていた。見ればこの場の全員、食事を終えていた。


 りっと総帥が向かいあって語らうのを、さく常磐ときわの3人は傍で傾聴する。誰の表情も真剣だった。


 総帥が続ける。



「もちろん、好成績を収める選手ほど宣伝効果は高くなるので、会社は強い選手を求める。また、そうして見込んだ選手でも成績不振が続けば見放すこともある。シビアな世界じゃ」


「はいっ……!」


「ともあれ、新人選手がスタートラインに立つにもスポンサーを得なきゃならん。じゃが実績のない新人がどうやって会社に目をつけてもらうのか」


「アークの教習場? を会社の人が見学してとか……」


「うむ。機甲道に興味を持ってくれた会社なら、そうやって自ら選手を発掘してくれるじゃろう。じゃがその数は決して多くなるまい。選手側からの売りこみも重要じゃ」


「会社に直接お願いしたりですか?」


「そう。あと、街頭でビラを配ったりの……ただ、選手の負担が大きすぎる。そういうことが苦手な人もいるし、その才能は操縦技術とは別じゃからのう」



 りっの顔が曇った。


 りっは普段から人と話すのが得意なほうではない。今こうして総帥相手にハキハキ話せているのも、総帥が気さくなのでりっも話しやすいからだろう。


 さくりっほど苦手意識はないが、自分から売りこんでスポンサーを得られるかは、やってみないと分からない。


 アークの操縦技術と対人能力。


 両方とも高くないといけない。


 せっかく高い操縦技術を持っていても対人能力が低くて試合に出れない人が必ず出る──それは、もったいない気がした。



「……がんばります」



 そう言ったりっは拳を握っていた。


 その瞳には、強い光が宿っていた。



「その意気じゃ。ただ儂らも、そこを選手に任せきりにはせん。大勢の選手が生まれ、全国の競技場で試合が成立せねば、機甲道そのものが世間に定着せずに潰れてしまうからの」



 そう言われれば、そうか。


 機甲道、実機のアーク同士による模擬戦競技がこれから社会に普及すると、まだ決まったわけではないのだ。


 不発に終わる可能性も……



「そうならんよう、選手に負担をかけずにその実力を広く世間にアピールする方法を色々と用意しておる──アーカディアンも、その1つじゃ」


「アーカディアンが、ですか?」


「儂らはあれを全国のゲームセンターに置いて、ロボット好きなみんなによる一大旋風を巻きおこすつもりじゃ。eスポーツ大会の種目の1つになるようにも働きかける」


「わぁ!」


「それはあくまでゲームとしての展開。じゃがアーカディアンはアークのシミュレーションゲーム。ならそこで磨いた腕は実機のアークによる機甲道でも活かせる」


「あ……!」



 りっが息を呑んだ。


 総帥がフッと笑う。



「そう、アーカディアンで名を馳せた凄腕プレイヤーが機甲道に進出するとしたら、実力は折紙つきだし、すでに固定ファンまでついていて会社も安心してスポンサーになれる」


「ですね!」


「そも、15歳になるまで実機のアークには乗れんから、機甲道の志望者はそれより若いあいだはアーカディアンが操縦技術を磨く唯一の手段。そこで名を上げておけば就職に有利ってことじゃ」


「わたし、やります‼」



 ガタッ! と椅子を立ち、りっが宣言した。



「これからアーカディアンたくさんプレイして、うまくなって。15歳になったら教習所に通って、16歳になったら機甲道の選手になります!」


ゆきさん……」


ゆき……」


りっ……」



 さく常磐ときわも、呆然とりっを見つめた。


 3人ほどにはりっのことを知らない総帥も──



「話からそうじゃろうとは思っていたが、まさかたちばなくんやいわながくんではなく、君からその言葉が聞けるとは思わんかったよ」


「ダメ、ですか? わたしみたいな、今日までロボットに興味のなかったニワカじゃ……」


「とんでもない! むしろ今日一日の体験でそこまで強く想ってもらえて、ロボット事業に携わる身として嬉しい限りじゃ」



 りっの顔がほころんだ。


 さくは総帥に感謝した。



「君にそこまで決意させたきっかけは、スノーフレークかの? 機甲道では熱心に見ていたし、アーカディアンでもずっと乗っていたようじゃが」


「はい! 選手になれてもスノーフレークや、同じコンセプトの機体にしか乗らないつもりです」


「魔法少女型、じゃの。気にいってもらえて嬉しいワイ。アレは社内でも好き嫌いが別れてのう……ゆきさんにはかわいいと思ってもらえたか」


「あ、いいえ」


「ありゃっ⁉」



 急に平坦な口調で否定したりっに、総帥はガタッとテーブルに手をついた。オーバーなリアクションだが、さくも気持ちは同じだった。



「超ダサいと思います」


「ちょっ……」


「機械に無理やり女の子の格好させてるのが全然かわいくなくて痛々しくて、ウケを狙って滑ってて救いようがないと言うか」


「いや、分かる! 社内でもそういう意見は多いし、儂にも正直そういう気持ちはある! じゃが、ああいうのにも好きな人には好かれてきた歴史があってじゃな──」


「はい。わたしもそれは感じました。作ってる人は多分そういう否定的な意見はみんな分かった上で、ああいうスタイルを貫いている、そういう信念めいたものを」


「おお、分かってくれるか……!」



 総帥は感涙していた。


 色々あったのだろう。



「だから……機甲道で見た時には好きになったわけじゃなくて、わたしの大好きな魔法少女を馬鹿にされたように感じてイラッとさえしてたんですけど……気にはなってて」



 思ったより複雑な感情を抱いていた。


 さくはあの時にはもうりっはスノーフレークの虜になっていたと思っていたが。内心ではそんなことを考えていたのか。



「アーカディアンで乗って、ビビッと来たんです」


「乗ると、印象が変わったと?」


「はい。スノーフレークを中から動かしてるような視点で、魔法少女っぽい装備を使ってる内に『わたし魔法少女になってる⁉』って思ったんです……錯覚なのは、百も承知ですけど」


「ほう、ほう」


「わたし、ずっと本物の魔法少女になりたかった。でもこの世に魔法なんてなくて、その願いは絶対に叶わなくて。この気持ちに折りあいをつける方法を、ずっと探してました」


「そう、じゃったか……」


「そして今日、見つけました。スノーフレークの魔法は嘘でも、巨大ロボットとしての力は本物。それに乗るだけで、その強大な力を使えるようになる。これってすっごく魔法少女っぽい!」


「そ、そうなのか⁉」


「そうですよ! 普通の女の子がある日 突然 魔法少女にされるのも。ロボットに乗って戦うのも。その力を得る段階では本人がなんの努力もしてない、ってトコは同じじゃないですか‼」


「た、確かに魔法少女も搭乗式ロボットも、人の変身願望ゆえに求められるとは言われておるが……これ、イイ話かのう?」


「イイ話なんてしてませんよ?」


「あっ、ハイ」


「だから機甲道の選手になって実機のスノーフレークに乗って、その力を振るいたい。そのままでは叶わない夢も、これなら限りなく本物に近い形で叶えられる」



 しょせん本物の魔法少女ではない。


 その上で魔法少女になりたい気持ちに沿った生きかた。これがりっにとっていかに大事なことか、さくには痛いほど分かった。



「それに」


「えっ?」



 りっが不意にこちらを見た。


 頬を染め、照れくさそうに。



「その道なら、たちばなくんと同じ職場にいられるし! ねっ?」



 そう言ってりっは、はにかんだ。


 その笑顔は今までで一番、輝いていた。なのにさくはすぐに『うん』と答えられなくて、胸がぎゅっと締めつけられた。

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